デジモンイモゲンチャー 外伝 睦月&チッチモン 1話 「遭逢」 背中に衝撃が走る。痛みで男は目覚める。仰向けで倒れており、意識ははっきりしておらず、状況を把握していないようだ。 「ここ何処だ……なんで俺こんなところで寝てんだ……」 男は頭に違和感を感じ、ゆっくりと右手で前頭部を擦る。そこには赤い液体が付着していた。 「なんだこれ、赤い水……温かい……血?誰の?……俺の血か…………俺の血!?」 自分の血と認識したせいか意識がはっきりしてくる。 「睦月!無事か!」 睦月――男の名前を呼びながら近づいてきたのはヒヨコを一頭身にしたかのような謎の生物だった。 「ヒヨコ……チッチモン!そうだ、俺は!」 時間は少し遡る。 「――じゃあ切るからな、お前も早く寝ろよ。おやすみ」電話を終え、スマホをジャケットのポケットへ突っ込む。 睦月は今日も今日とてバイトに励んでいた。受けたバイト先でトラブルが起き、深夜に差し掛かる時間までその対処に追われてしまう。心配されたのか次男が電話を掛けてきて、今通話を終えた所だった。 「ったく、帰るのががいつもより遅くなることはメールで伝えただろうに、あいつの心配性にも困ったもんだな」 口では弟への愚痴を呟いていたが、内心心配されてることに対して悪い気分ではなかった。 (最近失踪事件、特に子どもの失踪が多いらしいが、だいだいは小・中学生が殆どみたいだからな。高校生以上もいるっちゃいるみたいだが、俺は対象外だろ。むしろあいつらが失踪するんじゃないかと思うと気が気じゃねぇ) ともかく早く帰るに越したことはない。そう思い、晴天の夜道をいつもより早歩きで帰ることにした。 ――もう少しで家に着く、そう思いながら歩いていると急に両足から地面の感覚が無くなる。疑問に思うも束の間、睦月は重力に引っ張られ落ちていく。 「おい、嘘だろ!?なんで道のど真ん中に穴が開いてんだよ!!?」 叫びながらどんどん奈落へと吸い込まれる。数十秒後、出口へ到着するが、臀部から地面に着陸する。 「△◇〇!?」 声にならない声でもがき苦しむ睦月 「あぁ、ケツがめちゃくちゃいてぇ、折れてないよな……」 痛みに悶えながらも立ち上がり、辺りを見回す。 周りには彼の住んでいる付近では、どれも見たこともない種類の植物ばかりで、自分の身長以上の草木が生い茂っていた。 地面はコンクリートで舗装されておらず枯れ葉の山が散乱おり、枯れ葉のおかげで落ちた時の衝撃があれでも分散されたのだろうと思った。 「どうなってんだ、さっきまで住宅地にいたはずなのにどうして森のなかにいるんだ?」 睦月は疑問を抑えきれずにいた。落ちてきたであろう穴を確認すべく上を見上げる。 しかし、頭上に穴はなく、星々が輝いていた空は青く染まっており日が昇っていた。 「嘘だろ……ってことはまさか!?」 睦月はスマホを確認するも圏外という二文字に目を奪われる。 「わかってはいたが、お決まりのパターンだな!」 言い終えるとその場で頭を抱え考え込む。 家族にもう会えないのか、まさか俗に言う異世界転移というものなのか、自分は失踪しないとフラグを立ててしまったからこうなったのか、これからどうすればいいのか、睦月は頭を必死に悩ませる。 「驚いた。まさかこんなところに人間が一人いるとは」 突如右耳元から急に見知らぬの声を聞き、仰天した後、声のした方とは逆側に倒れる。 「急に倒れこむとは。大丈夫か」 「お前がいきなり話しかけるから驚いちまったんだよ!」 考え事をしていたせいか何者かが近づいていたことに全く気が付かなかった。睦月は立ち上がった後声を掛けた者の姿を確認する。 目の前にいたのは硬い表情をしており、ヒヨコを一頭身にしたマスコット型の生物だった。 「な、何モンだお前!?」 「ナニモンではない。私の名はチッチモン。」 「チッチモン?」 若干ニュアンスがおかしかったような気がしたが、それより目の前にいる未知の生物に対し、警戒心をあらわにする。 「私を警戒しているのか、だが落ち着いて考えてほしい。もし私が最初から襲うなら声を掛けずに襲っているだろう。声を掛ける必要性がない」 チッチモンの言い分を聞き、ある程度納得はした。だが声を掛ける理由がわからない。冗談交じりに質問する。 「じゃあ、何が目的だ。保険の押し売りでもしようてか?」 「保険?何のことだ。私はただ人間がパートナーもなしに、一人でいたのが珍しかったから話しただけだ」 堅い表情のまま答えるチッチモン。 このヒヨコの発言から、自分以外にも人間がいるかもしれないと感じる睦月。藁にも縋る思いで話しかける。 「今までの態度は悪かった。俺の名前は東睦月。チッチモン?だったよな、さっきの言葉通りなら俺以外にも人間がいるのか?もしよければそのことを教えて――」 話している途中、突如巨大な影が二人の前に飛来し、土煙が宙を舞う。 睦月は驚きながら、チッチモンは冷静に飛来した存在を確認する。それはクワガタのような昆虫だが、大きさは怪獣そのものであった。巨大な顎鋏を持ち、あれに挟まれたら人間どころか並大抵の生物では一溜りもないと睦月は感じた。 「チ、チッチモン。一応聞くがあれはお前のお友達か?」 チッチモンは表情を変えず――まるで興味なさげに答える。 「初対面だ。だがデータは知っている、奴の名はオオクワモン。凶暴で強い破壊衝動もつデジモンだ」 凶暴、破壊衝動と不穏なワードを聞き、嫌な予感がする睦月。 オオクワモンはガチガチと鋏を擦り合わせながら、にじり寄ってくる。 「なぁ、もしかして『お手て繋いで仲良くしようよ!』って言ってんじゃ……」 「それはない、オオクワモンに握手する手は無い。あるのは獲物を掴み貪ろうとする鋏だけだ」 「だよなチクショー!」 睦月はチッチモンを両手で抱え込んだ後オオクワモンとは逆方向、森の中へ全力疾走する。 走り続け、気が付けばオオクワモンの姿は見えなくなっていた。チッチモンを離し、息を切らしながら質問する。 「はぁ……はぁ……撒いたのか?」 「いや、オオクワモンは執拗なデジモンだ。遊び感覚で我々を追っているのだろう」 「なんとまぁ、趣味の悪いやつだこと」 息を整える周り見回す睦月。 「これからどうすんだ。何かい提案はないかチッチモン」 「あるにはある。このまま北へ進めば地下通路への入り口がある。オオクワモンのような大型のデジモンは入ることができない」 「そりゃいい。そこ行こうぜ」 オオクワモンを警戒しながら地下通路へ向かう途中、チッチモンが睦月を見て話す。 「質問がある。なぜ私を置いて逃げなかった?他の人間の手がかりを知るためとはいえ、私を抱えたまま逃げ切れる保証も無かっただろうに」 睦月は頭にを軽く掻きながらをチッチモンに答えた。 「そりゃ、確かに情報は知りたかったさ。だがそれ以上に命の危機だってのに、お前は焦りの表情一つもなかった。まるで自分がここで死んでもいいって顔をしてた。それを見ちまったからか、お前をほっとけなかった」 その答えに一瞬目を見開いたチッチモンだが、すぐに元の表情に戻った後 「そうか……。人間とはよくわからない生き物だな」 そう呟いた後、前進する。それを見た睦月は鼻で笑い一言呟く。 「可愛げのねぇ奴」 オオクワモンを警戒しながら歩き続けて一時間超、森を抜けると開けた場所に出る。奥には小さな扉が一つポツンと佇んでいた。 「チッチモンあれが例の?」 「ああ、地下通路への扉だ、まさか無事に着くとは思わなかった」 チッチモンは率直な感想を述べ、睦月は笑いながら答える。 「見失ったんだろ。俺の普段の行いがいいからだろうな。にしても建物もなく扉だけあるのは随分シュールな光景だな」 「デジタルワールドにはこういった不規則な建造物が多く存在する」 「嘘だろ!?お前らの存在といい、ここはどんな――」 話している途中、ふと空を見上げると巨大な昆虫――オオクワモンがこちらに目掛け、勢いよく突撃してくる。 「チッチモン!危ねぇ!!」 迷わずチッチモンを突き飛ばす。 「何を!?」 チッチモンが突き飛ばした主に目を向けると、そこにはオオクワモンが睦月を巨大な鋏で捕らえていた。睦月は右前頭部から出血しており、意識を失っていた。 (やられた。奴は我々を見失ったのではなく、最初からここに来ると推測し待ち伏せしていたのか) 自身の認識の甘さを痛感する。 「■■■■!」 オオクワモンが何らかの言葉を発する。口周りから唾液が溢れており、今にも鋏で掴んでいる物に食らいつこうとしている。 「プチホーリーフレア!」 チッチモンは必殺技のプチホーリーフレアを放つがオオクワモンには全く効果がない。ただでさえ幼年期と完全体の差があるだけでなく、堅い装甲によりチッチモンの攻撃は0に等しい物となっていた。 「プチホーリーフレア!プチホーリーフレア!!」 しかし、チッチモンは気にせず――効果がないとわかっていても、攻撃を続ける。                  技を放ち続けながら無意識に思う                 ・・ (私自身はどうなってもいい。だがまた誰も守れず見殺しになるのは嫌だ。誰でもいい!なんでもいい!私に力を、あの人間、睦月を守る力を私に!!) チッチモンに健闘は虚しくオオクワモンは獲物にかぶりつこうとした……。 その時、突如睦月の体が光輝く。突然の強い光にオオクワモンはたまらず手放し後ずさる。 当然チッチモンも困惑する。 「この光はまさか……?いや、そんなことよりも!」 チッチモンは急いで倒れている睦月に駆け寄る。 そして今に至る。「無事だったかチッチモン!にしてもなんだこの光は!?」 睦月は自身の体――正確にはジャケットから出ている光の根源を探るためポケットを確認する。 取り出すと入っていたのはスマホではなく見たこともない灰色の機械だった。 「何この玩具!?」 「玩具ではない、それはデジヴァイス!この状況を打破できる道具だ!」 睦月達はオオクワモンの方へ視線を向ける。あと一歩で食べれるとこだったのに捕り逃してしまい、気が立っているようだ。獲物を見て咆哮を上げる。 「■■■■■■■■■■■■!」 右手でデジヴァイスを握りしめ叫ぶ。 「よくわかんねぇが、あのクワガタ野郎に一泡吹かせられるんだってなら、やってやろうぜチッチモン!」 共鳴するかのようにチッチモンも大声を出す。 「無論だ。今こそ進化の時!」 睦月の左手から灰色のオーラ――デジソウルが溢れ出ており。その左手をデジヴァイスの先端に叩きつける。画面にPERFECT EVOLUTIONと表記され、デジソウルが噴出される。            「チッチモン ワープ進化!」 チッチモンの体がデジソウルに包まれ、一頭身の姿から巨大な生物のシルエットへと変化する。 「ブテンモン!!」 現れたのはオオクワモンにも負けない体格を持ち二足で立つ鎧武者。真っ赤な甲冑を身に着け、マントと鉄の翼を背負い、右手には巨大な大剣を手に持つ完全体へと進化した。 「すげぇ……やっちまえ!チッチ……いや、ブテンモン!」 睦月は目を輝かせ驚嘆したあと鼓舞を送る。 ブテンモンは睦月を見てコクリと頷きオオクワモンと対峙する。 オオクワモンは臆せず、両鋏を構え襲い掛かる。ブテンモンは大剣を勢いよく振り下ろし、斬撃を放つ。 胴体に命中し、オオクワモンの巨体が木々まで吹き飛ばされ、辺りに木片が散乱する。             「■■!?■■!」 不利と判断したのか、オオクワモンは羽をはためかせ、はるか上空へと逃走を図る。 「逃がさん!」 鉄の翼を広げ、後を追うブテンモン。手に持つ大剣が長柄の薙刀へと変形し、射程の伸びた武器でオオクワモンの両羽を切り落とす。 「■■!?」 羽を無くしたオオクワモンは機動力を失い地面へ墜落していく。勝機を感じ、オオクワモンに急激に接近し必殺技を繰り出す。 「暁光一閃!!」 ブテンモンは薙刀を突き立て突進する。輝く薙刀が体を貫通し、オオクワモンは断末魔を上げることなくデリートされた。 「やったぜ!ブテンモン!」戦いを見届けた睦月。気が緩んだのかそのまま前にのめり込み気絶する。 「うーん、ここ何処だ……このセリフ前にもいったな……」 頭を押さえながら覚醒する。辺りに木々はなく、人工物で出来た建物の中にいた。睦月の頭には謎の葉っぱが塗布されている。 「目が覚めたか。此処は地下通路の簡易休憩所だ。無事で何よりだ」 隣にはブテンモンもといチッチモンがいた。近くにはランタン、薬草と思われる草やキノコ、木の実などが置いてある。どうやら睦月を看病していたようだ。 「すまん、助かった。あれからどのくらい経った」 「三時間程だが、そろそろ日が暮れる。傷のこともあるから、今日はここで休むことを推奨する」 「賛成」 少しの沈黙が走る。最初に切り出したのはチッチモンからだった。 「君はこれからどうするつもりだ」 「とりあえず人が集まりそうな場所を探す。そこに行けば元の世界に戻る方法を知ってる奴がいるかもしれねぇからな」 「仮に会えたとしても、帰還方法を知っているとは限らない。すぐ当てもない長い旅になるかもしれない。それでも行くのか?」 「構わない。また家族に会うためなら俺はどんな所にだって向かうつもりだ」 ランタンの炎が揺れる。 「私は無くした記憶の手がかりを探っている。君と同じ当てのない旅だ。その旅乗りに私も同行させてはくれないか?」 睦月の目をじっと見つめる。睦月は右手をチッチモンに差し伸べる。 「こちらこそ、願ったり叶ったりだ。俺からも一緒に来てほしい。」 チッチモンは右翼を差し出し握手する。 「睦月。交渉成立だ。これから私たちはパートナーだ。共に戦い生き抜こう」 変わらぬ仏頂面のチッチモンたが、心なしか嬉しそうに微笑んで見えた睦月であった。 これから一人の人間と一体のデジモンの長い冒険が始まろうとしていた。                                                                                   続く? 「ところでこのデジヴァイスってスマホに戻すことってできねぇの?」「すまないが、そんな機能は聞いたことがない」「やっぱ不可逆性かよチクショー!」                                                                                 終わり