「ぐあっ!!」 「カエデ!!」 魔剣士の一閃が斬りかかった斬撃ごと宮本楓を弾き飛ばし、その身体を地面へと打ち据える。 ネオデスジェネラルの一体、水流将軍オキグルモンは楓の喉元へと手にした宝剣の切っ先を突き付けた。 「人の身にしてはよくやった。と褒めたいところだが、やはりまだ未熟だったな」 氷の鎧を纏った竜人の、見た目に反した女性的な声が告げる。 狐面の奥で楓が歯噛みした。 (強い……だがこの強さ、剣による術理だけではない。まるで未来を見据えているような……) こちらの打ち込んでくる場所を正確に把握して防ぎ、こちらの動きを先読みしているかのように打ち込んでくる。 腕の立つ剣豪であれば、相手の所作から行動を読み取るような芸当もできるだろうが、目の前の剣士のそれは、本来の剣士の読みとはまた別の原理で動いているように思われた。 「まあいい。貴様の末路は既に知っている。ここで終わらせたほうが双方にとってもいいだろう」 「……何の話だ?」 楓が訝しむ。 オキグルモンはやや勿体ぶったような口調で告げた。 「……貴様はブシアグモン――正確にはガイオウモンに殺されて死ぬ。それはそれは満足そうに殺しあってな」 驚愕に目を見開いた。 ブシアグモンとの殺し合いで死ぬ?意味がわからない。 確かにブシアグモン――ガイオウモンと剣を交えたいと思ったことがないとは言えない。 しかし殺し合いまで行くことの理由がわからない。 「馬鹿を言うな!なぜブシアグモンと殺しあわなければならない!」 「そのうち起きるのだよ。そういうことを仕出かす理由が。もう死ぬ貴様が知る必要はないがな」 ゆらりと宝剣が掲げられる。 月明りに照らされた刀身が冷たく光る。 一瞬後にその刀身は振り下ろされ、辺りは血に染まるだろう。 「では、さよならだ」 魔剣士はつまらなそうに見つめる。 些末事を片付けるように。目の前の人間に興味をなくしたように。周りを飛ぶ鬱陶しい羽虫を潰すように。 (終わるのか?私が……何もできないまま、何も成せないまま――) 師に教わった二天一流も極められていない。自力でデジソウルも出せず、テイマーとしても未熟なまま―― 思わず手にしたデジヴァイスに力がこもるが、何の反応も示さない。 「させるか!!」 振り下ろされる剣に割って入ったのは、和装を纏った白い小竜ブシアグモンだった。 倍はありそうな体躯の斬撃を、その小さな身体と刀でギリギリと音を立てながら受け止めている。 「何を呆けているカエデ!奴の言葉に耳を貸すな!」 「ブシアグモン……」 如何にブシアグモンが剣に優れていようと相手は究極体。真正面から受け止めても埋められがたい膂力差が徐々に剣を押し戻させる。 「カエデ、奴の言葉がなんだ!私がきみと縁を結んだのは、きみを破滅させるためではない!きみが求めたから私が応えた!私もきみを求めた!だからこうして二人で刃を並べて戦ってきたのだろう!」 ジリジリと宝剣の刃がアグモンの刀に食い込む。 小さい脚に全力を込め、眼前の刃に抗う。 「それにだ、私はユキアグモンが嫌いだ!見た目が似ていて紛らわしい!いちいち訂正するこちらの身にもなれ!私をユキアグモンと呼んだものは、紛らわしいユキアグモンごと例外なく切り捨ててやる!!その親玉が目の前にいるのだ!きみの力を貸してくれ!!」 「小癪な……!」 目の前の小竜ごと叩き切らんとオキグルモンが力を籠める。 (――ああ、そうだ) あの日、今のブシアグモンと出会ったのも月の輝く夜だった。 幼き日、数日にも満たないデジタルワールドでの冒険と、長い時を経てのリアルワールドでの再会。 空っぽな、凪のような日々に現れた友。 「為すべきを成せ!ミヤモトカエデ!!」 ブシアグモンの刀が折れる。 世界が止まったように時間がゆっくりと流れる感覚がした。 あと数センチ、わずか数刻も経ず、この白い竜の頭蓋がかち割られることは必定だ。 「――私は」 手にしたデジヴァイスに熱が宿る。 「――死ぬわけには」 内からあふれ出す光が寄り集まり、『刀身』を形作る。 「――いかない!!」 光の刀がオキグルモンの剣を逸らす。 それはまさにデジソウルによって形作られたもの。 宮本楓には生み出せなかった、デジモンを進化させるためのエネルギー。 それを攻撃に使ってきた人間に、さしものオキグルモンも動揺した。 「!?」 その動揺を見逃すほど楓は未熟ではない。 すぐさま右手の実態ある刀でオキグルモンを斬りつける。 刀傷は表皮を浅く裂いた程度だが、そこから漏れ出す光が楓の刀に纏わりついた。       ・・・・・・・・・・・・ 「なんで!?私が知っているものと違う!」 距離を取り仕切りなおすオキグルモン。 その姿を一人の人間と一匹のデジモンが見据える。 「何かでずれた!?それとも私が教えちゃったから!?」 楓は狐面を顔の横にずらす。 それは師から授かった楓の『規範』。 善を成し、平らかな世を乱さんとする悪を斬るための仮面。 無闇に斬るべからず。相手を見定めるべしという教え。 ブシアグモンが楓を「優しい」と評する根幹を成すものであった。それが、たとえ相手を理解し、いかに斬るかを見定めるためのものだとしても。 オキグルモンの知る楓は、デジソウルの発現に際し『勝つためには未熟な自分の思考など不要』と、余分として面と共に斬り捨てたはずだった。 『狐面』と『デジソウルの刀』が両立していることなど本来ありえない。 顔を晒し、しかして面をした時の口調とは変わらず、楓は相棒に檄を飛ばす。 「やるぞ、ブシアグモン!」 「ああ。久しいな、この感覚!」 刀を鞘に納め、デイヴァイスを鯉口に添える。 それは居合の構えだった。 刀身からあふれるデジソウルの光をデジヴァイスが取り込む。 そして、剣士の少女は一息に刀を抜き放つ。 「チャージ!デジソウルバースト!!」 敵から奪ったデジソウルと、楓自身から発せられるデジソウルが刃を交わすがごとく交じり合い、デジヴァイスからあふれ出す光がブシアグモンの身体を包んだ。 表面のテクスチャを剥がし、体を構成するデータを書き換え、まったく別の存在へと再構築する。 「ブシアグモン進化!ガイオウモン―剣聖ノ型!」 そこにいたのは一体の剣士だった。 清廉さを感じさせる白い竜人に、全身に纏うは和の装飾を施した鎧。 手にする剣は、本来のガイオウモンが持つものとは違う、神気というものを感じさせる一振りの両刃剣「クサナギノイブキ」を携えていた。 その姿は、かつて幼き日の楓がデジタルワールドで旅をした際、ともに歩み続けた時のものだった。 「面白い!死力を尽くして掛かってくるがいい!」 強敵の出現に、先ほどまで表出していた、自身を構成するデータの一部であった人物の名残が霧散し、本来の戦闘狂である性格が再び表出した。 三者、目の前の敵を打倒せんとそれぞれが己の剣を構える。 「水流将軍――オキグルモン!いざ!」 「二天一流――宮本楓!いざ!」 「ガイオウモン!いざ参る!」 真っ先に動いたのはガイオウモン。 相手を両断せんとする横薙ぎは、周囲にある木々など存在しないかのように振るわれる。 それを見通したオキグルモンは剣でそれを防ぎ―― 「!?」 きれない。ガイオウモンは相手の防御などお構いなしに刃を振るう。 その刃は神速にして圧倒。究極体に比肩する質量を持つ自身の剣ですら押されるまさしく暴威であった。 剣の術理など及びもつかない。相手の動き、都合などお構いなしに振るわれる剣。 同じガイオウモンでも、厳刀ノ型が最小の動きで敵を制す“静”の型であるならば、剣聖ノ型は自身の術理を相手に押し付け圧倒する“動”の型であった。 「せえええい!!!」 神剣から繰り出される剣戟が怒濤のごとく襲い掛かる。 まさしく刃の津波となったそれをオキグルモンは未来視することで対処する。 「ぐうっ!!!」 「はあぁぁぁぁあ!!!!」 互いに切り結び刃を鳴らす。しかし、数多の強者を屠ってきた自身の剣が通じないことにオキグルモンは歯噛みした。 一つ未来を見るたびに五つ刃が振るわれる。 二つの刃に対処するたびに十の刃が襲い掛かる。 三つ斬りかかれば十五の刃を持って打ち払われる。 白き剣聖に付く傷よりも、着実に水流将軍に着けられる傷が増えていった。 「舐ぁめるなぁぁぁぁ!!!!」 眼の前の現実に激高し、さらに未来視の精度を高める。 一手先の未来を見て対処できないのなら二手先、それでもできないなら三手先の未来を読む。 四手五手六手、ガイオウモンの繰り出される剣戟よりも多くの先を読む。 「捉えた!!!」 髪の毛の幅ほどもない隙。 無数の斬撃に耐えながら、そのわずかな隙に勝機を見出し刃を振るう。 既に剣を振りかぶったガイオウモンにその刃を対処することはできない。 「せいっ!!!」 しかしその刃を止めたのは楓だった。 普段携える刀と、デジソウルによって形成された刀が、ガイオウモンに向かう刃をすんでのところで逸らす。 「何いぃ!?」 今日二度目の驚愕。ただの人間が究極体同士の剣戟に割って入り、あまつさえ自身の刃を逸らしたことにオキグルモンは目を見開き、一瞬注意を逸らしてしまう。 その隙を逃すガイオウモンではない。 渾身の一振りがオキグルモンの身体を吹き飛ばした。 地面に叩きつけられたオキグルモンが咆える。 「ぐ、2対1とは卑怯な!」 「あいにくまだ未熟の身。一人分として数えるには不足だ。それに、デジモンとパートナーは一心同体。死力を尽くすのなら、出し惜しみはしない」 よろよろと立ち上がるオキグルモン。その顔には凄烈な笑みを浮かべている。 「よかろう!ならばこちらも我が死力を以って葬ってくれる!!!」 周囲の温度が一気に下がり、足元には霜が降りる。 奪われた周囲の熱量はオキグルモンの宝剣「クトネシリカ」に集い、超高温の炎を形成した。 これを迎え撃つガイオウモンは神剣を顔の前に掲げる。 「絶技――抜刀!!」 高められた剣気が刃に集う。 それは無限ともいえる「可能性の刃」を集め、一点を同時に攻撃する絶技。 相手を圧倒する剣聖ノ型が持つ窮極の技。 無限を内包した一とでも言える至高の一太刀だった。 「灰燼と帰せ!『蒼濁輪廻』!!!!」 「無尽一刀!『刀禍動濫』!!!!」 二つの奥義がぶつかり合い、辺りが光に包まれる。 それを光景を、楓はただ目を細めて見つめることしかできなかった。 (あれはまさに、幼き日に目にした剣聖の技。ああ、矢張り――――) ――その後に続く言葉を知るものは、誰もいなかった。