「キラー?早く逃げるわよー!」  赤毛の少女が、浜辺に佇む茶髪の少年に呼びかける。  その少年ーーキラ・ヤマトの見据える先には、宇宙から地上に落下しつつあるコロニーの破片があった。 「キラー?」  赤毛の少女の隣に居る、桃色の髪の少女も呼びかける。 「ああ、ごめん二人共!行こうか!」  そう言うと、キラは二人の恋人の元に駆け寄っていった。  去り際にキラはもう一度振り返って空を見る。 「……嵐が来そうだ」  キラは一人呟いた。  ブレイク・ザ・ワールド。  後にこう呼ばれる事になる、ザフト脱走兵により引き起こされたユニウスセブン落下テロの被害は甚大だった。  ローマ、パルテノン、上海、北京、ゴビ砂漠、ケベック、フィラデルフィア、大西洋北部地域には破片が落下し、壊滅的な打撃を受けた。特に歴史的遺構であるパルテノン神殿やコロッセオ等はそのまま吹き飛んでしまった。  また、ポーツマスを含むサウスカロライナからメイン州一帯、フォルタレザ、サルヴァドール、スリランカも津波で国や都市が水没する等の大被害を受ける。  そして、キラ達の暮らすオーブ各島にもそれなりの規模の津波が襲い、沿岸部は波にさらわれた。  ユウナのカガリへのスキンシップに苛立ちを覚え、少々荒れた運転で帰途についていたアスランは、海岸を通った際に見覚えのある人影を見つけ停車する。 「ん?キラ?」  よく見れば、キラとその恋人のフレイ、そして自分の元婚約者でもあるラクスだった。周囲には孤児院で暮らす子供たちの姿もあった。  クラクションを鳴らし、彼らの注意を引く。 「あーアスラン!」 「違うよアレックス!」 「アスランだよ!」 「アレックス!」 「どこ行ってたんだよ!」 「カガリはー?」  子供達が口々に言い合う中、アスランは車を降り砂浜へ降りた。 「お帰り、アスラン」 「お帰りなさい。大変でしたわね」 「本っ当にねー」  キラ、ラクス、フレイはねぎらいの言葉をそれぞれ向ける。 「君達こそ。家流されてこっちに来てるって聞いて。大丈夫だったか?」 「まったくよ。こんな事なら向こうの家手放さなきゃよかったわ」  フレイはぷりぷりと怒って見せる。 「キラのご両親の家に行けば良かったんじゃないか?」 「……関係持ってる女の子同時に二人も連れ込んだら今度こそ絶縁されちゃうよ」  子供の前で話すには少々問題のある発言をアスランは咎めようとしたが、その前に子供達がまたしてもまくし立てる。 「あのね見てないけど高波っての来て、壊していっちゃったって!」 「ばらばらー」 「おもちゃもみんななくなっちゃったー」 「新しいの出来るまでお引っ越しだってー」 「そうだよ、お引っ越しすんの」  見かねたラクスが助け舟を出す。 「あらあら。ちょっと待って下さいなみなさん。これではお話が出来ませんわ」  そう言うと、ラクスは子供達の注意を自身に向ける。 「カガリは?」  フレイが問う。 「行政府だ。この有様だ、仕事が山積みだろう」  ラクスが三人に声をかける。 「お三方は先に行って下さいなー!わたくしは子供達と浜から戻りますわー!」 「分かったよー!」 「気を付けてねー!」  キラとフレイはアスランの車に乗り、孤児院まで送って貰うことにした。  道中、アスランがキラに問う。 「落下の真相はもうみんな知ってるんだろ?」 「うん」 「連中の一人が言ったよ。討たれた者達の嘆きを忘れて、何故討った者達と偽りの世界で笑うんだお前らは、って」 「……戦ったの!?」  キラとフレイは驚いたような表情を見せる。 「ユニウスセブンの破砕作業に出たら、彼等が居たんだ」 「……どうして、同じことを繰り返すのかしらね……」 「なあキラ、あの時、俺聞いたよな?俺達は本当は何とどう戦わなきゃならなかったんだ、って」 「そしたらお前言ったよな。それもみんなで一緒に探せばいい、って」 「なあ、お前はあの戦いでそれを見つけられたのか?それとも今もまだ探し続けているのか?」 「なあ……俺たちは、いったい何のために戦ってきたんだ!?」 「アスラン!」  見かねたフレイが呼びかける。 「……すまない、熱くなり過ぎた」  いつの間にか、車は孤児院に到着していた。 「正直、僕もよく分かってないよ。聞こえの良いことを言っても、結局僕は周りの人を守りたいだけだからさ」 「キラ……」 「ただ、その為に自分にできる事をやってたら、いつの間にかあんなところまで来ちゃっただけだし」 「……ムラサメの開発を手伝ってたのもその一環、って事か?」 「ふふっ、そうかもね」 「……俺は一度、プラントに向かおうと思う」 「えっ?」 「カガリにも明日朝一で伝える。オーブがこんな時にすまないが、俺も一人ここでのうのうとしている訳にはいかない。プラントの情勢が気になる」 「デュランダル議長ならよもや最悪の道を進んだりはしないと思うが。だが、ああやって未だに父に、父の言葉に踊らされている人もいるんだ。議長と話して、俺でも何か手伝えることがあるなら、アスラン・ザラとしてでもアレックスとしてでも……」 「このままプラントと地球が啀み合うことになってしまったら、俺達は一体今まで何をしてきたのかそれすら分からなくなってしまう」 「待てよ、カガリはどうするのさ!?セイランとの事は知ってるだろ!?」 「……お前が居れば何とかなるだろう。俺が戻るまでの間、彼女を頼む。ユウナ・ロマの事も含めてな」 「……分かったよ。気を付けて」 「ああ」  そう言うと、アスランはそのまま走り去っていった。 「……相変わらずね、アスラン」 「真面目過ぎるんだよ、昔から……」  翌日の午後、キラは海岸沿いの戦没者慰霊碑に居た。  少し前に建てられてから、キラは定期的にここに通っていた。基本的に時間を持て余しているというのもあるが、自分の守れなかったものを忘れないためにも、そうするべきだと考えていた。植えられた花の手入れも自主的に行っている。キラの希望もあり、花には菖蒲も加えられた。  基本的に人と鉢合わせることは滅多になかったが、その日は違った。花に水をやっていると、突然声をかけられる。 「慰霊碑……ですか?」  少しの驚きと共にキラは振り返る。  黒髪に赤い瞳、少し色白の、どこか中性的な雰囲気の少年だった。自分とそう変わらないか、少し年下くらいだろう。しかし見た目に反し、佇まいは何処か険のあるものを感じられた。 (軍人……?) 「うん、そうだよ。オーブもようやく落ち着いてきて、最近建てられたばっかりなんだけど」 「貴方は……管理人さんか何かですか?随分お若いみたいですけど」 「いや、自主的にやってるだけだよ。基本的に暇でね。それに……僕も、友達を亡くしたから」 「……!」 「でも、せっかく花が咲いたのに、波を被ったからまた枯れちゃうかもね」 「……誤魔化せないって事かも」 「えっ?」 「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす……」 「君……」 「すいません。変なこと言って」  そう言うや否や、少年は歯を食いしばり、踵を返して走り去っていった。 「あっ、やっぱりここにいた!」 「キラ、そろそろ夕食の準備を手伝ってくださいな」  入れ替わるように、フレイとラクスがキラを迎えに来た。 「……? 何、あの子?」 「分からない、けど……」 「けど?」 「あの子、泣いてた」  その発言に、フレイとラクスも察する。 「……私たちも、もうちょいここに来るべきかもね」 「そうですわね。そう言えば、アスランはもう発った頃でしょうか」 「うん、多分ね」  三人はとりとめもなく空を見上げた。  数週間後、キラ、マリュー、バルドフェルドの三人は孤児院のコテージから海を眺めていた。  海岸ではフレイとラクスが子供たちと遊んでいる。 「大変な事になりましたね……」 「宣戦布告からの即核攻撃、だからな。おまけにオーブの条約加盟も秒読みと来てる」 「あの入港してたザフトの艦……ミネルバでしたっけ?ちゃんと逃げられたでしょうか?」 「連絡は入れてやったし、一応問題はなさそうだがね。まあオーブの決定はな、残念だが仕方のないことだろうとも思うよ。代表といってもまだ18の女の子にこの情勢の中での政治は難しすぎる。彼女を責める気はないがね」 「ま、俺たちはまだいい。最悪プラントに行けばいいんだからな。問題は彼女だ」  バルドフェルドは、砂浜で子供たちと遊ぶフレイに目を向ける。 「あの子、大西洋連邦の前事務次官の忘れ形見だろ?この調子だと、そのうち大西洋から身柄の引き渡しを要求される可能性があるし、セイランもそれに応じかねんぞ」 「そんな……!」 「移住しようにも大洋州なんかの親プラント側も厳しいだろうな。知らぬこととはいえ、クルーゼの使いとしてNJCのデータを連合に渡したのも彼女だ。この際だからはっきり言うが、君が考える以上に彼女の行き場というのは少ないぞ」  キラは無言で俯く。 「……だからこそ、君がしっかり守ってやらないといけない。分かっているだろうがな」 「! はい!」 「あー……ところでキラ君、ここには何時まで居る気?」  隣にいたマリューがキラに問いかける。 「何時まで、と言われても……出来れば身の振り方が決まるまで居たいんですけど」 「私達としても置いてあげたいのはやまやまだが、君はいささか子供の教育に良くなさそうだからね。あまり長居してもらうと困る」  いつの間にか現れたマルキオも口を挟む。 「ぼ、僕が教育に悪いってそんな酷い……!」 「キラー!」  二人に言い返そうとしたところ、子供の一人がキラの方に駆け寄ってきた。 「え、ああ、どうしたの?」 「ちょっとキラに相談があるんだけど」 「何かな?」 「俺ね、あそこにいるマコちゃんが好きなんだけど……でも、最近はあっちのユイちゃんもちょっと気になってるんだ……」 「ああ、なるほど」  子供らしいと言えば子供らしい悩みだ、とキラは微笑ましく思う。 「それで、どっちか選べなくて困ってるとか?」 「ううん、違うよ!」  子供は屈託のない笑顔をキラに向ける。 「キラみたいに、どうやったら両方いっぺんに付き合えるのか教えてほしいんだ!」 「……」 「教育に悪い理由、分かるわよね?」 「……数日中に荷物を纏めて出ていきます……」 「宜しい」  マルキオからピシャリと放たれた一言に、マリューとバルトフェルドは深く頷いた。  その日の夜。 「ザンネン!ザンネン!アカンデェー!!」  孤児院内に、ハロたちによる警報が鳴り響く。 「!?」 「ちっ!」  起き出したマリューとバルドフェルドは、銃を構え合流する。 「どこの連中かな……彼女と子供達を頼む。シェルターへ」 「ええ」  「どうしたんですか!?」  キラも寝巻のままで急いで起き出す。 「早く服を着ろ。嫌なお客さんだぞ。ラミアス艦長と共にラクス達を」 「!? はい!」 「ラクスさん、フレイさん!みんなも起きて!」  マリューは、ベッドで寝ていた二人と子供たちを起こす。 「マリューさん?」 「いったい何よ?」 「フレイ!ラクス!」  着替えたキラとマルキオも駆けつける。途端に銃声と、ガラスの割れる音が響き渡る。 「何!?」 「良くない客よ。窓から離れてシェルターへ!」  起き出したキラとフレイとラクス、そしてマルキオと子供たちはマリューと共にシェルターへ移動する。途中何度か銃撃戦が起きたが、マリューによって撃退される。シェルター前に着き、バルドフェルドも合流する。 「! 危ない!」  フレイが咄嗟にラクスを突き倒す。刹那、ラクスの頭のあった場所に銃弾が撃ち込まれる。  即座にマリューとバルドフェルドによって刺客は射殺された。 「二人とも、早く!」  二人を助け起こしたキラは、全員を連れてシェルターに入り込む。  直後、シェルターのドアは自動で閉鎖された。 「っはあ!」  一先ずの安全を確保できたのもあって緊張が解けたのか、マリューはその場で崩れるように膝をつく。 「みんな、大丈夫か?」 「はい、何とか」 「あいつら、コーディネイターだわ」 「ええっ!?まさか前アスランが言ってたアレ?マジでラクスの過激派ファンがキラを殺しに来たとか?」 「……にしては少々気合入り過ぎだと思うけど」 「俺には、狙いはどちらかと言うとラクスに見えるがね」 「狙われる理由……はいくらでもありますわね」 「ああ。しかも奴ら素人じゃない、ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ。問題は、なぜ今のタイミングか、だな」 「ん?ちょっと待って?ラクスの相手……?」  フレイは思いついたように言う。 「ラクス、一つ聞きたいんだけど。アンタ、アスランと婚約解消したことプラントで公表したの?」 「……いえ。アスランとの関係は表向き維持したほうが良いだろうとカナーバさんに言われましたわ。そうすれば多少なりともフリーダムのパイロットやAAクルーへの注目を逸らせると。それが一体…………っ!!」 「まさか……!」 「アスランくんがオーブから出たのを見計らって!?」 「つまりこの襲撃を仕組んだ者は、アスランがプラントに向かったことを知ってる可能性が高い……か」  バルトフェルドが推理する。 「アスランは戦後ずっとアレックス・ディノを名乗ってる。こないだのアーモリーワン訪問でもそのはずだ。だから『アスラン・ザラ』として戻った今回を狙ったんだ……」  キラが補足的につぶやく。 「だがザフトの使いだとしたら厄介だぞ。何なら……」  バルドフェルドが言い終わる前に、シェルターが揺れ始める。 「な、何だ!?」 「向こうさん、まだ諦めてくれて無い様だ」 「まさか、MSまで!?」 「おそらくな。何が何機いるか分からないが、火力のありったけで狙われたら此処も長くは保たないぞ」  バルドフェルドは、改めてラクスに向き直る。 「ラクス、鍵は持っているな?」  ラクスは、沈痛な面持ちで頷く。 「扉を開ける。仕方なかろう。それとも、今ここでみんな大人しく死んでやったほうがいいと思うか?」 「えっ、ちょっと待って何の話…… ! まさか、駄目よそんなの!」  察したフレイは、キラに縋りつくように抱き着く。 「駄目、そんなの絶対駄目!」 「だがなあお嬢ちゃん……」 「うっさいわね!じゃああんたが乗りなさいよ!あんたもそれなりに鳴らしたパイロットなんでしょ!?」 「うっ……」  痛いところを突かれる形になったバルドフェルドだが、キラはフレイを制止する。 「フレイ」  キラはフレイをそっと抱き返す。 「ありがとう、心配してくれて。でも、僕はあれに乗る事より、乗らなくて君たちを守れない事の方がずっと辛い。それに、前言っただろ?僕は僕にできることをしたいって。きっと今がその時なんだ」 「キラ……!」  フレイは苦虫を噛み潰したような顔をした後、キラの腕の中を抜け出し、叫ぶ。 「ラクス、貸しなさい!私が開けるわ!」  ラクスも暗い顔をしながら、ハロの中に隠していた鍵を取り出し、フレイに渡す。 「いくわよ!3…2…1…!」  フレイとラクスはシェルターの奥にあった二つの台にそれぞれ鍵を差し込み、同時に回す。  扉が開いた先には、予想した通り、かつて彼が駆った「剣」がその威容をたたえていた。 「……久しぶりだね。正直会いたくはなかったけど」  キラはひとり呟くと、剣ーーフリーダムの元へと向かった。  シェルターの破壊を確認した暗殺部隊の隊長は、アッシュで割れ目から中を覗き込む。 「よーし行くぞ!目標を探せ。オルアとクラブリックは……」  しかし言い終える前に、突如少し離れた位置にある丘が、内側から飛び出した緑色のビームと共に爆発する。 「ん?何だあれは……?」  隊長……ヨップがそちらを向くと、上空には翼を広げたMSが存在していた。 「あれはまさか……フリーダム!?」 「ええっ!?」  抵抗する間もなく、フリーダムのビームサーベルの斬撃により一機が達磨にされる。  残る者達はビームを次々に放つが、全てを軽やかに躱される。  そしてフリーダムのフルバーストによりさらに数機が無力化される。  その後も反撃を許すことなく、フリーダムは次々とアッシュを無力化していく。 「そんな馬鹿なぁ!くっ!」  一人残されたヨップのアッシュはビームクローを展開し斬りかかるが、あっさり躱されフリーダムに投げ飛ばされる。  とっさに起き上がるが、フリーダムのビームライフルにより両手、ミサイルポッド、両足の順に撃ち抜かれ、身動きが取れなくなる。 「ああ……くあぁっ!」  ヨップは、コクピット備え付けられたレバーを引く。  途端、フリーダムの目の前のアッシュは自爆。  他のアッシュも次々に自爆していった。  そしてその光景を、シェルターから抜け出したフレイ達は物憂げに見つめていた。  夜が明け、キラ達は改めて施設の惨状を目の当たりにする。 「……出ていこうにも、出ていく場所も持ってく荷物も無くなっちゃったか」  跡形もなくなってしまった孤児院を見て、キラは一人皮肉る。 「あー、またお家壊れちゃった」 「俺達の部屋どこだぁ?」 「危ない!駄目よそんな方行っちゃあ!」  崩壊した家を眺める子供たちと、それを制止するフレイ。  一方キラ達は、フリーダムの格納庫内で昨夜の事を話し合っていた。 「アッシュ?」 「ああ。データでしか知らんがね。だがあれは最近ロールアウトしたばかりの機種だ。まだ正規軍にしかないはずだが」 「それがラクスさんを、ということは……」 「アスランの件もあるし、プラントへお引っ越しってのもやめといたほうが良さそうだって事だな」  しかしそこに新たな人物が現れる。 「まぁまぁ!」 「マーナ、さん?」  フレイと子供たちに連れられてきたのは、カガリの侍女のマーナだった。 「キラ様!一体何があったのですか?」 「あー、話すと大分長いから。そちらからどうぞ」 「まあ、ではこれを。カガリお嬢様からキラ様にと」  マーナから、キラに一通の手紙が手渡される。 「お嬢様はもう、御自分でこちらにお出掛けになることすらかなわなくなりましたので。マーナがこっそりと預かって参りました」 「え?」 「何?どうかしたのカガリさん」 「御怪我でもされたのですか?」 「いえ、お元気ではいらっしゃいますよ。ただもう、結婚式のためにセイラン家にお入りになりまして……」 「「「「「ええっ!?」」」」」  フレイを含むその場にいた全員が思わず叫ぶ。 「お式まではあちらのお宅にお預かり、その後もどうなることかこのマーナにも解らない状態なのでございます。ええ、そりゃあもうユウナ様とのとこは御幼少の頃から決まっていたようなことですから、マーナだってカガリ様さえ御宜しければそれは心からお喜び申し上げることですよ。でも!この度のセイランのやりようといったら、それもこれも何かと言うと御両親様がいらっしゃらない分こちらでとばかりで……」  早口でまくし立てるマーナに少し気圧されるバルドフェルド。  キラは、手紙を開封し目を通す。  そこに書かれていた内容は目を疑うものだった。  カガリはユウナ・ロマ・セイランと結婚する意志を固めた事。  アスランに指輪をもらったが、それを同封するので返しておいて欲しいという事。  これについて、アスランにキラ達から誤っておいて欲しいという事。 「えー嫌よ!?あいつをお義兄さんって呼ぶなんて!キラもアスランの方がいいでしょ!?」  手紙に横から見ていたフレイが愚痴る。 「ッ!アスランが居なくなった途端に次から次へと……!」  キラは思わず手紙を握りつぶしながら呟く。  数日後、キラ達はエレベーターでオノゴロ島地下の秘密のドッグに向かっていた。 「でも、本当にそれでいいのかしらね」 「ええ。ってか、もうそうするしかないし」 「……はあ」 「本当は何が正しいのかなんて、僕達にもまだ全然判らないけど。でも、諦めちゃったら駄目でしょう?判ってるのに黙ってるのも駄目でしょう?その結果が何を生んだか、僕達はよく知ってる。だから行かなくっちゃ。またあんなことになる前に」  それを神妙な面持ちで聞くマリュー。 「……なんて、勿体ぶった言い方してみたけど。結局僕が気に入らないだけですよ」 「えっ?」 「条約の事も、カガリの結婚の事も。だから、はっきり言っちゃえば皆さんに付き合う義理はありません」 「……ふふっ。そう言ってもらえる方がむしろありがたいわ。気に入らないのは私達も同じだもの」 「ふふっ」  キラとマリューはお互いに笑みを向ける。  エレベーターから降りた先のドッグ内には、かつてマリューたちと共に駆け抜けた母艦が鎮座していた。 「アークエンジェル……」  マリューは思わずつぶやいた。  出港前、キラは両親に別れを告げていた。 「ごめんね父さん、母さん。また……」 「正直……」  カリダは、キラの頬に優しく手を添える。 「ラクスさんにまで手を出したって聞いたときは勘当してやろうかと思ったけど……!」  カリダは急に両手に力を込め、キラの頬を押しつぶす。 「ひたい、ひたい、ひはい!」 「あはは、キラの顔タコみたーい!」  足元に居る子供たちが笑う。  カリダはしばらくそうした後、ぱっと手を放す。 「ま、今は貴方たち三人が納得してるならそれでいいわ。親が願うのは、何時だって子の幸せですものね」 「母さん……」 「忘れないで。貴方の家は此処よ。私達はいつでも此処にいて、そして貴方を愛してるわ。だから、必ず帰ってきて」 「……うん」 「機関、定格起動中。コンジット及びAPUオンライン。パワーフロー正常」 「遮蔽フィールド、形成ゲイン良好。放射線量は許容範囲内です」 「さてと。外装衝撃ダンパー出力30%でホールド。気密隔壁及び水密隔壁、全閉鎖を確認。生命維持装置正常に機能中」  ブリッジの所定の位置に付いたノイマン、チャンドラ、バルドフェルド、フレイ、ラクスがシステムの状態を確認していく。 「あのー、バルトフェルド隊長?」 「んー?」 「やっぱり、こちらの席にお座りになりません?」 「いやいや、元より人手不足のこの艦だ。状況に因っては僕は出ちゃうしね。そこはやっぱり貴女の席でしょう。ラミアス艦長」 「ま、当然ですよね?」  最後にフレイが茶化すように言う。 「主動力コンタクト。システムオールグリーン。アークエンジェル全ステーション、オンライン」  その後も、クルー達はシステムの状態を読み上げていく。 「各部チェック完了。全ステーション正常!」 「海面まで10秒、現在推力最大」 「離水!アークエンジェル発進!」  かつて戦場を駆け抜けた大天使は、再びその翼を大空に広げた。  そして。 「フリーダム発進準備完了。いつでも行けるわよ、キラ!」  フレイの通信が入る。 「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」  キラは宣言と共にアークエンジェルから発進した。   「この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアは其方達の願い、聞き届けるであろう。今、改めて問う。互いに誓いし心に偽りはないか?」 「はい」  神父が読み上げる内容にユウナは答える。一方カガリはそれをただ無表情で聞いていた。思うところはあれど、全ては自分の選択。後悔するわけにはいかなかった。  しかし。 「駄目です!軍本部からの追撃、間に合いません!」  後方が何やら騒がしい。 「なんだ?どうした!?」 「早く!カガリ様を!迎撃!」  振り返ると……そこには、自身の弟の愛機たる青い翼がそびえ立っていた。 「フリーダム……キラ!?」 「ひ、ひぃぃぃ、うわあぁあぁ!」  ユウナは情けない声を上げて逃げ出す。それを好機と見たか、フリーダムはカガリを両手で優しくつかみ上げる。 「何をする、キラ!」  そしてそのまま、フリーダムは飛び立った。 「降ろせ馬鹿!こら!キラ!」  キラは、コクピットを開きカガリを引き込む。 「まったく、新婦の兄弟も呼ばずに結婚式か。セイラン家ってのは随分礼儀知らずだね」  何でもないことのようにキラはつぶやく。 「お前……!」 「ごめん、本当はアスランの方が良かっただろうけどさ」 「はあ!?」 「まああっちも忙しいし、留守も頼まれてるから。今回は僕が代役って事で」  キラは、前方から飛来するムラサメ二機を見据える。 「こちらはオーブ軍本部だ。フリーダム、直ちに着陸せよ。フリーダム、直ちに着陸せよ」  先方の二機から警告が入る。 「あーあ、開発手伝った機体の初実戦がこれかぁ……カガリ、舌噛まないでね!」  そう言うとキラはビームサーベルを抜刀し、二機の翼を瞬く間に切り落とす。 「うぅっ!」  いきなりのマニューバにカガリはうめく。  そして、フリーダムはアークエンジェルのカタパルトに戻っていった。 「フリーダム収容完了、っと。カガリもちゃんと無事ね!」 「よーし、上出来だ!では、行きましょうか、艦長!」 「ベント開け!アークエンジェル急速潜行!」  アークエンジェルは瞬く間に潜水し、海の中に消えていった。 「あらためて見ると凄いねこのドレス」 「お前なあっ!」 「カガリが悪いんだよ?僕にもアスランにも相談せずこんなことして」 「っ!」 「……なんてね。でもそれだけじゃなくて、オーブが他の国を撃ったり。カガリがそれを許したり、世界がまたこんな風になっていくのも止めたいって思ったから」 「キラ……」 「だから、カガリも一緒に行こうよ。アスランも戻ってきたら巻き込んじゃえばいいから」 「……うっ、ううっ……」  アークエンジェルは混迷に向かい始める世界の中、新たな船出へと旅立った。 〈続く〉