デジモンイモゲンチャー 文科省デジタル文化振興室の人達 その後編 閑話 むかしむかし、あるところに悪いお姫様がおりました 「佐賀消失事件」の解決からある程度の時間が経ったある日。 デジタル文化振興室の休憩スペースでくつろいでいる者達がいた。 一人は取置サンワ。デジタル文化振興室に所属するプログラマーであり、佐賀消失事件を解決に導いたアプリの開発者でもある。 勤務時間中の彼がここにいる理由は、目の前の少女にあった。 彼女の名前は赤瀬 満咲姫。 かつて「Unnumbered of Heart(ハートのプリンセス)」と呼ばれ、 デジモンイレイザーの手先として「スピリットモドキ」を開発し、リアルワールドに混乱をもたらした少女だ。 その傍らにいるのはインプモン。 敗北し、デジタマに返った、彼女の大切なパートナーであるジョーカーモンの今の姿だった。 「正直さ。“こうしたらどうなるんだろう”って考えるのは技術者の才能だし、生き方だし、武器だから、別にいいと思うんだよね」 「そう……なんで、しょうか」 「うん。その先の“こうなったら流石にマズいよな”を考えるのとセットだけど」 「は、い。それは……その、考えます、けど」 「まあ僕だってその辺りあんま気にしないで組むことあるし」 「サンちゃんそれはどうなの」 ツッコミを入れたのは取置サンワの親友であるパタモンだ。 成長期のまま体が大きくなってしまったこと以外はいたって普通の、善良なパタモンである。 「いいんだよパタモン。ヤバかったらテスターからチケット来るし、どうせ責任取るのは僕じゃなくて上でだから」 「……毎度のコトだけど、この男があのメグルの同僚というのは、なかなか不思議なものだネ」 インプモンは自分たちがここにいる理由を作った男、岸橋メグルを思い出す。 彼女や、デジモンを伴って、或いはデジタルワールドで犯罪を犯した者達を集め、非合法な『社会奉仕』を以てその償いとする。 通称「スーサイドスクアッド(仮)」というプランに真っ向から反対して、心身のケアの必要性を訴えたのが岸橋メグルだ。 その議論の顛末として、ミサキはスーサイドスクアッド(仮)への参加を余儀なくされ、 心理カウンセリングと技術者としての講義を継続的に受ける条件で社会に復帰した。 その技術者としての講義を担当するのが、目の前にいるだらしなく着崩したスーツに丸眼鏡、目の下の深い隈が特徴の取置サンワである。 「メグル先パイは実際、かなりすごいよ。最後の最後の瞬間まで、誰かのためにで動けるんだから……」 「そうだネ…… 全く、惜しい人間を失ったものサ……」 「メグルさん死んでないよ!? また調査に行っただけだよ!?」 慌ててパタモンがツッコむが、サンワとインプモンはどこ吹く風である。 「一応そういう話をしてたつもりなんだけど」 「失ったとは言ったけど、あくまで一時的に、この施設から、という意味サ。あわてんぼうのパタモンクン♪」 「ボクが悪い話じゃないよねぇこれ!?」 パタモンはぷりぷりと憤慨し、サンワの膝の上にのしかかる。 「ははは。重いよパタモン」 「ふ〜んだ! 知らない!」 「ふふっ」 微笑ましいじゃれ合いに、思わずミサキは笑ってしまう。 「さて、ミサキちゃんもやっと笑ってくれたし、まあ今日はこれくらいでいいでしょ」 「それでいいのかい? 取置センセイ?」 「やめてくれよインプモン。先生なんて柄じゃない。それに、ちゃんとした話はもう一人の『先生』としているんだろう?」 取置サンワの言うもう一人とは、カウンセリングの担当をしている者のことである。 「だったら、僕はまあせいぜい話し相手でいいかなって」 初回の講義を始めて数十分のうちに、サンワはミサキの知識が既に教える、教わると言った段階にないことに気付いた。 知識と発想で自分の考えたことを実現できる段階にあるなら、もう自分が教えるようなものはない。 心のケアと自分自身を見つめる時間は、カウンセリングで確保できている。 だったら、講義として取っているこの時間が、ただリラックスできる時間であっても問題ないだろう。 ただでさえ、悪事から足を洗ってもなお、後ろ暗い行為に手を染めているのだ。 聞くところによると行動中にすら頻繁に吐き戻しているそうだ。明らかに無理をしている。 せめて今だけは、他のことに囚われずに一人の少女として過ごして欲しい。 それが取置サンワの考えだった。 決してサボる時間の確保として考えていない、と彼自身は言い訳を備えている。 「じゃ、来週もまた今くらいの時間に来てよ。多分ヒマだからさ」 「多分サボっているの間違いじゃないカナ? 取置クゥ〜ン♪」 「ふっ…… 作りたいときに時間を作れるのが僕の凄いところさ。インプモンくぅ〜ん」 悪い笑みを浮かべる、教育に良くない二人であった。 「あ、そうだミサキちゃん」 帰り支度を済ませたミサキに、サンワは思いついたように話しかける。 「もし他に息抜きが欲しかったらさ。何か楽器でもやってみない?」 「あ。はい。あの……カウンセリングの先生も、何か、やってみたら、って、言って……ました」 「まあそんな大した話でもないって。大抵の楽器なら、多分うちの誰かができるだろうし」 デジタル文化振興室の休憩スペースには、室長である芦江ケイコのこだわりで様々な楽器が置かれている。 ちなみに講義がこの休憩スペースで行われているのは、 情報的なクリーンルームであるデジタル文化振興室のオフィスにハッカー経験のある部外者を入れることに室長が難色を示したからだ。 「へぇ…… リュートでもいいのカナ?」 元道化師としては外せないとばかりに、インプモンは尋ねる。 「リュート、古楽器か…… 確かバロック音楽でその辺得意なのが誰かいたはず……」 「……できるんだネ」 どうやらインプモンは乗り気のようだ。 「まあミサキちゃんも気が向いたら言って。いつでもいいから」 優しい笑顔でミサキを送り出すと、取置サンワはオフィスに戻り、ミサキがどんな楽器を選ぶかに思いを馳せ…… 早速ガレージバンドを開いてサボりだすのであった。 むかしむかし、あるところに悪いお姫様がおりました。 悪いお姫様は厳格な王様とお妃様に育てられ、心を殺して生きてきました。 あるとき、お姫様の前に道化師が現れました。 お姫様は悪い道化師にそそのかされ、暗くて堅いお城から抜け出してしまったのです。 それが一つ目の罪。 お姫様を連れ出した道化師は、彼女を悪い魔王のお城へ連れて行きました。 魔王のお城で、お姫様は人の心を惑わせる恐ろしい薬を生み出しました。 道化師はその恐ろしい薬を配り歩くことで、魔王からお姫様を守っていました。 それが二つ目の罪。 そのうち、悪いお姫様の悪行に立ち向かう勇者たちがお姫様を追い詰めました。 お姫様を守るために自らの命を賭した道化師を、お姫様は守ることができませんでした。 それが三つ目の罪。 お姫様の心は今、暖かくて優しい場所にいます。 お姫様は今、正しいことのために悪いことをします。 お姫様はもう二度と、道化師の手を放しません。 (つづかない)