「オイ八戒、この世界、卵はないのか」　「……へ？」
ある日オレは、常日頃から気になっていたことを八戒に訪ねた。蛋(タン)の存在の有無である。
蛋、すなわち鳥類の卵は、中華料理においても重要なウェイトを占めるからだ。
皮蛋(ピータン)、鹹蛋(シェンタン)、糟蛋(ソウタン)と言った卵そのものを食材に調理するもの。
卵とトマトの炒め物や、炒飯や粥にも入れるし、皮蛋を刻んで混ぜもする。
なにより全卵は完全栄養食。生き物が一匹産まれるのに必要な要素が、殻ン中に詰まってんだから当然だ。
腹の空かしたガキどもには、湯(タン。こっちはスープのこと)に混ぜて飲ませてやりゃあ、滋養にもいいだろう。
だから探してはいるんだが、一向に見当たらない。
なのでこうして、八戒に聞いてみたんだが。
「いやいやいやいや!!　駄目だよ料理長!!　デジタマは食べちゃダメだからね!?」
「知ってるよ！　そっちは“お前ら”が産まれてくる卵のことだろ！　食わねえよそんなモン!!」
そう、あるにはあるんだが、八戒たち……。八戒が曰く“デジタルモンスター”が産まれる卵しかないのだ。

流石のオレでも言葉が通じて、意思疎通できる生命体が産まれてくる有精卵を食おうとは……思えない。
両脚羊じゃあるまいし。
おっと、ゲロ吐きたくなかったら今の言葉は検索するなよ。

つうかそもそもの話、デジタルの存在であるこいつらのタマゴの中身が、卵液である保証もない。
下手すりゃ毛蛋……なんてことになったら、いくらなんでも気味が悪い。
そういうことで、デジタマとやらは食わないことに決めているのだが。
「そうじゃなくてだな……。現実世界にはあるんだよ、鳥のタマゴが」
「鳥……って色々いるけど、デジモンでも」
「こっちでも色々いんだよ。そういう……。あー、なんつうんだ。家禽？　“食って良い”卵はねえのかって話」
「食べても良い卵……ねえ……」
そう言うと八戒は腕を組んでうんうん唸りだした。
こいつもこいつで食うのが好きなこともあり、今まで色んなモンを食ってきただろうから、記憶を思い返しているのだろう。

「最悪魚卵でもいいんだがな」
「ギョラン？　なにそれ」
「サカナのタマゴ。この世界は食える魚がいるだろ。そいつらが産んだ卵って事だ」
「えぇ〜？　うーん、うーん……」
そっちも中々思い当たらないのか、唸るのを再開してしまった。
……まさかこの世界、魚は卵生じゃないなんて言うんじゃないだろうな。
卵胎生か、胎生か……。
下手すりゃデジタルだけに、コピペで増えてたりして……。
駄目だ。食う気が失せる。この考えは辞めだ。

「ごめーん、あたしが知ってる範囲じゃ無いや〜」
「まぁ、あんまり期待してなかったからいいけどよ」
「ひどっ!?」
「別にオマエをアテにしてねえって訳じゃねえ。どんだけ探してもねえなら、オマエも知らないだろって想定してただけだ」
「あ、そ、そう……？　……デレ気？」
「ブッ飛ばすぞテメエ」
最近つけあがってんなこのブタ。
一日くらいメシ抜きにしてやろうか。
それで困るのはオレだな。辞めだ。

「しかたねえ、アテもねえが……。探し続けるしかねえか」
「探すったって、どこを？」
「陸地で探して無い以上、次は水辺を狙うしかねえだろ」
「狙うってどこさ」
「そりゃオマエ、魚の巣でも……」
…………。
……？
ちょっと待て、魚の……。
そうか。

「〜〜〜〜ッ！　バカかオレは!!」
この世界に来てから、何度も魚は捌いてきた。
可食部か解らない内臓は逐一捨てていたが、あったはずだ。
────卵巣か、精巣が！
「付いてこい八戒！　釣りに出るぞ！」
「えっ、つ、釣りィ!?　巣は!?」
「それはもうどうでもいい！」
とにかく今は魚が一匹でも欲しかった。

「チッ……！　こういう時に限ってアタらねえ……！」
「料理長さあ、急にどうしたの？　魚を釣ってもギョランは持ってないんじゃない？」
「違う、“持ってるんだよ”、文字通りな」
「え」
こいつらデジタルモンスターは特殊な卵生をしているため、ピンと来ないかも知れない。
だが、卵生だろうと胎生だろうと、子孫を残すべく繁殖する生命体は、必ず内蔵として持ち合わせているのだ。
だから釣って捌いて確かめようってのに……。
「あﾞぁ〜クソッ！　一向に釣れねえ！　畜生オイ八戒その熊手貸せ！」
「え、え!?　どうするの!?」
「潜って採るんだよ!!」
「ええええええ!!」
オレは八戒から熊手を引ったくって、服を脱ぐ手間すら惜しみ、湖に身を投げた。
こうなりゃ自力で漁だ。大物採ってやる。
「ひえ〜……、ホントに潜ってっちゃったよ……。バイタリティ半端な〜……」

「ケッ、手こずらせやがって」
死闘の甲斐あって、中々でけえ、雷魚のような姿の魚を採ることが出来た。
八戒のヤツ、こんなことなら“かえし”のついたトゲを付けておけってんだ。
何匹か抜けて逃げられたじゃねえか。
「うわっ、デジカムルじゃん。すご」　「カムルだぁ？」
……ああ、黒魚(ヘイユー。カムルチーのこと)か。
相変わらずこの世界の生態系は、どうなってんだか未だにわからん。
それよりも、だ。
「カカカカッ、見ろ八戒。この肥えっぷりを」
オレがコイツに目を付けたのはここだ。
野生の魚ってのは、そうそう肥えない。
と言うより、野生生物はそう簡単に肥えられない。
弱肉強食と言えど、狩猟はそうラクなものではないからだ。
では肥えた個体がいた場合は、どういう状況か。
よっぽどいい餌場をナワバリにしているか、もしくは。

「わ〜、美味しそう」
「そこじゃねえよ！」
産まれる子供の為に栄養を蓄えているか、だ！
ズッコケさせんな、こんな時に。
まぁいい。
おもむろに包丁を掴むと、ハラに切れ目を入れる。
「あれ？　鱗取りはいいの？」
「あァ」
捌いたからには食うつもりだが、最優先はそこじゃねえ。
内蔵を掻き出す。

この長いのは腸だな、心臓もある。胃は破らないように注意する。
脾臓……胆嚢……、頭部付近までいくと鰓……。
………………？
……オイ。
まさか。
まさかだろ。
「オイ、待てよ、ちょっと待て、嘘だろ……」
「さっきからどうしたの？　料理長」
「どうしたもこうしたも、ねえじゃねえかよ……」
「生殖器官が!!」
「…………？　なにそれ？」
「そりゃ繁殖形態の違うお前らにはわかんねえだ、ろ……う……」
いや……、も一個待て。
こいつ、女の姿してるが。
オイ、オイオイオイ。

「オマエ……。“無い”のか？」
「何が？」
「だから、その、ナニガシだよ」
「？？？」
「………………」
解っちゃいたが話が通じない。
いくらなんでも見て確かめる暴挙に出たらオレが殺されるわ。
だからっつって、しかし、もしかして、もしかしてだ。

「こいつは当たってほしくねえ仮説なんだが……」
「うん」
「この世界の生き物は、どいつもこいつも繁殖しないのか……？」
「わかんない」
解っちゃいたが話が通じない。
駄目だ、こりゃ。
そういうのに精通した野郎に聞くしか無いようだ。
……男型のデジタルモンスターは精通するのか、なんてバカな事を考えた自分を縊り殺したくなった。

ああ、もう。ヤケ料理だ。
「カカカカカーッ！　畜生！　今日の昼餉は『黄油炸黒魚(ライギョのムニエル)』だーーッ!!」
「わーい！　美味しそー!!」
「ボーっとしてねえで燃えろ八戒!!　メシ抜くぞ!!」
「それは酷い！　うおお燃えろあたしー!!」
オレの食用卵を求める旅は続く。
……本当にあるのか？

ｵﾜﾘ

実際デジタルワールドの生き物ってどうやって増えてるんだろうね……？
ご査収下さい

いい怪文書だ…
文章なのにすらすら入ってくる…

>いい怪文書だ…
>文章なのにすらすら入ってくる…
サンキュー「」モン！
一人称地の文は書くのも読むのもラクでいいよね

えっ…デジモンってどうやって増えてるの?

なんか卵しか入ってない冷蔵庫があった回があった覚えはある

>えっ…デジモンってどうやって増えてるの?
死ぬとデジタマに転生する……
増えてない……ね……

確かデジタルワールドのまっさらなデータから新しいデジタマが産まれる
的な設定があったので個体数は増してるはず

実の所ちゃんとデジタマそのものが生まれるシーンがあるデジモンってディアボロモンなんだ

>実の所ちゃんとデジタマそのものが生まれるシーンがあるデジモンってディアボロモンなんだ
……ふーん…

私は通りすがりのデジモンテイマーですが違う人がテイマーのデジモン同士でマッチングすると新しいデジタマが生まれますよ
この辺りの機微は作品によって違うそうですが