エリモブリット陣営とトレーナー狩り 「抵抗するな、さもなくばこのウマ娘の無事は保証しない」 「トレーナー……!」 「エリ!くっ、俺はどうなってもいいからエリに手を出すな!」 「ククク……話が早くて助かるよ、さあこの車に乗ってもらおうか」 夕方の人気のない中央トレセン学園の一角では、エリモブリットが、背後に居る覆面を被ったウマ娘に首元に鋭利なニンジンを突きつけられていた。 その正面にいるトレーナーは担当が傷つく恐怖からか一歩も動くことができず、近くにいる同じく覆面を被ったウマ娘達によって今まさに黒塗りのワゴン車の中へ手を引かれ連れて行かれようとしていた。 なるほどトレーナー狩りだ。 入学を控えたこのシーズンは闇の勢力も新人を欲している。 その為この時期、担当トレーナーが拉致される事件が頻発するのだ。 闇の者によって拉致されたトレーナーは消息を絶つものの、まずい事に短くて三日、長くても一週間程で学園に復帰する。 同じ時期、地方レース場で目覚しく成長するウマ娘が現れると言われるが、因果関係は不明とされている 直近でも「モモさんちょっと拉致されますね…」と簀巻きにされたハナモモブンブクトレーナーがわっせわっせと闇の勢力に担がれて連れ去られてしまった事件は記憶に新しい。モンブイはキレた。 「トレーナー!トレー……ッ!ゲホッ!…ヒューッゲホッゴボッガボッ!!」 覆面ウマ娘に腕を首に回され身動きが取れないエリが突如咳を始め呼吸が乱れ膝から崩れ落ちはじめた。 「エリ!エリ大丈夫かエリ!!」 「ひっ!?えっあのっちょっ大丈夫!?」「やばいこの人思ったより病弱だ」「どうしようこれ撤退した方が……えーん!どうしよリーダー!」 「落ち着きなさい!と、とにかく救急車!救急車呼んだ方が……ひっ!?」 惴鳴が止まなくなったエリにさしもの覆面ウマ娘も大慌てだ。オロオロし始める他メンバーをたしなめ自身のスマホで119を押そうとする。 その際に腕が緩んだ僅かな隙をエリモブリットは見逃さない。体勢を崩したと見せかけて腕の中から抜け出し、鋭利なニンジンを取り上げ逆にリーダー覆面ウマ娘に突きつける。 「形勢逆転、だね?」 「だ…だましたなぁ…私達本気で心配したんだぞぉ……」 「「「リーダー!!」」」 「おっと動いたら貴方達のリーダーがどうなるか分からないよ」 「エリはヒールが板につきすぎだろ……」 鋭利なニンジンが眼前に突きつけられた今なすすべなくリーダー格の覆面ウマ娘も残りの覆面ウマ娘もリーダーが傷つくのを恐れて動けなくなる。フリー状態になったエリのトレーナーは若干呆れた声を出した。 ホールドアップの姿勢をとるリーダー覆面ウマ娘の元にニンジンの先端を突きつけたままエリは近づき、メンコ一体型覆面の耳元にそっと囁く。 「あなた、……トレセンの……ーーーーちゃんだよね。ファンも呼んでる渾名はお名前を略すとモブちゃん、そうでしょ?」 「な、なんで!なんで私の名前を!?」 「ふふっ、声聞いたら分かったよ、だってモブちゃんは、今開催されてる所属の地方クラシック三冠……そのうちここまでの二冠でずっと3着以内だったんだもの、分かるよ。 ……ここまでデビュー以来無敗で二冠を取ったあの子の裏で、ね」 「…………ぐぅっ!!」 リーダー覆面ウマ娘の覆面の中からギリリと歯を噛み締める音と、憤怒と悔しさに満ちたくぐもった声が聞こえた。 その様子を見たエリはひどく嬉しそうに艶やかに笑って覆面ウマ娘、通称モブちゃんの手を取る。 「そう、そう!それだよモブちゃん!その敵愾心、その心、その闘志!モブちゃんは折れてない、折れてないよ!すっごく素敵……あなたなら、そうあなたなら三冠を阻むことが出来る」 「わ、私が!?」 「あなたは諦めてない、諦めてないけど今この状態からの突破口が見当たらないからこそトレーナー狩りという手段に出たんでしょう? だからこの鋭利なニンジンはエリじゃなくてあの子に向けるべきだよ、三冠目の舞台で」 そう言ってエリは白魚の様な細い指を蠱惑的に絡ませるように、そっと闇の勢力リーダー…もといモブウマ娘の手に握らせる。 「モブちゃん……三冠を阻みなさい……最後の冠を撃ち抜くの……エリはルドルフの三冠を潰したわ……」 「はひ…………」 耳元から注ぎ込まれるまるで甘い致死性の毒の様なウィスパーボイスのささやきにモブウマ娘は腰砕けになってしまいその場でへたり込む。 すっかりギャラリーと化していた闇の勢力の仲間の覆面ウマ娘達はきゃあと黄色い声を出したり賢さ漏らしたりしていた。エリトレは現実逃避するようにぼんやりと覆面ウマ娘達の足元の辺りに目線を彷徨わせていた。 「さぁ座ってる場合じゃないよ、立って。あの子に勝ちたいなら今からでも走り出さなきゃ。とりあえずエリ達あの車に乗ればいいの?」 「えっあ…っ…えっ!?そりゃトレーナー狩りだからそのつもりで来たけど……あっ貴女も!?」 地面にへたりこんだモブの手を取り立ち上がらせて自ら車に乗り込もうとするエリに闇の勢力達は面食らう。そんな彼女らを尻目にエリはモブに指を刺しつつ続ける。 「モブちゃんは逃げ、無敗三冠を目されたあの子は先行。ダート適性はエリにはないけど、この場合の三冠のころ……倒し方はエリが実地で教えたらもっと強くなれる。モブちゃんの逃げをもっと強くできる。 いいよねトレーナー?トレーナーだって短期間とはいえエリと離れるのは本意じゃなさそうだしそれに……トレーナーもその子達の事気になってそうだしね」 「「「えっ!?」」」 エリが指先をすいと3人の闇の勢力ウマ娘の近くに立ったままの自分のトレーナーに向ける。驚きの声を上げた3覆面ウマ娘を横に、指を向けられたエリトレは苦笑しながら口を開いた。 「まったくエリには敵わないな……なんでもお見通し、ってことか」 「トレーナーとは長い付き合いだしね。大方、その子の身体の事で引っかかる点でもあったんでしょ?」 「そこまで見抜くのか流石は俺の愛バってとこだな 左にいる芦毛の尻尾の子は、多分左足首を骨折して先月ギプスが取れたくらい 真ん中の栗毛の子は両脚の爪が弱い 右の黒鹿毛の子は右膝に爆弾を抱えてるね?」 「「「えっなんで分かるの!?!?!?」」」 驚愕の目を向けた3覆面ウマ娘達にエリトレは答える。 「確かに俺は他のトレーナーよりはウマ娘怪我とか体の弱さとかその辺の分野に長じてる自覚はあるけど、それにしたってこの短期間で足許を見ただけでここまで分かるって事は自分の身体の調子にあった指導やケアを碌に受けられてないって事だ 正直、近い将来取り返しの付かないことになる可能性がとても高い」 「「「……っ!!!」」」 3人の覆面ウマ娘達が、息を呑んだ。 エリが大げさに肩をすくめてトレーナーに話しかける。 「それを見過ごせる程トレーナーも冷淡じゃないもんね」 「短期間だからきっちりケアとはいかないけど、それでも将来起こりかねない競争能力喪失の悲劇くらいは避ける事は出来ると思うよ。 でも俺中央トレセンの所属だから他の子を見るのは業務規定違反で……。 あーでも俺今からトレーナー狩りに攫われちゃうなー!攫われた先で何があるのか俺が何をするのかトレセン学園の人は誰も何も知らないからなー!分からないからなー!」 「「「「あっ、ありがとうございます!!!」」」」 突然思い出したようにわざとらしい演技を始めるエリトレに闇の勢力ウマ娘達は深く頭を下げた。 「やれやれ、トレーナーはヒールに向いてないね」 「エリが凄く上手いんだよ」 「トレーナーが演技下手すぎなの」 軽口を叩きながらエリモブリットはトレーナーと共に車に乗り込んで行っ…… もとい闇の勢力たるトレーナー狩りに拉致され連れ去られてしまった。 闇の勢力も新人を欲しているこの時期、時に担当トレーナーだけでなく担当ウマ娘ごとトレーナー狩りによって拉致され消息を絶つケースがごく稀に起こる。 闇の者によって拉致されたトレーナーとウマ娘は消息を絶つものの、まずい事に短くて三日、長くても一週間程で学園に復帰する。 同じ時期、地方レース場で目覚しくそして尖った成長をするウマ娘が現れると言われるが、因果関係は不明とされている。 直近でもコスモブックがトレーナーごと闇の勢力に狩られ、その後某地方レースにて破滅逃げでコースレコードを叩き出したウマ娘が現れたが、誓って因果関係は不明である。 (行方不明になる前に、『お前も破滅逃げにならないか?』と闇の勢力を逆勧誘していたという証言もあるが真偽不明) ――そして先述の地方とはまた別のところにある某地方レース、その地方での独自クラシック三冠目のレースにて。 地方無敗三冠と目されていたウマ娘から、人気をひっくり返してまさかの伏兵ウマ娘がクビ差で逃げ切りゴールし三冠を阻んだ。 そしてゴール板のよく見える客席の一角にて、絶頂せんばかりの満面の笑顔でその様子を見守っていたエリモブリットがいた事は……ごく一部の者しか知らない。 余談だが、コスモブックとエリモブリットがトレーナーごとトレーナー狩りに狩られたのがほぼ同時期だった為、生徒会長がここにはちょっと書けないくらい大変な事になり、エアグルーヴ他生徒会メンバーの胃がやばい事態になったのはまた別の話である。 おわり