「…チッ…なんで俺がこんな事を…」 ニチョームの大通りを歩くスミワノがその言葉を舌打ちと共にぼやくのは果たしてその日何回目…いや何十回目であったか。 彼は買い物袋に入った大荷物を両手で抱えており、不服そうにその荷物と隣を手ぶらで歩くスヤを交互に睨みつけている。 「まだ言ってるの?しつこい」 スミワノの不満をスヤはばっかりと切り捨てる。 「オウ、何遍でも言ってやるよクソ女」 それに対してスミワノは額に青筋を浮かべ、目を僅かに血走らせた。 「なンでこの俺が、テメェの買い物なんざに付き合わねぇといけねェんだ?アァ?」 そう、彼の抱えてる大荷物は全てスヤが買った物である。それをスミワノは全て持たされて彼女の隣を歩かされている。繰り返すが、スヤは手ぶらだ。 一方のスヤも整った少女めいた顔の眉間にシワを寄せて言い返す。 「私だってあんたに頼みたくなかったわよ」 ハァと小さくため息を吐いて言葉を続ける。 「本当はマニカ=サンが良かったんだけどなんでか断られて…ジュリエット=サンも都合が悪いって。まさかセンセイに頼むわけにもいかないじゃない?」 この時、スヤは兄弟子であるハシの名前を出していない。これは言い方に拘らなければ端からハシにこの買い物の同行を頼む気が無かったということだ。 だがそれは決してハシを信頼していないとか侮っているとかそういう意味ではない。  むしろ逆である。様々な意味で、ハシをこの買い物に付き合わせる訳にはいかないとスヤなりに考えた結果だ。 そうすると自然に、ドージョーに残っているのはこの男だけになる。 「私だって妥協したんだから」   「妥協した結果がこのアシャーダロン様だァ?ずいぶん偉くなったモンだな、エェッ?」 スミワノの苛立ちは収まることはない。そもそもスヤはそれを収める気など一切無いのだから当然だ。 「仕方ないでしょ。最近物騒なんだから」 あの五番勝負以来、ドージョーは明らかに何者か(大方あの場にいたニンジャ達以外のハバツのザイバツ・ニンジャ達だろうが)に監視されている。 このニチョームが一応の中立地帯であること、ドージョーのニンジャ達が油断ならない実力者ばかりであることで連中はあくまで監視だけに留めているに過ぎない。 スヤはリアルニンジャ目前とユカノやハシから太鼓判を押されているが、それでも一般人、モータルである。一人でいる時に実際にニンジャが襲ってきたとしたらまず敵わないだろう事は他ならぬ自分自身が理解している(これは同じくモータルであるジュリエットもしっかりと自覚している)。 故に外出の際はなるだけ一人では動かず、できるだけ複数、それも叶うことならニンジャがいた方が好ましいと、ここ最近は行動を改めてきた。 他の面子が全員無理なのだからスミワノしか買い物に誘える相手はいなかった、というのがスヤの言い分である。 …それをスミワノが合点承知するかは別の話だが。 「知ったこっちゃねェな」 スミワノは吐き捨てる。 「テメェを護る必要なんてねェだろ」 舌打ちまじりのその言葉に、 「…ハ?」 今度はスヤがカチンと来た。 「どういう意味よ」 食って掛かるスヤ。それを見たスミワノは一矢報いたとばかりにニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。 「そのままの意味だ」 「私はどうなってもいいってこと?」 「テメェがそう思ったンならそう言うこったな」 スミワノは勝ち誇ったかのように呵々と笑う。 それを見たスヤは完全に怒りのスイッチが入り、 「…イヤーッ!」  モータルではギリギリ目視できない速さで放たれたスヤのローキックがスミワノの脹脛に叩きつけられる。パァン!と小気味良い音が周囲に鳴り響き周囲にいた数名が思わずこちらを振り返った。 「グワーッ!?」 完全に油断していた所への一撃にスミワノは悶絶。買い物袋を抱えたまま打たれた片足をあげてぴょんぴょんとその場を跳ね回る。 「本当、あんたってクソだわ」 「ッ…この…クソ女ァ…!」 痛みに耐えてどうにかスミワノは打たれた片足を地面に戻す。 「だいたいなァ!」 痛みと怒りのままにスミワノは吼える。 「なンで俺が!!!テメェに付き合って!!!女物の服屋までいかなきゃならねェ!!!!!」 「イヤーッ!!!」 先ほどと同じ速さのスヤのローキックが先ほどと同じ部位に寸分違わずクリーンヒットする。パァン!と先ほどと同じく小気味良い音が鳴り響き先ほどよりも大勢の人間がこちらを振り返った。 「グワーッ!!?」 怒りによって意識が緩んでいた所への一撃にスミワノはまたもや悶絶。再び買い物袋を抱えたまま、今度は先ほどよりやや激しくぴょんぴょんとその場を跳ね回る。 「声が大きい!恥ずかしいでしょ!」 「…ッ…ッ…ッ…」 今回は痛みに耐えることが精一杯でスミワノはスヤを睨む事しかできない。例え先程と威力そのものが同じでも同じ箇所に続けて攻撃を受けては実際の痛みや怪我の内容は変わってくる物だからだ。 一方のスヤもまたそれに睨み返して応える。 「だから私だってあんたに頼むのがイヤだったのよ!」 「ッ…ッ…こッ…このッ…」 何とか痛みをねじ伏せてスミワノは言い返そうとした。 …その時!  「…ん?」 「…アン?」 ぴたりと二人は言い争いをやめた。 それから注意深く周囲を探る。 五感を研ぎ澄ます。 「………」 「………」 二人の視線は同じ場所へ向かう。 ビルとビルの間の小さな小道。 そこから微かにアトモスフィアを感じる。 邪悪なアトモスフィアを。 「…勘違い…じゃないわよね」 「オウ」 それだけを言い交わして二人はその小道の先へ… 「…隣にいなくていいんだけど」 「うるせェな。テメェに蹴られたせいでまだ走れねェんだよ」 …それだけを言い交わして 「あれだけの事で走れなくなるとか恥ずかしくないの?」   「マジで殺すぞテメェ」 「やってみなさいよ、私が先にあんたを殺すから」 …兎に角小道の先へ向かった。 ◆◆◆ 小道の先。森林めいて立ち並ぶ周囲のビル郡のせいで日中だというのにそこだけは薄暗い闇が広がっている。 そこにいたのは袋小路の中、ガタガタと震え上がり、小さく悲鳴をあげて抱き締め合う男女が二人。 「アッ…アッ…」 「アイエエエ…」 そして、邪悪なニンジャが一人。 「キサマらァ…」 オカメ・オメーンで顔を隠したニンジャが握るアイドリング状態のチェーンソーからはドッドッドッと心臓の鼓動めいたエンジン音が鳴り響いている。 「キサマらは…ここで死ねェ!」 男女は悲鳴すらあげられない。目の前にいるこの狂人めいた存在がただの狂人ではなく、モータルでは到底かなわないニンジャであることを本能で悟っているからだ。正しく諺にある殺人バッファローフロッグに睨まれたキングコブラの状態である。ニンジャには人間である限り敵わない。これは世の摂理なのだ。  だが、 「…お…」 「ン?」 「お願い…します…」 震え上がりながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚しながら、男が言う。 「か…彼女だけは…」 「…えっ…」 同じく涙と鼻水で化粧の崩れた女が、驚いて男を見る。 「彼女…彼女だけは…タスケテ…」 「そ…そんな…!」 女は男にしがみつこうとするが、男は震える手でそれを解いた。 「き…君だけは…君だけでも…」 「いや…そんなの…!」 涙、鼻水、よだれ。下半身に目を移せば男女共に失禁までしている。 だが、男はどうにか女を生かそうと必死であり、女はそんな男を止めようと必死だった。 そして、それを見ていたニンジャは、 「………もういいか?」 チェーンソーを握る手に力を込めた。 BOOOOOOMN!!! ニンジャの怒りに代弁するかのようにチェーンソーが唸りをあげる! 「「ア…アイエエエエエエ!!!!!」」 男女は同時に失禁しながらぎゅっとお互いを抱きしめる。 それを見たニンジャは益々不機嫌になっていく。 「…本来ならば言われるまでもなく男の方だけ殺して女はファック&サヨナラにしてやる筈だったが…気が変わったぞ…!」 オカメ・オメーンから微かに除く血走ったニンジャの目が怒りで歪む。 「ここで二人とも解体してやるゥゥゥ!!!!!」 ニンジャがチェーンソーを振りかぶった次の瞬間、 「だからよ!!!1時間も服屋で待たせるんじゃねェ!!!」 「あんただってその髪型のセットにそれぐらいかけてるじゃないの!!!」 「………エッ?」 「「………アイエ?」」 ニンジャの背後から何やら言い争いをしながら現れた新たな男女…スミワノとスヤのエントリーである。 「服屋の中で待たせンなってこったよ!!!」 「服屋の中に敵が来たらアブナイでしょ!!!」 「わかンねェなテメェも!!!」 「わかるわよ!!!女性用下着コーナーに男一人でいて恥ずかしかったんでしょ!!!」 「わかってンじゃねェか!!!!!」 「………」 「…あっ」 「…アッ」 ニンジャと、スヤとスミワノの目があった。 「………」 「………」 「………」 一瞬の間の後、 「…あなたね…さっきのアトモスフィアの正体は」 自然とした動きでスヤはカラテの構えを取り、 「チッ…オカメ・オメーンでチェーンソーたぁ…また胡乱なヤツがいたもんだ」 スミワノは買い物袋を抱えたまま首を左右に降って威圧的に首の骨を鳴らした。 …この時、スミワノはこちらに振り返りながらも未だにチェーンソーを構えたまま何を考えているのか動きを止めているニンジャの背後、恐怖に震えたまま抱き合っている男女をちらりと見やった。 (…NRSに何とか耐えちゃいるが…こいつらの前で俺まで大暴れしちゃ流石にマズイか…?いっそ気絶させちまったほうが…いや…) 今度は隣のスヤに視線を映す。  正面のニンジャを油断なく睨みつけていたスヤだったがスミワノの視線に気付いてか一瞬、目線だけを合わせてそれからまたニンジャを注視した。 (…わかってンじゃねェかよ) 1秒にも満たない時間の中でスミワノは状況判断した。 そして、ニヤリと邪悪な笑みをニンジャへ向けると、 「…ドーモォ!」 持っていた買い物袋を天地そのままの形で上空に放り投げた。 「…エッ、ちょっ、ハァ!?」  カラテを構えていたスヤが思わずそれを二度見するもスミワノは構わず手を合わせ、 「〈ヤブサメ・ドージョー〉のスミワノです!」 悪童めいて威圧的にアイサツした後、天地そのままの形で落下してきた買い物袋を見事にキャッチ!ワザマエ! それを見たスヤは安心したようにため息をついてから、豊満な胸を押し上げるようにアイサツをする。 「ドーモ〈ヤブサメ・ドージョー〉のスヤ・キンジョウです」  それを受けたニンジャもまたアイサツを返す。アイサツをされたらアイサツを返さなければならない。 「……ドーモ、ジュウサンです…!」 ニンジャ、ジュウサンの身体は震えていた。 爆音をあげるチェーンソーのエンジンの振動のせいか?そうではない。 怒りからだ。 「…〈ヤブサメ・ドージョー〉だァ…!?」  「オウ」 「そうよ」 スミワノとスヤはニヤリと笑ってそれに応える。 「…ふざけるなァァァ!!!」 ジュウサンの怒りが爆発した!ジュウサンの背後にいた男女は抱き締めあってそのアトモスフィアに耐える! 「豊満なだけの女はともかく!!!」 「ハッ?」 カチン。 「そのダサい髪型のお前!!!」 「アッ?」 カチン。  「お前はニンジャだろう!俺にはわかるぞ!」 「………フゥー…」 スミワノは額に青筋を浮かべながらもわざとたらしくため息を吐くと、 「あのなァ…ニンジャなんざいるわけねぇだろォ?」  そう言って大袈裟に首を振って見せた。 ジュウサンの背後にいる男女によく見えるように。 「…アイエ?」 「そうよねー」 スヤもまたスミワノに続いて額に青筋を浮かべながらも大袈裟に肩を落として見せる。 「ニンジャなんていないわ。あなたはただの発狂マニアの殺人鬼よ!」 そう言ってスヤは決断的にジュウサンを人差し指で指し示した。 これこそスミワノが一瞬で考案し、スヤが一瞬で察した策。 背後のモータルの男女にこの恐るべきニンジャを徹底的にニンジャではなく、モータルだと思い込ませた上で無力化する。 二人が敢えてドラゴン・ドージョーの名前を出さなかったのもこれが理由だ。ちょっとした事からニンジャである事がバレてしまうことを危惧したのもあるが、何よりも目的は挑発。お前はこれから〈 ヤブサメ・ドージョー〉のたった二人のモータルに叩き潰されるのだ、と宣戦布告するためだ。 …正直、かなり難しい。というより中々どうしてややこしく、面倒な物だ。スヤにモータル二人を逃がしてもらってスミワノがドラゴン・ドージョー高弟ニンジャが一人アシャーダロンとして戦ったほうが手っ取り早いかもしれない。 しかし、スミワノはこの策を選び、スヤはそれに乗った。 ならば後は成し遂げるのみ。 一方、発狂マニアの殺人鬼呼ばわりされたジュウサンは完全に怒り狂っていた。 「キサマらァァァァァァ!!!この俺が発狂マニアの童貞を拗らせたヘンタイ殺人鬼だとォッ!!!?」 「いや、そこまで言ってないけど。…っていうか」 「ヤメロ。触れてやるな」 「キィィィィィ!!!」  ジュウサンが地団駄を踏む。すると陽の光を長年浴び損ねていた冷たいアスファルトが冬の日の朝の水溜りにできた薄氷めいて容易くひび割れて砕けていく。ニンジャなのだから当然であり、それを見た男女の顔に再び恐怖が戻る。 (だよな…。あんま長引かせるわけにゃいかねェ) あくまで発狂マニアのモータルとして倒すということは相手のニンジャとしての真価を発揮させぬまま、速攻かつこちらもモータルとして振る舞いながら倒さねばならない。 (………) 視線をもう一度スヤに向ける。 すると、偶然ながら、スヤも同じタイミングでスミワノに視線を向けていた。 二人の視線が一瞬交わり、そして 「………」 「………」 同時に小さく頷くとこれまた同時にジュウサンを睨みつける。 「とんだ怪力だな発狂ヤロー。スモトリでも目指してた、てか?」 「体重だけ増やしてトレーニングは怠ってたとかって奴かしら?」  まずは挑発。どうもこのジュウサンというニンジャ、想像以上に短絡的だ。ならば頭に血を上らせて状況判断能力を奪い取る。 しかしあまり怒らせすぎるのも良いものではない。ヤバレカバレになられるとそれこそまずい。 故に、スミワノとスヤは決断的な隙を密かに探っていた。 「ユルサン…!ユルサン…ッ!ユルサーーーンッッッ!!!!!」 探っていた、はずだった。 しかし、それが一変してしまう。 ジュウサンの発した、たった一言の言葉によって… 「見せつけおってバカップルどもが!!!!!」 「…ア?」 「…は?」 スミワノとスヤの口元から、挑発的な笑みが消えた。 「キサマらもこいつら同様野外前後目的でここまで来たんだろ!!!!!」 「………」 「………」 スミワノとスヤの額から、青筋が消えた。 「どいつもこいつも俺に見せつけやがって!!!!!」 「………………」 「………………」 スミワノとスヤの顔には、もはや何の感情も浮かんでいなかった。 「貴様らののような奴らがいるから俺のような社会的弱者が」 「…イヤーーーッ!!!」 瞬間、スヤの姿はベラベラと饒舌りまくるジュウサンのすぐ目の前にあった。 「エッ」 「イヤーーーッ!!!」 スヤの少女めいた体が羽毛めいてふわりと跳躍。しかしその後に放たれたのは死神の大鎌めいた鋭い空中回し蹴り。その一撃がジュウサンの後頭部へ魂を刈り取るかのように直撃! 「グワーッ!?」 それだけでは終わらない。スヤは空中に滞空したまま体勢を器用に組み替えてもう一度死神の大鎌めいた回し蹴りを先ほどと同じく後頭部へピンポイントにぶちあてる! 「イヤーーーッ!!!」 「グワーッ!?」 たまらずジュウサンはたたらを踏んで前へと押し出される。 そこにいたのは、アイサツした時と同じように買い物袋を天地そのままの形で高く放り投げたスミワノの姿。 「アッ」 「イヤーーーッ!!!」 ギリギリモータルに見える程度の速さに落としつつ、それでいて硬く、硬く、硬く握り込んだストレートパンチがジュウサンのオカメ・オメーンに叩きつけられる。 「グワーッ!?」 バリバリと音を立ててオカメ・オメーンが砕けてジュウサンの冴えないギーグめいた素顔と脂ぎって張り付いた頭髪が明らかになる。 しかしスミワノはそんな事を気にする素振りすら見せず降ってきた買い物袋を先程と同じように天地そのままの形で受け止める。ワザマエ! 痛みと圧倒的な強者のアトモスフィアにジュウサンは蹌踉めいて背後にたじろげば、 「イィィィヤァァァーーーッ!!!」  「グワーッ!?」 スヤのモータルの目では捉えられない速度の連続キックがジュウサンの頚椎に幾度もピンポイントで突き刺さる!ジュウサンがニンジャでなければ或いはへし折られていたかもしれない威力だが、スヤは未だモータルなのでこれを目撃してしまった男女がNRSを起こすことはない!そもそも攻撃が見えていないので実際安心! そして、これから逃れようと前に出れば、 「イィィィヤァァァーーーッ!!!」 三度買い物袋を天地そのままに放り投げたスミワノによる実直なカラテの正拳突きがジュウサンの元々酷かった顔面をより酷いものへと変形させていく!当然、殴った後は買い物袋を三度キャッチ!ワザマエ! (((なンだこいつら!?))) ジュウサンはすっかり混乱していた。 彼は、実はムテキ・アティチュードと呼ばれるジツの使い手であった。全身を鋼鉄並に硬化させることのできるジツだ。これを発動させることができればスミワノはともかく、モータルのはずのスヤは逆にその足をへし折られてしまっていたことだろう。 そう、発動させることができれば。 ジュウサンはそれを試そうとしたのだが、 「…ム」 「イヤーーーッ!!!」 「グワーッ!!!…ム」 「イヤーーーッ!!!」 「グワーッ!!!…ム」 「イヤーーーッ!!!!!」 その隙が全く無い。 痛みに耐えて無理矢理にでもセイシンテキを集中させれば発動させることは実際のところ可能ではある。可能ではあるが、そこまでの根性はジュウサンにはなかった。彼の標的はあくまで無軌道カップル(とジュウサンが自分勝手に判断した男女)なのだ。 手にしていたチェーンソーはいつの間にか地面に滑り落ち、凄惨な光景を目の当たりにして声を潜める被害者めいて静かに低音のアイドリングを繰り返している。 (((なんなンだコイツらは!!!?))) 「…俺はなァ」 「…私はね…」  ジュウサンの疑問に答えるかのようにスミワノとスヤは厳かに呟き、攻撃を止めた。 果たしてこれは反撃のチャンスか?だがジュウサンは心と体と顔はとうの昔にボロボロでそんなことを考える余裕もなかった。   次の言葉を紡ぐ前にスミワノは買い物袋をこれまでより高く天地そのままに放り投げ、スヤもまたカラテの構えを改める! 呼吸を整え… 「…スゥーッ!」 「…ハァーッ!」 …そして! 「コイツとはそンな関係じゃねェッ!!!!!」 「コイツとはそんな関係じゃないッ!!!!!」 ゴウランガ!!!前後から同時に放たれたハイキックがジュウサンの頭部を左右から挟み込むようにクリーンヒット!それは怒れる龍が獲物を噛み砕くかのようであった! 「アバーーーーーッ!!!!!」 斯くしてジュウサンは爆発四散…はせずに激しく脳を揺さぶられたせいで気絶し、その場に前のめりに崩れ落ちた。 それと同時により高く放り投げていた買い物袋がようやく重力を思い出して地上へと戻って来る。スミワノはザンシンをそこそこにそれを天地そのままに完璧にキャッチ!ワザマエ! 「…フン」 スミワノは打ち倒した胡乱な殺人鬼ニンジャを見て、不愉快そうに鼻を鳴らした。 ( 苦労はしたが…やっぱりカラテの糧にはなりゃしねェ…) 苛立たしく舌打ちをすると、ふと、襲われていた男女はどうなったかとそっちに目を移す。 二人のもとには既にスヤが駆け寄っていた。 「もう大丈夫ですよ」 そう言って微笑むスヤに男女は涙でグシャグシャになりながら何度も感謝の言葉を口にしていた。 それをスヤは笑顔で受け止める。 先程までの苛烈な蹴りを放っていた姿が嘘のようである。 だが、どちらも彼女自身だ。 それを、ゴロウイン・スミワノは深く理解している。 「 ………」  そんな様子を見ていると、自然とスミワノの口元には… 「………フッ」 「ねぇちょっと!」 「…アァ?」 急に声をかけられ、スミワノはもとの悪童じみた顔に戻った。 「笑ってないで!」 「笑ってねェ…。で?」   「どうすんのこいつ」 スヤが汚物を見るかのような目でジュウサンを見やる。 スミワノもちらっとジュウサンに目をやってから男女の方に向き直った。 「…アンタら、悪いが「 絵馴染」て店に行ってこの…胡乱な奴のことを店のヤツに話しておいてくれ」 「エッ…その…マッポとかでなく…ですか?」 「アー…ここだとその方が早い。そこにいるザクロ=サンか…最近来た…」 「メメコ=サンでしょ。ちゃんと覚えなさい」 「うるせェな…。まァ、誰かしらいるはずだ。ド……〈ヤブサメ・ドージョー〉のやつがやったって言えば話は通じンだろ、知らねェが」 「ちゃんと言い切りなさい。不安にさせちゃうでしょ」 「マジでうるせェ…」 「アッハイ…ワカリマシタ…」 それから男女はもう一度スミワノとスヤに深々と頭を下げると足早にその場から立ち去っていった。 これでその場に残ったのは気絶している胡乱な殺人鬼ニンジャを除けば二人きりだ。 「…取り敢えず誰か来るまで暫く待ちましょう。こいつがまた起き上がられると面倒だし」 「いっそカイシャクしてやるかァ?俺は別に構わねェ」 「…ンー…」 「…マジで悩むなよ…」  「…一応さ、人呼ぶように頼んじゃったしね」 「オウ」 「………」 「………」 「…あのさ」 「ア?」 「さっきの話」 「どれだ?服屋のことなら悪いのはテメェだ」 「それじゃなくて」 「どれだよ。テメェが何考えてるかなんか俺に分かるわけねェだろ。はっきり言え」 「私を護る必要がないって話」  「アァ、それがどうした」  「アレってさ…」 「私のこと、信頼してるってこと?」 「 ……………チッ…」 「………テメェがそう思ったンなら………そう言うこった……」 「 …フーン」 「………チッ…なんで俺がこんな事を…」 ◆◆◆ この後、ジュウサンを引き渡した二人はパフェを食べに行き、そこでもまたなんらかのなにかが起こるのだが、それは特に語る物でもない。