1 ケース1 黒渦岩次郎 始めて『アイツ』と会ったのは中学上がりたてのころ、新入生歓迎会がわりのでけえ喧嘩の真っ最中で…とにかく無茶苦茶なヤツだった。 俺の喧嘩に割り込んで「シマを荒らすヤツは許さねえ」と来たもんだ、番南無中(ばんなむちゅう)はいつおめーのシマになったんだよ。 その後は敵も味方もねえ、鷹富中(たかとみちゅう)の連中も、波日根中(はぴねちゅう)の連中も、瀬賀佐三中(せがさみちゅう)の連中も。 とりあえず手あたり次第にぶん殴ってブッ飛ばして…気付いたらアイツと二人きり、どうしたって?タイマンに決まってんだろ。 どっちが勝ったってわけでもねえ、どれくらい殴り合ったかわからねえが気づいたら二人ともぶっ倒れてた。 こちとらキンタマ握る力も残ってねえし、アイツも起き上がれねえくせして「無茶を通して道を切り開く、それが漢だ。」ってよ。 番長心得とかいう…世界を救った伝説の喧嘩番長の言葉だったらしい、よっぽど好きだったんだろうな。 2 まだ俺たちが産まれる前、別の世界からバケモノがでてきて、そこらじゅうで派手に暴れまわってた時期があるらしーって話は聞いた。 実際見たわけじゃねーし、おとぎ話だとか、聞き分けのねえガキにオバケの話してビビらせるとか、そーゆーモンだと俺は思ってた。 最近も「別の世界から帰ってきた金色の眼の妖精小僧」だの 「ケツ丸出しの空飛ぶコスプレ女が火事から赤ん坊助けて手ぇ振ってる」だの 「ケツ丸出しの空飛ぶコスプレ女の相方が毎度仕事帰りに銭湯の煙突のてっぺんでヤニ吸ってる」だの 「長ドス持ってバケモノを狩って回ってる黒いバケモノ」だの …言い出せばキリがねえ、マユツバもんの話の山だぜ、仕込みかヤラセだと思ってる。 でもアイツは頭から信じ込んでやがったんだ、伝説の喧嘩番長を。 3 俺だって漢だ、アイツの言う伝説の喧嘩番長ってヤツに興味がわいて…違うな、まっすぐ伝説の漢を目指してるアイツとテッペン目指してみてえと思ったんだ。 そこからは負け知らずだった、アイツと組んでればどんなヤツにだって負ける気はしねえ…あっという間に俺たちは、『東京卍死』は全国獲るとこまで行った、あとちょっとだった。 いつも通り朝から晩まで喧嘩三昧の帰り、路地裏から飛び出してきた『全身火ダルマのバケモノ』に襲われたあの日までは。 不意打ち喰らわせてきやがったバケモノに火の玉ぶつけられて吹っ飛ばされちまった俺は、アイツとバケモノが殴り合ってるとこを見てるしかできなかった。 アイツはもとからバケモノじみたヤツだったが、バケモノ相手にも殴り勝ちそうになったのは見間違いじゃなかった、バケモノ野郎は路地裏にぽっかり空いた『穴』に逃げ帰ろうとしてたからな。 ほっときゃいい、深追いするもんじゃねえと叫んだが、「男の喧嘩は常に命がけ、死ぬ事を恐れた時点ですでにソイツは負けている。」だってよ …アイツはバケモノを追いかけて自分からその『穴』に飛び込んでいきやがった、それ以来アイツは行方不明、死んだっていうヤツもいた。 ケーサツにも根掘り葉掘り聞かれたがすっとぼけた、そのせいで重要参考人だの、容疑者だの…補導通り越してネンショー行きになるかもしれなかったが、黙ってた。 だってよ、「伝説の喧嘩番長みてえに別の世界まで武者修行しに行きてえ」ってアイツは言ってたんだ、あのまま追いかけて夢が叶うんなら、てめえの道をまっすぐ進むんなら… それをジャマするのは漢じゃねえ。アイツはきっと帰ってくる、それまで留守預かるくらいワケはねえ。 3 だがあの日、アイツが留守してひと月もしねえうちに東京卍死はバラバラんなった。 「どいつもこいつも…このゴキブリ野郎共が…ダチの留守に鞍替えなんざ漢の風上にも置けねえ…!」 多勢に無勢、孤立無援なんざしょっちゅうだったが…今度は背中を預けられるヤツもいねえ。 ほとんど裏切るかケツまくってバックれた、日本五大チームといやぁ聞こえはいいが有象無象の寄せ集めだったわけだ。 「留守だあ?ダチ見捨てて逃げたヤツに義理立てなんざヤキが回ったな一年坊主がよおッ」 「俺はどっかでくたばったって聞いたぜ?ま、どっちでも同じかぁ」 「手負いのてめえ一人ならどうにでもなるんだよ黒渦ゥ…てめえの天下も今日で終わりだあっ」 4 威張り散らす以外脳のねえ2年に3年、高坊まで、こういうときだけ真っ先に飛び出してきやがる、鉄パイプだチェーンだナイフだ…しゃらくせえ! 俺はもちろん素手だ、武器なんざ必要ねえ!大方返り討ちにしてやったが、こんなんじゃとても勝ったなんて言えねえ、留守預かったのにチーム潰したんじゃ負けたも同然だ。 そしてムシャクシャした気分でアテもなく、ドシャ降りの雨ん中、アイツが消えた路地裏まで歩いてた。 …カッコつけてただけだったのかもしれねえ、心のどこかでアイツが帰ってくるのを期待してたんだ、初めて会ったときみてえに威勢よく飛び込んで来るって。だが…来なかった。 シャバすぎるぜ、有象無象のクズヤローどもに裏切られたことよりも、チーム潰したことよりも、これくれえでアイツを信じられなくなってるてめえの情けなさがよ。 「…あぁ?『ひろって』…?」 なんもかんも無くしてドシャ降りの雨の中、小汚ねェダンボールに入ってたちっちぇえバケモノに気づいた。 スナリザモン…コイツとの出会いがドデカい喧嘩の始まりだってことを俺はまだ、知らなかった。 補足 ※1 アイツ 生身でデジモンに殴りかかる狂人、いったい誰なんだ… ※2 伝説の喧嘩番長 みんなご存じアニキ伝説、デジモンセイバーズ全48話。DVD全17巻。各種配信サイトなどもチェック! ※3 俺たちが産まれる前 デジモンセイバーズは2024年の時点で18年前の作品。 ※4 マユツバもんの話の山 いったいどこのどなたたちなんでしょうね。 ※5 『全身火ダルマのバケモノ』 メラモン!全身に紅蓮の炎を纏った火炎型デジモン。インターネットなどで不正な進入を防ぐための防御壁「ファイアーウォール」から発生したデジモンで、その身を包む炎のように激しい気性を持っており触れるもの全てを焼き尽くそうとする。必殺技は両腕を燃え上がらせ、相手を殴りぬける『バーニングフィスト』だ!(解説ナレーション:平田広明) ※6 ケーサツ たぶん警察関係にもデジモン絡みの事件だと解ってる人がいたので隠蔽されたと思われる。 ※7 スナリザモン バンチョーゴーレモンに進化するらしいデジモン、詳しいことは平田さんに聞いてください。