「オーブ軍がクレタに展開!?」  ターミナルからの知らせを聞いたカガリは再三、動揺する。 「ということは、やはりまたミネルバを?」 「ええ、確証はないですがターミナルもそう考えるのが妥当だろうと」 「ミネルバがジブラルタルへ向かうと読んでの布石か。連合も躍起になってますね」  チャンドラ、ノイマンがそれぞれ告げる。 「どうしたんです?」  キラが新たな、そして懐かしい仲間を連れてブリッジに入る。 「ミリアリアさん!」  マリューが、見知った戦友との再会に喜びを見せる。 「お久しぶりです」 「久しぶりー」  通信席に座るフレイも気さくに返す。 「久しぶりね、フレイ。今も三人で暮らしてるわけ?」 「正確には『暮らしてた』ね。家流されちゃったし。まあでも案外悪くないわよ?家事とか分担できて楽だったし」 「ふーん。ま、貴女たちが納得してるなら私は全然いいんだけど」 「そっちこそディアッカとはどうなったのよ?」 「振っちゃったわ。いろいろ口うるさいし」 「あらら」 「えっホント?」  いきなりチャンドラが食いついてきた。  しかし会話を続ける間もなく、緊急と思われる通信が入る。  フレイが対応しようとするが、それより先にミリアリアがコンソールを操作し内容を見る。 「暗号電文です。ミネルバはマルマラ海を発進、南下」 「「「えっ!?」」」  キラ、ノイマン、マリューは一様に驚きを見せる。 「……これで決まりね。オーブ軍はクレタでもう一度ミネルバとぶつかるわ」 「うう……くっそー!」  カガリはそれを聞いて慟哭する。 「……行きましょう」 「いいの?アスランにも言われたでしょう」  キラの提案に、ミリアリアは少し疑問を示す。 「彼の言うことも分かるよ。でもやっぱり……駄目だよ、こんなの」 「キラ……」 「そうね。ノイマンくん!」 「はっ!アークエンジェル、発進準備を開始します!」  キラの鶴の一声と共に、マリュー達は発進準備を進める。 「じゃ、私は貴女に席を返すわ」  そう言うと、フレイはミリアリアとハイタッチを交わして席を譲る。 「ほら、カガリ。アンタもどきなさい。アンタは他にやる事あるでしょ」 「え?あ、ああ……」  そう言うと、フレイはカガリの座っていたCIC席に移る。 「貴方がそこに座ってくれるのは心強いけど、でもいいの?せっかく……」 「ええ。世界もみんなも好きだから写真を撮りたいと思ったんだけど。今はそれが全部危ないんだもの。だから守るの。あたしも」 「そう……ありがとう」  そうする内に、アークエンジェルは海面へ浮上。 「カガリ・ユラ・アスハ、ストライクルージュ、出るぞ!」 「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」  そしてキラとカガリは、向かうべき戦場へ向かって発進した。 「くっ!」  アスランはミネルバに迫るムラサメの翼を切り落とす。  しかし、それでも敵は次から次へとやってくる。シンも必死に戦っているが、アビスを抑えるのに手間取っているようだ。  しかしそれらに気を取られているうちに、ミネルバが被弾する。 「左舷エンジン被弾! 展望ブリッジ大破しました!!」 「ミネルバ!」  アスランは救援に向かおうとするが、カオスに行く手を阻まれる。  そうする内に一機のムラサメがミネルバのブリッジに肉薄する。 「しまっ……!」  ムラサメがブリッジにライフルを向け、まさに引き金が引かれんとした瞬間。  上空から見覚えのあるビームが降り注ぎ、ムラサメのライフルを破壊する。 (まさか……!?)  アスランはビームの放たれた方を見る。  やはりそこには、親友の翼たるMSと、最愛の人の駆る紅い獅子の姿があった。 「オーブ軍! ただちに戦闘を停止して軍を退け!オーブはこんな戦いをしてはいけない!」  カガリの声で前回と同じ内容のアナウンスが行われる。 「あいつら、また!」  シンが叫び、フリーダムに砲撃を加える。  フリーダムはそれを躱し、ビームサーベルを抜刀しながらブラストインパルスに肉薄する。 「お前も、巫山戯るなぁっ!!」  インパルスはフリーダムの斬撃を紙一重で避けた。 (躱された……!?)  キラは、自分の攻撃をかわせるパイロットがアスラン以外に居るとは思わず動揺する。 「やめろキラ!」 「アスラン!」  追撃をかける間もなく、アスランが横から割って入る。 「こんなことはやめてオーブへ戻れと言ったはずだ! お前の力はただ戦場を混乱させるだけだ!」  キラのフリーダムとアスランのセイバーがビームサーベルで切り結ぶ。 「討ちたくないと言いながらなんだお前は!! 何故また出てくる! 言っただろ!こんな事をしても何の意味もないと!」 「……ああそうだ! 君の言う通り、僕にはこんなやり方しか出来ない!それでも、守りたいんだ! カガリや、ウズミさんの理想を! 戦争だから仕方ないって……そう言って君は討つのか!?」 「俺は……俺はお前のようにはやれないんだよ!」  アスランの叫びには悲痛ささえ混じっていた。 「なら……僕は君を討つ!」  アスランの動揺の隙を突き、キラはセイバーの右腕を切り落とす。そしてそこからもう一本サーベルを抜刀し、セイバーの四肢をバラバラに切り刻む。  手足と推進力を失ったセイバーは、そのまま重力に引かれて海へ落下していった。 「……くそっ」  アスランを切り捨てた後、キラは一人悪態をつく。  しかし、オーブと連合のミネルバへの攻撃も止めないといけない。 「ちっ、仕方ないか……! マリューさん! カガリ! あれを使う!」 「!? やるのね、キラくん!」 「……くそぉっ!!」  そう言うと、マリューは艦長席の肘掛けに備え付けられた鍵穴に、何かのカギを差し込む。カガリもまた、ストライクルージュのコックピットに備えられた鍵穴にカギを差し込んだ。 「カウントを取るよ! 3……2……1……0!」  キラが0を叫ぶと同時に、マリューとカガリは同時にカギを回す。  瞬間、戦場にいる全てのムラサメの動きが硬直する。推力を失い、次々に海上へと落下していく。 「な、何だ!? 何が起こってる!?」 「ムラサメ、全機システムダウン!再起動できません!」 「……それのOS組んだの誰だと思ってるのさ。でも、これで……」 「なんだ、なんなんだよおい!」  ユウナは、艦長であるトダカを問い詰める。 「どうやら何らかの電子攻撃を受けたようです。……ここまでです」 「ここまでですって、それで済むと思っているのかお前は!」 「勿論、思っておりません。ユウナ様はどうか脱出を!」  そう言うと、トダカは副官のアマギに目配せする。 「総員退艦!」 「はっ!」 「ミネルバを落とせとのご命令は最期まで私が守ります! 艦及び将兵を失った責任も全て私が! これでオーブの勇猛も世界中に轟くことでありましょう! ぬぅん!」  そう言うと、トダカはユウナを突き飛ばす。 「総司令官殿をお送りしろ! 貴様等も総員退艦! これは命令だ!ユウナ・ロマではない。国を守るために!」 「はい!」 「私は残らせていただきます」  アマギが進言する。 「駄目だ! これまでの責めは私が負う。貴様はこのあとだ。既に無い命と思うのなら、想いを同じくする者を集めてアークエンジェルへ行け!それがいつかきっと道を開く!」 「トダカ一佐……」 「頼む! 私と、今日無念に散った者達のためにも……!」 「くっ……! 分かりました!」  そう言うと、アマギは他の者達を引き連れて退艦した。    キラは、ムラサメの機能停止がオーブ軍の撤退する口実になると考えた。  しかし、オーブ艦隊は動きを止めない。それどころか、旗艦のタケミカヅチはどんどん前に出ていく。 「何をしている!? もう戦わなくていいんだ! 引け!」  そうする内に、ミネルバの換装型MS……かつての自身の愛機を思わせる容貌の機体が、対艦刀でオーブの護衛艦を次々に屠って行く。  そして、最後にはタケミカヅチの艦橋を切り裂く。それと同時に、タケミカヅチは爆発、轟沈した。 「あぁ……くそぉっ!」  キラは、コクピットのコンソールを思いきり叩きつけた。  その後、アークエンジェルにはアマギら、タケミカヅチから逃れてきた乗員を、搭載されていた一部のムラサメと共に保護した。 「ここまでの責めは自分が負う。既に無い命と思うならアークエンジェルへ行けと。今日無念に散った者達のためにも、と。それがトダカ一佐の最期の言葉でした」  アマギらは、カガリにトダカの遺言を伝える。 「そう、か……」  カガリは、半ば茫然としながらそれを聴く。 「ですがどうか、トダカ一佐と我等の苦渋もどうか…お解りくださいますのなら、この後は我等もアークエンジェルと共に! どうか!」 「アマギ一尉、そんな……私の方こそすまぬ!すまない! うぅ……」 「カガリ様……」 「私が愚かだったばかりに……非力だったばかりに……オーブの大事な心ある者達を……」 「いえカガリ様! いえ!」  泣き崩れるカガリを支えながら、アマギ達もまた目に涙を浮かべる。 「ごめんなさい……僕も、戦闘を止めようとしたけど、逆に被害を増やしたみたいで……」 「キラ・ヤマト……」  アマギは実のところ、目の前の虫も殺せなさそうな青年がカガリの弟にしてフリーダムのパイロット、そしてM1アストレイとムラサメのOSの開発者と言う事実を未だに信じられなかった。一方でその優しげな雰囲気は、可能な限り命を奪わない戦い方と通じるものがあるのも事実だった。 「いや、貴方のおかげで、ムラサメのパイロット達にも無駄死にせず済んだ者もおりましょう。あまり気に病みなさるな」 「……そう言ってもらえると幸いです」 「しかし、スカンジナビア王国に匿われてらしたとは」 「国王陛下と極身近な方々しか知らぬことだがな。だが本当にありがたいことだと思っている。お父様のこと今でも惜しんでくださって」 「地球軍の攻撃を受けたおりも真っ先に救援くださいましたな、あの国は」 「……私はまだそういったものに守られているだけだ。あなた方のことにしても。だが、ならば今はそれに甘えさせてもらいいつの日かきっとその恩を返す。まだ間に合うというのなら、お父様のように常に諦めぬ良き為政者となることでな」 「カガリ様……」 「私もなるべく早くオーブに戻りたいと思っている。あなた方やクレタで死んでいった者達のためにも。だから今少し、今少し待って欲しい。そして時が来たら、その時は私に力を。オーブのために。頼む」 「無論ですカガリ様! オーブのために!」 「ふふっ。これから、よろしくお願いいたします。アマギ一尉」  マリューが、アマギに手を差し出す。アマギも、確固たる決意の元その手を取った。  その後、アークエンジェルはスカンジナビアへの帰路を取っていた。 「浮上完了。推力移行します」 「周辺に異常なし。目標点まで約90です」 「でも寒そう」  眼前で吹き荒れる吹雪を見て、ミリアリアが零す。 「実際寒いぞ、フィヨルドのドックは」 「だから温泉があるんだよ、アークエンジェルには」 「えー、うっそー!?」   一方キラは、艦橋でフレイと吹雪を眺めていた。 「……貴方もカガリもよくやったわ。あまり自分を責めないで」 「想いだけでも、力だけでも、とラクスは言ったけど……両方あっても足りない事はある……」 「神様じゃないんだから、一人で何でもは出来はしないわ」 「それはそうだけど、ね」  そこに、来客が現れる。 「あら、お邪魔だったかしら?」 「か、艦長!」 「あ、すみません。こんなところでサボってて……」 「いいわよ。貴方達はほんとによく頑張ってるもの、また」 「え?」 「……大丈夫?」 「なんか、何でこんなことになっちゃったのかなって思って。何でまたアスランと戦うようなことに。僕たちが間違ってるのかな? ほんとにアスランの言うとおり、議長はいい人でラクスが狙われたことも何かの間違いで……僕たちのやってることの方がなんか馬鹿げた、間違ったことだとしたら」 「キラ君……でも、大切な誰かを守ろうとすることは決して馬鹿げたことでも間違ったことでもないと思うわ」 「え?」 「世界のことは確かに分からないけど。でもね、大切な人がいるから世界も愛せるんじゃないかって、私は思うの」  マリューはフレイの方を見ながら告げる。フレイは思わず頬を赤らめた。 「マリューさん……」 「きっとみんなそうなのよ。だから頑張るの。戦うんでしょ。ただちょっとやり方が、というか思うことが違っちゃうこともあるわ。その誰かがいてこその世界なのにね」 「……」 「アスラン君もきっと守りたいと思った気持ちは一緒のはずよ。だから余計難しいんだと思うけど、いつかきっと、また手を取り合える時が来るわ。あなた達は。だから諦めないで。貴方は貴方で頑張って。ね?」 「……はい!」  それからしばらく思い出話に花を咲かせた後ブリッジに戻ると、何やら騒がしい。 「何、どうかしたの?」 「艦長、ターミナルからエマージェンシーです!」 「え?」 「映像、来ます!」  スクリーンに映されたのは、焼け野原になった都市と、それを引き起こしたと思われる巨大な機動兵器だった。 「なっ!」 「こ、これは……!」 「ひ、酷い……」  キラ、マリュー、フレイが各々呟く。 「何でこんな事を……マリューさん、僕、行きます!」 「……分かったわ」  そう言うと、キラはブリッジを出ていき、マリューとフレイは所定の位置についた。  キラとアークエンジェルが現地に到着すると、そこは地獄と化していた。  既にザフトの駐留軍は全滅し、逃げ惑う人々への無差別な殺戮が行われている。 「何でこんな、どうして……くそっ!」  キラは、これを引き起こした機体にバラエーナを放つ。  しかし、フリーダム最強の一撃は緑色の膜のようなものに防がれる。 「陽電子リフレクター!? こんなものまで……!」  間髪入れずビームライフルを打ち込むが、それもやはり防がれる。 「何て大きさだ……最早モビルアーマーと言うより戦艦じゃないか!」  敵機は、円盤状の胴体の縁から緑色のビームを周囲へ掃射する。キラはそれらをビームサーベルでとっさに弾く。 「おまけにとんでもない火力だ! 早く止めないと街が……!」  しかし、その驚きも目の前で起きた現象にかき消される。  一瞬動きを止めた機体は、ホバリングしながら腰を一回転させる。そして、屈んでいた状態から起き上がるように上半身を直立させる。 「これは……!」 「モビルスーツ!?」  マリューとノイマンが驚きを見せる。そこに鎮座していたのは、フリーダムの倍以上の大きさはある巨大MSだった。  人型形態となった敵機ーーデストロイは、口と胸部の計四門から巨大なビームを発射する。  更に前腕をガンバレルのように分離させ、指先一本一本からもビームを放つ。 「くっ!」  あまりの火力にキラも回避が精いっぱいな上、おそらく護衛である紫のウィンダムとカオスも厄介だった。 「キラ!」 「キラ様!」  そこへ後方からカガリのストライクルージュと、イケヤ率いるムラサメ三機がやって来る。 「カガリ!」 「キラ様、ここは我らが!」 「でも……」 「大丈夫だキラ! 任せろ!」 「……分かった。お願い!」 「はっ!」  そう言うや否や、ムラサメ三機はフォーメーションを組みカオスを攻撃する。カガリは逃げ遅れた市民を盾で守っている。  それでもキラがしばらく攻めあぐねていると、後方から更に別の一機がやってくる。  かつてクレタで自分の攻撃をかわした機体、インパルスだった。インパルスは弾幕をかいくぐると瞬く間に距離を詰め、デストロイに肉薄しビーサーベルによる一撃を食らわせるヒットアンドアウェイを行った。  だが、ウィンダムがインパルスへ体当たりをかます。しばらく組み付くような様子を見せたが、その後何故かインパルスは動きを止めた。 「!? 何をやってる、死にたいのか!」  キラは、デストロイに腰のレールガンを放つ。インパルスに切り裂かれた部位に当たり、デストロイは体勢を崩す。  そこへ、ウィンダムがフリーダムに攻撃を加える。盾を破壊され少し吹き飛ばされる。 「くっ!」  そう言うと、キラはウィンダムの両腕とバックパックをビームサーベルで破壊する。ウィンダムは地上に落下し、沈黙する。  カオスも、ムラサメのフォーメーションアタックにより撃破された。 「後はあいつを……!」  キラは、再度デストロイに攻撃を加えようとする。すると、何故かインパルスが妨害を行う。 「な、何だ!?」  キラは思わず後退する。フリーダムを追い払うと、インパルスは何故か構えを解いた状態でデストロイに近づく。するとーーデストロイが動きを止めた。 「止まった……?」  何が起きたのか理解できず、キラは事の成り行きを見守っていた。インパルスとデストロイはしばらく向かい合っていたが、突如デストロイが胸のビームを発射させようとする動きを見せる。 「くそ、やはり駄目か!」  キラはデストロイに接近し、ビームサーベルを胸中央の砲門に突き立てる。更に駄目押しでもう一本突き刺し、そのまま離脱する。  行き場を失ったビームのエネルギーは、デストロイ内部で誘爆し大爆発を起こす。そして、デストロイは上空に口のビームを放ちながら崩れ落ちるように沈黙した。  帰投したキラを待っていたのは、ある一人の捕虜を収容したという知らせだった。  それだけなら何でもない事だろうと思ったが、クルー全員、特にマリューが非常に急かして「見て欲しい」、と言うので急いで見に行った。  そこでキラを待っていたのは、目を疑うような存在だった。 「これは……!」  医務室で眠っていた捕虜。その姿は、自身の兄貴分であり、先の大戦で散ったはずのムウ・ラ・フラガその人だった。 「これ……ムウさん、ですよね?」 「ええ。手当の時に一度目を開けて、自分は地球連合軍第八十八独立機動軍所属ネオ・ロアノーク大佐だと名乗ったそうだけど。でも検査で出たフィジカルデータはこの艦のデータベースにあったものと100%一致したわ。この人は、ムウ・ラ・フラガよ。いわば、肉体的には……」  マリューは悲しげな面持ちで告げる。 「何らかの方法で記憶を操作されてる……って事ですか?」 「……おそらくはね」 「記憶を操作って……ちょっとやだ、少佐、変な薬とか投与されてないでしょうね」 「……へぇ、お嬢ちゃん知ってるのか」 「「「!?」」」  いつの間にか目を覚ましていたらしいネオは、半ば自嘲気味にフレイに話しかける。 「安心しな、『俺は』投与されてない。必要もないしな」  「俺は」の部分を強調しつつ、フレイに告げる。 「あといつ少佐になったんだ、大佐だと言ったろうがちゃんと。捕虜だからって勝手に降格するなよ」 「……っ、ううっ……」  マリューは、愛する人が生きていた事、しかしその相手が自分を覚えていないという事実に、目から涙をこぼす。 「な、なんだよ。一目惚れでもした、美人さん?」  マリューはいたたまれず、泣きながら病室を走り去る。 「ムウさん!」 「ああ?」  自分の名前を呼ばれたにもかかわらず、その表情には怪訝さが浮かんでいた。  キラは、やはり彼は自分の知るムウではないと考え、マリュー同様踵を返し病室を去ろうとする。 「ああ、待ってくれ!」  部屋を出る直前、ムウ……ではなくネオに呼び止められる。 「何ですか?」 「一つ聞いておきたいんだが、デストロイ……あの機体を止めたのはお前か?」 「はい、そうですけど」 「そうか……すまない。いや、ありがとうと言うべきか」  そういうと、ネオは縛られた手で顔を覆いそのまま横になった。  質問の意図も、彼の返事の意味もよくわからないまま、キラは再び病室を去ろうとするが、部屋を出る寸前にある呟きが聞こえた。 「彼にやらせずに済んだのはせめてもの救いか……」 「でも記憶を操作って……そんなことが可能なのかな」  ブリッジに戻る道すがら、キラとフレイは語らう。 「連合のその手の技術は、一般が知るそれを遥かに上回るわよ。私も昔見た事あるもの」  フレイがどこか悲し気な表情を浮かべる。 「確かに、そうじゃなきゃ地球軍になんかいるはずないけど」 「まあね。それにしても……一体何なのこの仮面?完全に変態じゃない」  隣にいたフレイは彼が着けていたらしい仮面をまるで汚物のように摘んで持ってみせた。その顔にはあからさまな嫌悪感が滲んでいる。キラとしても仮面にはあまりいい思い出が無いため、特にフレイを窘めなかった。  更にそれから数日後、事態は思わぬ動きを見せた。 「艦長、プラントが全世界に向けて声明を発表するようです!」 「えっ?」  ブリッジに居たキラ達は、スクリーンに映されたデュランダルに目を向ける。 『皆さん、私はプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルです。私は今こそ皆さんに知っていただきたい。こうして未だ戦火の収まらぬわけ。そもそも、またもこのような戦争状態に陥ってしまった本当のわけを』 「何?どういうことなの?」 「デュランダル議長……」 『これは過日、ユーラシア中央から西側地域の都市へ向け、連合の新型巨大兵器が侵攻したときの様子です。この巨大破壊兵器は何の勧告もなしに突如攻撃を始め、逃げる間もない住民ごと3都市を焼き払い尚も侵攻しました。我々はすぐさまこれの阻止と防衛戦を行いましたが、残念ながら多くの犠牲を出す結果となりました』  宇宙。  小惑星帯に潜伏していた戦艦エターナル内で、ラクスとバルドフェルドもこの放送を見ていた。  大写しになるデストロイによる殺戮現場。しかし、ラクスは映像に違和感を覚える。    キ ラ 「……フリーダムが映っていませんわ。彼もあの場に居たと聞きましたが」 「そうだな……」  ラクスとバルドフェルドは眉をひそめる。 『今まで我々プラントは、連合から独立を望む地域の人々を人道的な立場から支援してきました。ですが連合は「裏切り」としてそう言った人達を有無を言わさず焼き払ったのです! 子供まで!こんな事が許されていいのでしょうか!?』  ヒートアップした議長を止めるかのように脇から「プラントのラクス」が現れる。 『このたびの戦争は確かにわたくしどもコーディネイターの一部の者達が起こした、大きな惨劇から始まりました。あの時生まれた数多の悲劇を、わたくしどもも忘れはしません。被災された方々の悲しみ、苦しみは今も尚、深く果てないことでしょう』 『ですが、このままではいけません! 果てしなく続く憎しみの連鎖も苦しさを、わたくし達はもう十分に知ったはずではありませんか?』 『どうか目を覆う涙を拭ったら前を見てください! その悲しみを叫んだら今度は相手の言葉を聞いてください! 戦いのない平和な世界、それがわたくし達全ての人の、真の願いでもあるはずです!』  ここまでを一息で言い切ると、「ラクス」は再びデュランダルにバトンタッチする。 『なのにどうあってもそれを邪魔しようとする者がいることを皆さんはご存じでしょうか? 昔から常に敵を作り上げ武器を与え戦えと、自分たちの利益のために世界と人々を操り戦争をもたらそうとする者達……軍需産業複合体、死の商人、ロゴス! 彼等こそが平和を望む私達全ての、真の敵です!』  デュランダルのその宣言とともに、「ロゴス」及びその関係者の名前付きの写真が一斉に流される。 『このユーラシア西側の惨劇も、コーディネイターを忌み嫌うあのブルーコスモスも、彼等の創り上げたものに過ぎないのです! 私が心から願うのはもう二度と戦争など起きない平和な世界です。よってそれを阻害せんとする者、世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを私はここに宣言します!』 「これは……大変なことになるぞ! 艦長!キラ!」  放送を最後まで聞いたカガリは、その内容に愕然としていた。 「提示された者の中にはセイラン、いやオーブと深い関わりのある者もいる。いや、オーブだけじゃない。彼等のグローバルカンパニーと関わりのない国などあるものか! それをどうしようというんだデュランダル議長は!」 「オーブも心配だ。セイランはこれからどう……」 「帰ろう、オーブに」  キラが、険しい表情でカガリに告げる。 「キラ……」 「結局アスランの言う通りにするってこと?」  ミリアリアはキラに問う。 「それだけじゃないけど……とても、とても嫌な予感がする。今までとは違う何かが大きく動こうとしてる気がするんだ」  そうして西ユーラシアから出発したアークエンジェルだが、思わぬ事態に遭遇する。 「取り舵10!台地の影に回り込んで!」 「くっ!」 「バリアント、てぇ!」  待ち伏せをしていたザフトの部隊の強襲を受け、アークエンジェルは追い込まれていた。 「どういうことなのこれは……」 「まずいですよ! 奴等のいいように追い込まれてる!」 「分かってるわ! ……ザフトに好かれているとは思ってなかったけど、でも何故急にこのタイミングで……」 「どうやら完全に包囲されているようです!」 「右舷後方より再びバクゥ、8!」 「更に十時方向よりバビ、9!」 「ミサイル来ます!」 「回避!」 「くっそー!」  アークエンジェルに迫るミサイルを、キラはフルバーストモードで次々に撃ち落していく。 「艦長!無意味な戦闘は避けるというこの艦の理念は理解しておりますが、これでは沈みます! 直撃の許可を! 認められないと仰るのならせめて我等のムラサメ隊を!」 「分かるけど、キラ君にも言われたでしょ? そうして『討たせる』のが目的かもしれないと。ムラサメは一機も欠かさず、オーブへ連れて帰るわ」  しかし、キラやCIWSの取り逃がしたミサイルがアークエンジェルに直撃する。 「くっ、何とか海に出られれば……それまで頑張って! みんな!」 「「「「「はい!」」」」」  一方キラは迫りくるバビとバクゥをほぼ無力化し、一息ついて周囲をうかがっていた。  しかしその時、上空から一機のMSが飛来する。インパルスだった。  インパルスの放つビームを、キラは辛うじて躱した。  一方マリューは、いきなり眼前に現れたミネルバに意表を突かれていた。  かの戦艦から放たれる砲撃を、ノイマンはアークエンジェルを90度近く傾けかろうじて回避する。 「っ!相変わらず操縦荒いわね!」 「ご、ごめん……」  冗談交じりに文句を言うフレイと、つい謝ってしまうノイマン。しかし、状況はそれを許している場合ではなかった。 「ミネルバ……あの船も出ているのね!」 「! 艦長!ミネルバから!」 『ザフト軍艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。アークエンジェル聞こえますか? 本艦は現在、司令部より貴艦の撃沈命令を受けて行動しています。ですが、現時点で貴艦が搭載機をも含めた全ての戦闘を停止し、投降するならば本艦も攻撃を停止します。警告は一度です。以後の申し入れには応じられません。乗員の生命の安全は保証します。貴艦の賢明な判断を望みます』 「艦長!」 「……流石、あのミネルバの艦長ね。やっぱり敵にはしたくないわ」 「しかし、ここでザフトなどに投降などしたらカガリ様の御身は!」 「アマギ!」 「! キラからです!」  キラからの通信には、海へ逃げろ、カガリを連れ帰るのを第一にと書かれていた。 「キラ! そんな……」  フレイは顔面を蒼白にする。 「……ミリアリアさん、向こうと同じチャンネルを開いて」  そう言うと、マリューは受話器を取りミネルバに語りかける。 「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです。貴艦の申し入れに感謝します。ですが、残念ながらそれを受け入れることは出来ません。連合かプラントか。今また二色になろうとしている世界に、本艦はただ邪魔な色なのかもしれません。ですが、だからこそ今ここで消えるわけにはいかないのです、守るべきものの為に。私たちはあなた方との戦闘を望みません。願わくば脱出を許されんことを」  そう言うと、マリューは受話器をおろす。  直後、再びミネルバ、および先ほどまで自信を攻撃していた部隊の攻撃が再開される。  アークエンジェルの援護に向かおうとするフリーダムは、インパルスによる執拗な足止めを受けていた。  キラは普段通り頭や腕を狙った攻撃を行うが、その悉くが躱されるか防がれる。 (対策されている……!?)  キラはビームサーベルを抜き、接近戦に持ち込む。しかしインパルスは距離を取り、シールドを投げつけたかと思うとそこにビームを打ち込む。反射したビームがフリーダムの左肩を掠めた。 「くっ……!」  フリーダムは肉薄し、インパルスの頭部と右腕を切り落とす。しかし、インパルスはあろうことか破損した上半身をパージし、それをフリーダムに直接ぶつける。更にコアスプレンダーからの機銃によりそれを撃ち抜き、爆破させた。フリーダムは体勢を大きく崩し、地上に落下。その間にインパルスは新たな上半身及びバックパックと合体し、機体を全快させる。 (手加減出来る相手じゃないか……!!)  キラは覚悟を決め、接近してきたインパルスの胴を横なぎに払う。しかし、インパルスは胴を分離させる離れ業でそれを回避する。逆に、すれ違いざまの攻撃で背中を撃たれフリーダムは右翼を失う。 「キラ!」  押されるキラに、フレイは悲鳴を上げる。 「ルージュを出せ! 私も出る!」  カガリが思わず席を立つ。 「駄目よ!」  しかし、それはマリューに制止される。  何とか海にはたどり着いたが、まだ潜行には時間がかかる。その間に、ミネルバが陽電子砲の発射準備を整えているのをキラは目撃する。 「まずい……!」  しかし、インパルスが投げつけるビームブーメランの一閃で体勢を崩される。  そこへ更に対艦刀を構え突撃してくるインパルス。  キラは覚悟を決め、とっさに核エンジンの電源を切りつつ胴をシールドで防御する。  インパルスの対艦刀が、フリーダムを盾ごと貫く。  それと同時に放たれたミネルバのタンホイザーが、アークエンジェルへ向けて放たれた。  二つの攻撃は同時に大爆発を起こす。  そして……それが収まった後に残っていたのは、満身創痍となったインパルス一機のみだった。 「ふっ……はははは……やったよ、ステラ……!! やっと、これで……ははは……!!」 「フリーダム、シグナルロスト……」  ミリアリアが、呆然とした面持ちで告げる。  大爆発を起こしたかに見えたアークエンジェルだが、第一エンジンを切り離し囮とすることでなんとか逃れていた。しかし、フリーダムは行方不明のままだった。 「そんな、嘘……嘘よ!キラ!キラっ!!」  フレイが悲痛な叫び声を上げる。 「ぐっ……!」  マリューが押し殺したように呻く。本心では今すぐにでも捜索命令を出したいところだが、ザフトの追手が迫っている以上不可能に近い。であるならば、艦長として取るべき判断は一つだった。 「急速潜航!ザフトの追撃を防ぐために本艦はこの海域を早急に離脱します!」 「そんな、艦長!」  フレイが縋るような声を出す。 「気持ちは分かるわフレイさん。でも私はこの艦とクルー全員の命を預かってるの、貴女も含めてね。それに、キラ君も言っていたでしょう。カガリさんを必ず連れ帰れと」 「……またキラを見捨てるんですか」 「フレイ!!艦長だって辛いの!貴女も……」  しかし、ミリアリアは言葉を止める。コンソールの表示を見て目を見開く。 「これって……フリーダム、信号回復!キラは無事です!」  ブリッジが驚きの声に包まれる。マリューはすぐさま指示を飛ばす。 「カガリさん、ルージュで早急に回収お願い!見つからないよう気を付けてね!」 「分かった!」  待ってましたと言わんばかりに、カガリはブリッジを飛び出していく。 「ああ……よかった……」  フレイは画面にもたれかかる様に突っ伏す。 「ああ、すみません、艦長……」 「いいのよ。私も判断を急ぎすぎたわ」 「……ラ!キラ!!」 「ここは……」  キラはゆっくりと目を見開き、周りを見渡す。よく見知った、アークエンジェルの格納庫だった。 「ああ、キラ!」  目の前には、フレイの顔がある。こちらが目を覚ましたのを確認すると、フレイはキラを強く抱きしめた。 「よかった、本当に……!」  フレイはキラに縋りつくように泣きじゃくる。  ……ああ、また君を泣かせてしまった。もう二度とそんなことはしたくなかったのに。  キラは朦朧とする頭でそんな事を考えた。  キラはフレイに付き添われ、医務室に連れて行かれる。  怪我はそれほどでもなかったが、一応検査を受けろとの事だった。 「……正直、油断してたよ」  ベッドに横たわりながら、キラはフレイに告げる。 「えっ?」 「僕にサシで勝てるの、アスランくらいだと思ってたからさ。完敗だよ」 「キラ……」 「あのパイロット、多分アスランの部下だよね。ちょっと会ってみたくなったよ」 「あの坊主と戦ったのか?」  横から、隣で拘束されているムウ……ではなくネオが口を挟む。 「えっ……知ってるんですか!? 連合の貴方が何故……」 「色々あってな。真っ直ぐで勝ち気そうな小僧だぜ、インパルスのパイロットは。どんどん腕を上げてる……俺やお前を恨んでもいるだろうし」 「僕を?」  やはり陽電子砲を撃ち抜いたのが不味かったか、とキラは考える。 「ああ、こっちの話だ。それより聞いたぜ、対艦刀で腹ぶっ刺されたんだって?お前頑丈だなあ」 「正直、こんなことは一度や二度じゃないんで。と言うかローエングリン受け止めて生きてる貴方に比べれば何でもないですよ」 「またその話か。俺はそんな事してねえって言ってんだろ。大体陽電子砲受け止めて生きてたらそいつはもう人間じゃねえよ」 「……そうですね」  実際、彼の言うことも一理ある。目の前の男はたまたまムウとよく似ているだけで、自分の知る彼はやはりあそこで死んでしまったのかもしれない。それでも。 「でもその人、よく言ってましたから。『俺は不可能を可能にする男だ』って」 「不可能を可能に、ねえ……」  それから数日後の夜。  ジブラルタルの上空を、一機のグフイグナイテッドが飛行していた。  パイロットは……アスラン・ザラ。 「ど、どうするんですか、アスランさん!」  問いかけるのは、同行しているメイリン・ホーク。 「アークエンジェルを探す!」 「えっ!?」 「発信元は不明だが、撃墜は未確認という情報がある! ならひょっとしたらキラも……!」  その「情報元」に心当たりのあるメイリンは、少し動揺を見せる。 「少しでもあいつらに伝えないと……!」  しかし、そこに追手が差し迫る。 「何やってるんですか、アンタは!」  新型の機体、デスティニーを駆るシンだった。 「逃げんな、基地へ戻れ! それとも……いままでずっと俺達を騙してたのかよ!?」 「違う! 俺は議長にとって用済みと判断されただけだ! 彼はそうやって人を……」  しかし、言い切る前に妨害が入る。 「何をしているシン! 命令は撃墜だぞ!」 「レイぃ……!」 「レイ、でも……っ」 「スパイの言葉に耳など貸すな、彼らは敵だ! メイリンも共犯だ、彼女の部屋のコンピュータからホストへの侵入も確認された。取り逃がせばザフトの機密情報が大量に漏洩する可能性もあるんだぞ!」 「俺達はスパイなんかじゃない! シン、よく聞け! 議長の言うことは確かに正しく心地よく聞こえるかもしれない! だが、彼の言葉はただの道具だ! そこに誠意や信頼などない!」 「彼にとって人とはただの役割……目的のための駒に過ぎないんだ! そんなのは連合のエクステンデッドと同じだ!」 「そして不要になった者は巧妙に排除する……都合の悪い映像を消すようにな!俺は……そんな人間に自分の『力』を預ける気はない! 人をそんな風に扱う者が本当に世界を……」  必死に語り掛けるアスランだが、またしてもレイの妨害が入る。 「シン聞くな! アスランは既に少し錯乱している!」 「俺は錯乱などしていない!!」 「惑わされるなシン! 議長を裏切り、我等を裏切り、その思いを踏みにじろうとする。それを許すのか?」 「シン、お前も来るんだ! 議長の言葉に踊らされるな! お前の力を、願いを、意志を……そんな風に使われては駄目だ!」 「シン、お前は言ったろ!戦争を終わらせる、そのためならどんな敵とでも戦うと!」  それを聞いてしばらく硬直していたシンは、ボソリとつぶやく。 「俺達が、戦争を終わらせるって……そう言ったじゃないか、アスラン!」  シンはデスティニーの対艦刀、アロンダイトを引き抜き、大上段に構える。 「あんたが悪いんだ…あんたが!あんたが裏切るからぁぁっ!!」  グフのシールドを腕を切り落とし、そのままアロンダイトの切っ先を向ける。 「うおおぉぉぉっ!!俺は、俺はもう絶対に!!」  そして、そのままグフの胸に突き立てた。 「シン……っ!」  アスランは本気でシンを心配するような声を残した後、通信は途絶。  グフは海中に沈んでいき……大爆発を起こした。 〈続く〉