元祖デジモンイレイザー# 2 「はァッ!」 「な、ニィ!?」 ピノッキモンの必殺技、ブリットハンマー。 火薬の仕込まれたハンマーで相手を一撃の元に粉砕する恐るべき技を、もんざえモンは完全に見切っていた。 即ち、ピノッキモンが体重と落下の勢いを乗せて振り下ろしてくるハンマーの直撃は躱しつつ、その柄の部分にカウンターでアッパーを叩き込んだのであった。 こうなると相手を打ち砕く筈の落下の勢いは、逆に自身の得物と身体を破壊する勢いに転化する。柄は半ばで砕け折れ、それでも勢いの止まらぬアッパーが胴体にめり込み、吹っ飛ばした。 『これで、最後。まあ…大変だったかな』 フルフェイスヘルメットに黒いライダースーツの少年が周囲を見回しながら呟いた。 「うん、今倒したので最後だねぇ」 傍らに、先ほどピノッキモンを、究極体をカウンターの一発で倒して見せたもんざえモン。 彼らこそは敵対すれば最後、勢力諸共消しにくるというデジタルワールドの噂。 誰が呼んだかデジモンイレイザー。その本人達だ。 「なぜ…どうして?ボクが君に何を…」 『何をって…レッドべジーモン達がさ。言ったんだよ。俺たちが倒れてもピノッキモンとジュレイモンが居るって』 「うん、言ってたねぇ。町を襲ってたから倒したら、そんな事」 もんざえモンが少年の発言を捕捉する。つまりは、町を襲った手合いを〆たら負け惜しみと言わんばかりに親分の名前を吐いたので根本から叩き潰しに来た、という事らしい。 だからこそピノッキモンは戦慄した。 今言われてそんな事言ったのを思い出した程度の、遊び半分で言ったからすっかり忘れていたような 「そんな…それだけの事で…?」 「まあそう思うよねぇ…その町からだいたい…10日?」 『正確には10日と6時間43分21秒。』 「だって」 それほどの時間をかけて、彼らはわざわざ渡って来たのだ。敵の、突発的な負け惜しみを頼りに。 「どうしてそこまで…」 『あの町の住人達優しくてさ。水もくれた。ご飯もくれた。寝床も嫌な顔せず貸してくれた。それを襲った。じゃあ敵だ。』 「グッ…だけど、ボクを倒した所でレッドべジーモンも、ジュレイモンもまだ…」 「言ったよぅ。今倒したので最後だって」 『もう君の勢力は存在しない。全部倒したよ全部』 今度こそピノッキモンは恐怖で震えた。 「ア…アア…」 本当かどうかは分からない。だが凄みはあった。きっとコイツらは本当にそれをやったんだ。嘘をついてすら居ないんだ。 「ゆ…許して…遊び半分だったんだ…!こんな事になるなんて」 『怖いかあ怖いよねえ。ごめんねえ。でも敵だからねえ。ごめんね』 フルフェイスヘルメットで表情は見えない。でもその声色は不自然なくらいに優しい。全く激情の浮かんでこない凪のような声。それがまたピノッキモンの恐怖を煽る。 「た…助けて…!!」 『もんざえモン、お願い』「うん」 ピノッキモンはデジタマに還った。 『町に帰ろうか』「そうだねぇ。背負ってあげようかワタル?」『お願い』 もんざえモンは、少年をおぶると足を進めた。 その帰り道には、レッドべジーモンであったデジタマが散乱沢山転がっていて ともあれ、その日ピノッキモンが率いていた勢力は完全に消滅したのであった 〜27年後〜 「もんざえモンの体はふかふかで気持ち良いねー」 「ふふん、そーでしょう?ワタルも昔そーやってよく僕の背中に乗って寝てたりしたんだよぅ。」 エプロンを付けたもんざえモンが子供を一人おんぶしていた。彼女の名前はヒカネ。ワタルの、まだ小学生に入ったばかりの一人娘で、そしてもんざえモンにとっても大切な家族の一員だ。 「パパも?」「うん、昔ワタルと旅をしていた頃はねぇ…なにせ朝から夜までずうっと歩きっぱなしだったからねぇ。そういう時は僕が背負ったんだぁ」 「若い頃のパパってずっと旅してたんだ」 「色々あってねぇ…大変だったけど楽しかったよ」 「ふぅん…」ヒカネはさて、足元の父親を見る。リビングのフローリングの上で寝転がって、熟睡していた。 時刻は夜の20:00。珍しく早めに帰ってきたワタルは、家族と晩御飯を一緒に食べて、さあ何するかとテレビを見ているうちにすっかり寝こけてしまっていたのだ。 「こんな具合なのに?」 「年をとるとこうなるもんだよぉ」 もんざえモンが床に座ってヒカネを下ろした。 「まあ、ワタルに関してはようやくここまで…ではあるけどねえ」もんざえモンは相棒の寝顔をじぃと見つめて少し笑った。 「ここまで?」「なんでもないよぉ。」「えー教えてよ!」「ワタルが教えたくなったら教えるよぅ。ま、今はそれよりワタルが風邪引いちゃうかもだ。何かタオルケットか毛布かでも持ってきてくれる?」 「むぅ、はぐらかす…いつか絶対教えてよ!」 ヒカネがリビングから寝室へ向かうのを見届けて、もんざえモンは相棒を見る。27年前の時と比べて年老いて丸くなった相棒を。 「敵認定の範囲を少しずつ緩くして、基本的にずっと笑顔で居て、過剰な思考力は切り替え方を身に付けて」 昔、彼はあまりにも尖っていた。敵と味方の極端な区別、過剰な演算・思考能力に由来する高すぎるテイマー能力。そして感情面のバグみたいな挙動に由来する人付き合いの不適合具合。 それ故に彼はデジモンイレイザーの仇名を持つ最強のテイマーであり、恐怖の怪物でもあった 「でも、それで良いよねぇ。過剰に恐れられる事も、敵対する事もなく。こうやって平和に暮らせるんだから」 今となっては平凡な、それでいてちょっとした縁の下の力持ちなプログラマー。年相応の実績と地位がある、どこにでもいるような中年男性 「ま、少しばかり早めに帰れるようになってあげた方がヒカネには嬉しいだろうけどねぇ」 もんざえモンはくすくすと笑った。 〜しばし後、ヒカネは大きめの毛布をずるずると寝室からリビングに持ってきて、そこで目にしたのは… 「ずるい!」 もんざえモンの腹を枕にすやすや眠る父と、腹を枕に貸したまま寝てしまったもんざえモンであった 天津鎧 渡(アマツガイ ワタル) その昔、デジタルワールドにてデジモンイレイザーの仇名を背負ってもんざえモンと旅をしていた男。現在41歳。 数々の特異性を生まれ持って抱えており、その内の一つとして感情表現が致命的に人とズレていた。怒りに震えるべき時に笑い、散々自分達で相手を破壊した後、破壊された相手の恐怖や悲しみの感情に同情して泣く、20日前に感じた怒りが不意に復活する…と不規則で不安定に感情が出力されていた。 今は歳を経てそれだけ感情が揺さぶられる事が減ったのと、常になるたけ笑顔でいようとしている為にこの特異性が表に出る事も少なくなった。 デジヴァイスはデジタルモンスター(初代) もんざえモン ワタルの相棒。ワタルとはデジタマからの付き合いで、ボタモンだった頃からその不安定さや当人なりの苦しみを見て育った為に彼の1番の理解者。 今となっては平凡なプログラマーに落ち着いた彼を見て心の底からホッとしている。 尚、今のもんざえモンが家の中サイズ(だいたい180cmほど)なのは日常生活に不要なデータをワタルが分割保存しているからで、本当はもっと巨大な姿をしている。 1番の得意料理はだし巻き卵 天津鎧 緋金(アマツガイ ヒカネ) ワタルの一人娘。6歳で小学1年生。 年相応に元気で無邪気な女の子。忙しいけど頑張って一緒の時間を作ってくれるパパと、家に帰ったらいっつも遊んだりご飯を作ってくれるもんざえモンの事が大好き。 その一方でこの娘も父親のような特異性の萌芽を抱えているし、実はトレーナーとしての才覚や能力は父親をも凌ぐ。 とは言え、ワタルともんざえモンが健在なうちはその特異性や才覚が目覚める事はないだろう。 どうかすくすくと育ってほしいものである