「「イージス・オブ・ケラウノス!!!」」 その決着を僕らは遥か遠くから見ていた なんて勇ましく、強く、輝かしいのだろう 僕らはずっとヒーローに憧れていた ヒーローとなった彼らは僕らの仲間で、出会いと短い時間の中で共にこのデジタルワールドのために歩んできた者たちだった もし彼らに話しかければ、きっと彼らは喜んで手を貸してくれるだろう …しかし目の前でその強さをあらためて知ってしまったら余計に自信をなくしてしまうかもしれない。だから怖くて近寄れなかった それは彼女も同じなんだと思う 「───おまえたちも自らの在り方に悩んでいるんだな」 ヤエが先ず思い浮かべたのは子供の図画工作。されどその風貌から発せられる意思の通った凛々しい声色が肩を落とし歩いていた二人を出迎えた 「あなたは…?」 「"聖騎士"…名をオメカモン。はじめましてになるな」 「こんにちはお二人とも」 「は、はじめまして…小山ヤエです」 「コカブテリモンです」 オメカモンと名乗るデジモンの後ろ。豆のように丸々した目を細めながら、袈裟をかけた丸顔の青年は丁寧なお辞儀をし、二人もそれに倣った 「僕は豆蔵。今日はみんなに少し人手を借りたくて来たんだ」 「人助けをするためにな」 人助け。その一言にヤエは思わず我先に食いついてそのまま来てしまった そして今、おつかい、ケンカの仲裁、人探し…いやデジモン探し…ヒーローの立ち向かう《命をかけた戦い》とは無縁の、日常の中に転がるありふれたトラブル。そんなものをオメカモンと豆蔵と共に直向きに足を運び、彼らの声を聞き届けていく 「ほ、本当に…これでいいのかなコカブテリモン」 「わからない…でも」 コカブテリモンが顔を上げると、オメカモンはまっすぐな瞳で真剣に目の前のことを成していた 「察するにこのあたり…むっ!これだ」 玩具のような小手先を器用に動かして岩の隙間からつまみ上げた鍵。依頼主が無くして困っていたものだ 「ありがとうオメカモン」 「あぁ。見つかってよかった」 探し物を届けて、依頼主と別れを告げ、また短い旅路をゆく 「ふむ。やはり2人に来てもらって正解だったな」 「あ、いえそんな…ついていくのに精一杯で」 「デジタルワールドは今物騒な世の中だ。こう言う時に小さな不満や不安は醜い形で現れる…だからこそこうして皆に寄り添い、地に足をつけて平定する者が要る」 豆蔵とオメカモンたちと出会うデジモンたちは時に困り、怒り、悲しんでいた それでも別れの言葉をかわす頃…笑顔だった その日最後の依頼…町外れの場所にある小さなデジタマの巣で赤ちゃんデジモンの世話をしながら、コカブテリモンが呟く 「オメカモンはすごいんだね。こんなにたくさんのデジモンのために力を貸しているんだ」 「豆蔵と共にな。その旅の中で……稀に奇妙な国同士の諍いなどもあったが豆蔵はそれを治めた。一切の血を流す事なく」 プリンスマメモンとトノサママメモンの話をするのは少々混乱を招くので仔細を省きつつ、オメカモンは自らの経験を語ってくれた 「戦わないで平和を?」 「あぁ。…ワタシは聖騎士だが、戦いが得手かと聞かれればまだ未熟な身でもある。そして戦いだけが己の全てとも思わない」 「豆蔵と共に己の在り方、その答えを探している道半ばだ」 「……私たちも豆蔵さんに修行してもらったら…オメカモンのように、どうすればいいのかわかるのかな」 デジタマを抱えながら俯くヤエにオメカモンはバッサリ言う 「いや豆蔵の言うことはわからん。豆蔵はいつも答えてくれない」 「ええ…?」 「内心いつも不安なまであるし、悪夢すら見た。…が、今はそれでもいいと思えるワタシがいる」 「ワタシたちはこのデジタルワールドで人助けをしてきた。これまでもきっとこれからも。その中でデジモンたちを助け…時に敵対してきた」 その中でオメカモンは己の在り方を模索してきた1人である 「その中で抱えてきた不安も、ワタシが与えられた為すべきことも、きっとワタシが聖騎士(ワタシ)たるために必要なことだと…今なら少し思えている」 「自分が自分であるため…」 「たとえ求められたそれが"戦とは無縁の"ささやかな困りごとだとしてもだ。ヒーローというものが何なのか造詣深くはないが……それは常に牙を持ち、命を賭して敵を討つため"だけ"に在らねばらないモノなのか?」 「え…」 「今日一日キミらと旅をしてわかった。…自らを臆病と知りながらも他者を慈しむ心」 「そんな、こと…」 「今日の旅の中で君らから聞いたヒーローとは、君らのそれを捨て修羅にならねば辿り着けぬ境地なのか」 「そんなこと…ない」 ヤエは考える。テレビの向こうのヒーローは… 頭の中ではわかっている。だから心に影がおちて、そんな彼らのようになれない真逆の弱い自分に嫌気がさして 「でも…でも…どうすればいいのか自信がなくて」 …臆病な自分を変えたくて。あの日コカブテリモンはヤエの前に飛び出した それでも自分の力は、飛び出したこの世界で蠢く大きな悪意には全く届かなくて。いつしか後ろで見ているしかなかった 強大な存在に立ち向かっていける皆が羨ましかった 「僕は…」 強くなりたい そのためにはこの臆病さとキッチリお別れしなければならないと以前より強く自分に言い聞かせていた気がする だのに目の前の聖騎士はそれを肯定してくれた 不思議だった 「…オメカモン。僕は」 「───ッ、この気配…敵か!?」 オメカモンが叫んだ 木々を薙ぎ倒し地響きが訪れる 戦いだ。いつもの頼れる仲間たちがそばにいない中での… 「なんだァ?チビどもしかいねえじゃねえか…こりゃ軽く潰せそうだな」 「ヘヘッやっちまいましょうアニキ!」 おそらくはデジモンイレイザーの手先の尖兵達だろう。このデジタルワールドに危害を及ぼす悪 プレッシャーに、敵意の籠った無数の声色に体が縮こまる 「───ワタシが相手になろう。このデジモンとデジタマには手出しはさせない」 「オメカモン…!?」 「…ブッハハハハ!落書きまみれの玩具ヤローが相手かよ笑わせるぜ!!」 敵の嘲笑に、しかし毅然としたままオメカモンは立ちはだかる 「コカブテリモン、ヤエ。今の君にできることでいい…心に従って為すんだ」 「私にできること…」 その姿と抱えたデジタマを今一度見比べ、ヤエは震える声で叫ぶ 「私は…私は、デジタマをまもらなきゃ…コカブテリモンっ!」 「う、うん!」 「オメカモン。デジモンとデジタマは僕たちが安全な場所まで逃します」 「任せたぞ豆蔵、ヤエ、コカブテリモン!」 コカブテリモンたちの体の震えは止まっていた。ただ目の前の命を目一杯小さな腕に抱えながら必死に走る。何度も、何度も 豆蔵もまたその穏やかな見た目にそぐわぬ機敏さでデジタマを保護し、それを手出しさせまいと聖騎士を名乗る者は力強く敵の攻撃を食い止めている 「すごい…」 あの時見た"英雄"の姿のように…決して派手さや絢爛さなどはなく、されどひたむきに堅実に戦う背中はとても立派で…なぜか親近感を覚えた 戦いだけが全てでは無い。そう語った彼の献身と奉仕の姿を見て、話して、知っているから …そしてその背中はヤエが最初に見たコカブテリモンの姿にとても被って見えたのだ 「必要なのは、牙を持つだけじゃない…?」 その時、コカブテリモンの瞳が茂みの影に怯え竦んで動けないニョキモンを捉え 「あ、危ない!」 「コカブテリモンっ!?」 「いかん…!」 鈍痛と衝撃。オメカモンだけでは手に負いきれなかった攻撃の流れ弾が…ニョキモンのため飛び出した彼の横腹を殴った 「大丈夫…ニョキモン」 自らを庇い倒れた姿に心配し涙を浮かべるニョキモンをあやすように、痛みを堪えながらコカブテリモンは両腕で抱き寄せた 「僕が…まもるんだ」 痛い。怖い。コカブテリモンはそれでもただ目の前の命を守りたかった 「僕がいま…きみのヒーローに…っ!」 そのためにキッと顔を上げ立ち上がらんとするコカブテリモンに寄り添い支えて少女が、男が駆け付ける 「ヤエ…ま、豆蔵さん…!」 「コカブテリモン…私もついてるから!」 涙目のまま肩を組み支えて立ち上がるヤエ そして豆蔵がいつもと変わらない凛とした顔で語りかける 「克服できない恐怖の中でも」 「どんな時でも君が君であることを忘れちゃいけないよ」 「そしてもし、なりたいと思う君の姿が心の中にあるのならまずは口にすることだよ」 「願いを口に出して、自分の心をひらいてごらん…その時」 ───轟音。晴天を劈いた霹靂に木々が揺れビリビリと鼓膜をゆらす 「"君たちのために"手を差し伸べてくれる誰かは…やがて《必然》となってやってくるはずだよ」 豆蔵。いつもそれくらいわかりやすくいってくれ豆蔵。ひとりオメカモンは腑に落ちない 大丈夫。強いて言うならば歳下のヤエに対しての優しさゆえにこの言い回しだと思っておいてほしいと筆者は考えているから 「…!!」 コカブテリモンは震え上がる あの光だ───金色の竜を討った《紫の稲妻》 それだけではない、赤き小竜を肩に乗せ紅蓮を纏った《炎の闘士》の姿もある 「雷速化か。想像以上に速かったな…ちょっと酔った」 「ハハッ、スゲーだろ俺らのバーストモード」 「それ…なんでお前までバーストしてんの?」 「わかんねえ!けどこうでもねぇとライジルドモンに振り落とされちまうからな」 今まさに自分たちのために盾となってくれているそれらを目の当たりにし、起こった体を巡る震えは…いつしか懸念した負の感情に則したものでは決してなかったのだと思う 「かっこいい…!!」 コカブテリモンが感嘆をもらす 「彼らもまた独りでは辿り着けなかったから、時に宿命に袂を分つとも再び手を取り合い共に試練へと立ち向かえた。その意思を持ち続けたからこそ彼らは成れたんだね」 「キミとヤエくんも、たとえ彼らのように力強く在れずとも…気高くあれると僕は信じてるよ」 「な、なんだテメーら!」 「ワリーな、通りすがりのヒーロー登場だぜ」 「リアルでもこっちでも…俺がやるべき事は同じなんだなドラコモン。やろう」 炎を、雷を靡かせて…弱き者に仇なす悪党どもへと英雄(ヒーロー)たちが吠える 「「覚悟しろ!!」」 「ぐ……ぐわああああーーー!?!?」 岩陰に隠れていたデジモンたちに安寧が訪れた デジタマもひとつも欠けることなく、皆が安堵の笑みを浮かべる 「ヨッシャア!これで一件落着…ん?あれっ豆蔵さんじゃないっすか」 「やぁ鉄塚くんいい天気だね」 その割に君らという雷が空から落ちてきたけどね。オメカモンは内心でツッコミを入れる 「蓮也くんもこんにちは。デジタルワールドに来ているとは珍しいね」 「どうも。少し事情があって…」 「いやー間に合ってよかったぜ。さっき偶然…」 スピリットエボリューションを解いた東日蓮也とドラコモン、鉄塚クロウとバースト化を解いたライジルドモンが豆蔵と話す様子を見ていると、ヤエがハンカチを取り出してオメカモンの顔についた泥汚れを拭ってくれた 「ありがとうオメカモン」 「あぁ。…やはりあのような猛々しく勇ましき者が、キミらの目指すヒーローの姿か?」 「…ううん」 ヤエはゆっくりと考えてから首を横に振り、少し和らいだ面持ちを上げる 「もっとちゃんと考えなきゃって思ったの。…私がなりたい私、アナタ(コカブテリモン)がなりたいアナタを。だから…まずは口に出して、みんなに言わなきゃ」 私の願いを。そう呟いてきゅっと掌を握りしめたヤエにコカブテリモンもまた深く頷く 「そうか、ならば皆の下へ帰り英気を養うべきだ。…今日は感謝する小山ヤエとコカブテリモン。キミらならばいずれその答えに辿り着けるのだろうな」 「鉄塚くんライジルドモンくん。ヤエさんたちをお送りしてもらえるかな」 「おう、空を飛ぶのはまかせとけー!」 「んじゃ帰ろーぜ」 「また雷になって飛ぶんじゃ無いのか」 「ワリーワリー、アレめちゃくちゃ疲れるからまだ1日一回が限度だ」 「ふぅ…なら安心だ。オレたちも自分で飛ぶか」 「ありがとうございます、オメカモン!豆蔵さーん!」 手を振るオメカモンとお辞儀で見送る豆蔵が遠ざかる。少し涙が出そうになったが、ヤエはそれを堪えて前を向く 「あ、あの…!」 そこで盛大に1人と1匹のお腹の虫が鳴いた 「あ…あっ」 「ハハハハッ豆蔵さんから聞いたぜ、あんだけがんばったんだ腹減ったよな」 「今日はカレーだってさ。まずはいっぱい食べて、ハナシはそれからゆっくり聞かせてくれよな」 「は、はい!」 あとがき 豆蔵さんオメカモン。そしてコカブテリモンとヤエちゃんまずはありがとう私は君らの隠れファンだ もう少し禅問答っぽいことやりたかったけど難しいね。でもデジモン助けの旅の中で成長しているオメカモンなら自らのあり方に迷う子たちに何か示してくれるいい先輩になるのかなと思い今回主役をお願いしました この後みんなにキチンと目標をお話ししてヤエちゃんたちはいろいろ手伝ってもらってると思います 蓮也くんを急にデジタルワールドに引っ張り戻したりごめんね。ドラコモンと共にエンシェントグレイモンに成れたMATURO後の世界線から(何なら時間軸とか都合よく超えて)きっとそういう事件に巻き込まれて一時的にイモゲンチャー組と共闘してたんだと思ってほしい。そしてリアルに戻るまでにみんなと少し楽しそうにわちゃわちゃしていってほしい クロウはわかりやすくヒーローするから使いやすいけど間違いなくあの苛烈な戦いぶりは彼らにしかできないものだからコカブテリモンたちが目指すヒーロー像としてはそぐわないモノや、鮮烈さゆえのコンプレックスの原因になりかねないかなと思いあえて一定の距離を置かせてもらったよ でも2人とも一度運命に袂を分たれてもまた相棒と共に強くなった子たちだからその姿をひとつのアンサーとして示しつつ、オメカモンの姿もその胸に刻んでコカブテリモンやヤエちゃんたちにヒーローのあり方をこれ