あまりにも情熱が溢れてしまったので竜馬と嫁の話を書きました こんなんかなぁ!って気持ちの塊なので、解釈違いはお許しいただければ… ふと目の端に映る人。初めは名前も声も知らない人だった。とはいえ、極端に無口な人だから、声を知ったのはそこからしばらくあとになるのだけれど。 大学の教室は高校とはずいぶん雰囲気が違う。自席なんてものはなくて、一列に長い机に椅子が並び、名前は講義室。どこに座っても良いというのは、はじめのうちは私をずいぶん戸惑わせた。 地元を離れての一人暮らしであったし、同じクラスどころか同じ県の人を探すのも大変な位で、知り合いの全くいない環境というのは初めてだった。おまけに季節外れの大風邪で友達づくりのスタートダッシュに大失敗。完全にボッチな新入生の出来上がりである。幸いにも授業を受ける分には一人であっても問題がなかった。だから講義室の片隅で真面目に授業を受けて、空き時間にはソーシャルゲームに勤しむのが私の学生生活になるのであった。 もちろんこの状態に危機感は覚えている。が、一度出来上がったグループに入るのはとてもエネルギーがいるし、今更?みたいな雰囲気に耐えられる気がしなかった。何だか周りの女の子は自分よりとてもおしゃれに見えて完全に気後れしていたのだった。 それでも今までやれていたのは、講義室前から3列目の窓際に座る彼の存在が大きい。 私でさえ挨拶を交わす程度の顔見知りはいるというのに、彼が誰かと話している姿一度も見たことがない。いつも眉間に皺を刻んで仏頂面だ。誰と話すことなく一人でいる。わいわい騒ぎがちな男子グループも彼のそばで騒ぐことはない。一度絡みにいってすごく迷惑そうな顔をされたのが堪えたんじゃないかなと思っている。表情を変えずにジッと見られるのはさぞ背筋が冷えただろうから。 私はボッチ仲間としての一方的な親近感を元に、彼にほど近い席を定位置とさせてもらっている。お陰で一人でもあまり気負わずに過ごせているし、ソシャゲの進行もなかなかである。ただ、今考えると友達づくりという点では盛大に裏目に出ていたなと思う。何せ男子ですら近づきにくいのだから女子は言わずもがな。居心地の良さに惹かれて人間空白地帯に居着いたのだからボッチ生活からは抜け出せないのも道理である。 そう、意外と居心地が良かったのである。こちらが一方的に近くをうろうろしているだけだったのだけれど(彼が私のことを認識していたかはかなり怪しい…)、何事もなく日々を過ごせるという点ではとてもいい環境だった。 それに段々と彼の鉄面皮にも種類があることにも気がついてきた。あんなに仏頂面なのに、何を考えているのかが思いの外表情に出てくるのだ。授業中の難しい課題に取り組むときの難し顔や、午後1の眠気を堪え顔。これは眉間の皺が深くなるからすぐわかる。地学で化石や恐竜の話のときには子供のように好奇心顔だった。食堂の定食でししゃもが出たときには口元が緩んでいさえした!まさにウルトラレア!ジッと彼を観察する私は端から見て相当怪しかったに違いない。 また、その表情の硬さに対して驚くほどお人好しな一面が見られた。教授の手伝いで資料運びをしたり、誰かの汚した机の掃除、落とし物を交番に届けたりと、見た目の雰囲気からは想像しにくい行動をしていた。それが周りの人に伝わらないのはもったいないなぁと、人ごとながら思ったりもした。 しかし密かに彼の表情鑑定士を自負していた私にはずいぶんと思い上がっていたらしい。 ある時彼の下に二人の男の子が訪ねてきたのだ。 その日の最後の講義を終えて、さて帰ろうかというタイミングで、教授と入れ違いにドアから入ってきたのはヤンチャっぽさを感じる白髪の男の子と、長めの髪の男の子。 堂々と、そして少し居心地悪気な二人組は、なんと彼のお客さんだった。名前を呼ばれた時の彼の顔は、今まで私が見たことのない表情をしていた。 笑いながらじゃれつく二人をあしらいながら講義室を出ていく。そんな姿に私は酷くショックを受けていた。彼にも、彼の良さをよく知る人は私だけではなかったんだなと、あんな顔をするのかと。 私はずっと彼のそばで、彼を利用していただけで、知り合いですらないのだ。気難しそうに深まる眉間の皺の動きを知ってはいても、私がその皺を動かすことはない。あの二人の男の子にそうしたように、正面から面倒そうに、そして楽しそうに動く眉を、私が見ることはないのだ。 多分ひどい顔をしていたのだろう、講義室を出るときに知り合いの女の子に話しかけられた。心配してくれたのだと思うのだけれど、何を話していたのか覚えていない。あやふやな答えを返していたと思う。そのまま大学を出ていったから、多分さよならとか言ったのだろう。でも私は、ただ、眉の皺のことだけを考えていた。 だから、それにぶつかるまで私は周りの状況に一切気がついていなかった。薄緑で弾力のある壁。頭をぶつけた割には痛くない。流石に私もハッとして自分を取り戻す。正面から壁にぶつかるなんてどうかしてる。はぁ、とため息をついたところで眼の前の壁の不思議さに気がつく。そもそも弾力のある壁とは何だ?手を壁に当ててみる。グッと手を押すと少しだけ手が沈む。なかなか気持ちの良い感覚だ。ゴムタイヤよりは柔らかいかななどと考えていると、上から声がかかる。くすぐったいからやめて欲しいのだと。上から声がかかるというのも納得である。私が壁だと思ったのはどうもそれのお腹だったらしい。 見上げる高さに顔がある。深い緑に赤い縞の角が2本。鼻先の角と合わせて3本角。鋭い牙に襟巻。これは恐竜…?しかし声は穏やかで理知的だ。慌てて手を離して一歩下がる。なんと言えばいいのか、困惑していると先に名乗られてしまった。 おいらはトリケラモン、よろしくと。 慌てて名乗り返す。こんな時、あまりに混乱が続くと逆に冷静になるみたい。それは多分トリケラモンの人柄?デジモン柄?もあると思う。だってあまりに呑気に話しかけられるんだもの。だから私も落ち着いたというところがある。トリケラモンをまじまじと観察する余裕さえ生まれつつあった。大きな体の割には可愛らしい一人称だなぁ、とか結構体に傷跡があるなとか。 デジモンというものが存在するのは聞いたことがあるし、少し前には大きなニュースにもなっていた。が、身近に遭遇するとはまさかである。 少なくとも普通の市街地にいていい存在ではない。が、辺りはコンクリなど姿形のない森の中。所々に燃え滓のような黒い影はあるけれど、控えめに言っても大自然。異分子はむしろ私だったようだ。 どうも完全に周りが見えなくなっていたらしい。 トリケラモンの話は私の常識から離れた部分が多くて理解が難しかったが、つまり、危険はないしすぐに迎えが来るだろうとのことだった。 ざっくりまとめると、今いる世界はいわゆるデジタルワールドであり、普段私の暮らすリアルワールドとは時々混線してしまうらしい。そして迷い込んだ人を見つけた時は、リアルワールドに戻すべくデジモンと人とが協力すると。パートナーがいるデジモンは人に対する理解があるので、そういう役割を担うことが多いらしい。 協力的なデジモンばかりではないけれど、危険なものは近づけないし、トリケラモンの近くにいれば安全とのこと(自信アリ気な言葉に合わせて見せてくれた力こぶは納得するのに十分な理由だった)。 本来であれば知らない人の話を信用できるのかという問題はあるけれど、そもそも人ではなくデジモンであるし、常識外の世界であるのだからどうしようもない。トリケラモンは自身のパートナーに連絡を取ってくれていて、救助待ちである。 時間つぶしの雑談としてどんな人なのかと尋ねると、嬉しげな、それでいて渋面をする。この子もなかなか表情が分かりやすいかもしれない。 何でもパートナーはひどく無口で普段の生活とか考えを聞くのも一苦労らしい。頼りになるし勇気も優しさも十分。しかし無愛想。なんだか覚えのある話である。 私としてはこの気の良い大きなデジモンに好感を持っていたから、話が弾んだ。正直に言えば話をすることに飢えていたというのもある。私の大学(というか周りの人)の話をすると、トリケラモンはやはり彼の話に興味を示した。 そんなに酷い仏頂面な無口が何人もいるわけがないのだから、きっと自分のパートナーであろうと。そんなまさかとは思いつつも、聞くほどに当てはまる特徴ばかりである。世界は狭いというが、リアルとデジタルワールドの2つの世界を跨ごうとも同じらしい。 ただ、友達でもない自分が聞いてもいいのかなぁと思う話題もちらほら。さすがに好きになる人がことごとく恋人持ちというのは同情する。 お互いの彼の情報を突き合わせつつ、彼の表情レパートリーをトリケラモンから入手できた。これは貴重な情報だ。今後の表情研究が大いに進むに違いない! 大学に入ってから一番いい時間を過ごしていると、現れたのはまさに噂の当人。気さくに話しかけるトリケラモンに対していつも通りの彼。いや、かなり気が緩んでいるな?それになんでって顔。トリケラモンを見ると目が合う。思わず二人で笑ってしまった。だって今話していたそのままの表情だったから。 そして驚いたことに、彼は私の名前を知っていた!身近にいる人の名前くらいは覚えるのだ言葉少なめにいう。周りのことなんて一切気にしないでいるとばかり思っていたけれど、彼は彼なりに周りに溶け込んでいるつもりだったらしい。そして初めて声を聞いた!聞いたし話かけられている!え、え、え?と困惑する私に彼は釈然としない顔。トリケラモンからは一言だけ。 「これでも良くなったんだけどねぇ…」 それから私は彼の近くに座るのをやめることにした。 彼のボッチさを言い訳に人との交流を避けていたのが恥ずかしくなったのだ。だって彼は交流を否定なんてしていなかった(そう見えなかったとしてもだ)。私が勝手に同類だと思いこんで、都合の良いイメージを押し付けていたのだ。それは彼にとって卑怯な態度だと思ったし、自分を変える努力は必要だと思ったからだ。 理由の半分は彼を観察し続けていたのを気づかれていたのか、それを確認するのが怖いということもあるけれど…。 高校までは普通に友達はいたし、今だって連絡を取っている子はいる。つまりその頃を思い出せばいいのだ。高校時代よろしく髪を高く結い上げる。まずはこないだ私を心配してくれた子にありがとうを言うところから始めよう。 講義が終わり、ノートをしまいながら友達と和気あいあいとおしゃべりをする。今日はみんなで最近話題のカフェに行く予定だ。話をしながらも彼の横顔を見ていると、初めて彼と目が合った。 深い眉の皺が、その瞬間、確かに緩んだのを私は見た!