「あっ、ベルネスさん!」 「はい。どうかしました?」 「ああいや、堅苦しい話じゃなくて。うちに手伝いに来てくれてるキラくんの話なんですけど」 「彼がどうかしたんですか?」 「いやね、こないだあの子が彼女と歩いてるの見ちゃったんですよ!凄い可愛い娘でしたね!」 「ああ、なるほど。私も知ってるんですけど、確かに綺麗ですよね。でもあの娘どちらかと言うと美人系じゃないですか?」 「そうかなあ?ぽわぽわしてておっとりしてそうな娘でしたけど」 「ぽ、ぽわぽわ?おっとり?」 「ええ。ピンク色の髪した……」 「ピンク?どちらかと言うと赤じゃない?」 「間違いないですって。ピンク色で腰くらいまである長髪で……あ、そうだ!確か左前髪に金色の、変わった形の髪飾りつけてたなあ」 「…………」 「所でベルネスさん、今度ご一緒に映画に行きませんか?なんでも人気シリーズの20年ぶりの新作をやってるとかで……」 「……ベルネスさん?」 「やっほー。ミリィ久しぶりー」 「久しぶりー。どうしたのよ?」 「いやービッグニュースよビッグニュース!学校の同期で、ヤマトって子居たの覚えてる?」 「キラの事?同じゼミなんだから忘れるわけ無いでしょ」 「そりゃそうか。ああ、でそのヤマトくんなんだけど。なんと!今うちのマドンナだったフレイ・アルスターと付き合ってるのよ!いやー、意外よねー!優等生だけどなんか地味だった彼があのお高いフレイと付き合ってるなんて!」 「……それも知ってる。何なら教えてあげるけど、その二人もう別れたわよ」 「えっマジ?」 「マジよ。信頼できる人から聞いたの。二人が付き合うようになった経緯は知ってるから、正直かなりショックだけど。キラは今別の娘と付き合ってるわよ」 「ミリィ、それいつ聞いたの?」 「つい先週よ。本当に信頼できる人だから嘘のはずがない」 「じゃあその人は嘘つきだね。だって私、一昨日フレイが彼と腕組んで歩いてるの見たんだもの」 「……」 「というわけで俺のところに確認に行ってくれという話が来たんだが……」  アスランは極めて不機嫌そうにコーヒーを啜る。  とある喫茶店の一角で、キラとアスランは向かい合って座っていた。  当のキラは、まるで何かを誤魔化そうとするかのように半笑いを浮かべている。 「お前、しばらく見ないうちに少し痩せた……と言うかやつれたんじゃないか?ようやく体重が戻ってきてたのに」 「はは、最近少し寝不足でね……」 「プログラム弄りも程々にするんだな。まあいい、本題だ。ラミアス艦長やミリアリアが聞いた話はどっちが本当なんだ?」 「それは、あー、うん……」  キラはしばらくしどろもどろにそれを繰り返す。 「……どっちも本当なんだな」  アスランは呆れるように大きなため息を付く。 「どうなってるんだ?半年前ラクスが押しかけてきて、結局そのまま居着いたのまでは知ってるが……」 「君が僕を見捨てて逃げたのもその時だね」 「……その話は今はいいだろう」 「良くない!そのせいでこんなややこしいことになったんだ!」 「はぁ?」 「あの後、二人は僕の居ない間になんか仲良くなったみたいなんだけど……」 「良いことだろう」  アスランはコーヒーを口には含みながら相槌を打つ。 「でもなんか、仲良くなりすぎたみたいで……その……」  キラは目を泳がせながら言う。 「『僕』も共有することに決めたみたいなんだ……」  アスランは思わずコーヒーを口から噴き出した。 「ゴホッ、ゴホッ……ま、まさかお前、フレイ公認でラクスとも寝……!」 「違う、違うんだ!」  キラは机に突っ伏し頭を抱える。 「いつも通りフレイとその……しようとしたら、なんか声も上げないし動きもぎこちないしで、最後に明かりを付けたら……」 「言わなくていい!未練は無いが俺は一応元婚約者なんだぞ!」 「そうだね……ごめん」  そう呟くと、キラは椅子の背もたれにドサっともたれ掛かる。 「……フレイとしてはああ見えて、自分と同じように天涯孤独になったラクスに少なからず思う所があったみたいなんだ。もうコーディネイターがどうとも言わなくなったしね。ラクスも、良くも悪くも素直なフレイの性根を意外と気に入ったみたいでさ」 「成る程な……」  アスランも、同じように椅子に座り直す。 「それで、お前はどうしたいんだ?」 「フレイは、言わずもがなだけど……ラクスともその、しちゃったし、彼女が望むなら責任は取るよ。二人とも……僕には勿体ないくらい美人でいい子だし」  ……お前の「そういうところ」も彼女達は織り込み済みなんだろうな、とアスランは考えたが、口には出さなかった。 「まあ、お前達三人が納得というか、互いにコンセンサスが取れてるなら俺はそれでいい。ただ……」  アスランは、頭を抱えつつ再度大きなため息を付く。 「世間相手には、そういう訳にはいかんぞ?特に女性の第三者はな」 「あはは!気持ちいい〜!」 「うふふ。そうですわね!」  キラのコテージの前の海岸で、フレイとラクスは海に入り遊んでいた。  フレイは髪色に合わせた、シンプルなデザインの赤いビキニ。  ラクスも同じくビキニだが、白地にフリルの付いた何処か可愛らしさもあるデザイン。  そしてそれを眺める、ハーフパンツに前開きのパーカーを羽織ったキラと、パラソルの下でデッキチェアに座る水着のマリュー。  他に人は誰も居ない。コテージを建てる際に周辺の海岸も可能な限り買い上げたので、実質的なプライベートビーチ状態だ。 「二人とも楽しそうね。それになんだか満たされてるって感じ」 「そうですね……」 「……特に腰の辺りが」 「う゛っ!!」  マリューの凍てつくような一言にキラは硬直する。  恐る恐るマリューの方を見ると、サングラスの奥からこちらを見る目は全く笑っていなかった。 「そ、そう言えばバルトフェルドさんは来なかったんですね!」 「あんまり海が好きではないんですって。砂漠の虎なんて呼ばれるくらいだし水気のある場所は苦手なのでしょう。ああ、でも彼から伝言を預かってるわ」 「な、なんでしょう……」 「『ちょうど俺とやり合ってた時からお盛んだったんだってな、少年』って」 「……」  キラは抵抗を諦め、視線を海で遊ぶ恋人達に戻す。それに構わずマリューは続ける。 「……まあ私としても、あの時貴方達をケアもせず放置したのは悪かったと思ってるのよ。そのせいで貴方のそういうタガが外れてしまったのなら……」 「ち、違いますよ!全然違います!」  キラはあの日の晩のことを思い出す。  モルゲンレーテの無茶振りに何とか応え帰宅し、やたら精の付く料理をフレイにふるまわれた後。 『ねえ、今夜しましょうよ。今日は大丈夫な日だから『ナシ』でいいわ』  後から考えても、その囁きでテンションを上げてしまったのは救いようのない男のサガと思わずにいられなかった。  夜も更けた頃、フレイの寝所に入り込む。いつも通り明りは付けるな、と言われていたのでそのまま彼女に覆いかぶさる。 『フレイ……』  多少冷静であれば、相手の髪の長さが違うことも、体形も微妙に異なることに気付いたかもしれない。愛撫の最中、普段は憚らず声を上げるのに、押し殺すような声しか上げないことに気付いたかもしれない。挿れる瞬間の微妙な抵抗と、悲鳴のような声に気付いたかもしれない。  気付いた時には、全て手遅れだった。 『ら、ラクス……?』 『キラ……』  行為を終え、ベッドサイドライトを付けた途端。そこにあった顔は、よく見知った、しかしそこにあってはいけない顔だった。 『な、なんで……?』 『キラ……最初は少し痛かったのですが……その、とても、素敵でしたわ』  ラクスは布団で口元を隠しつつ、赤面しながら告げる。 『あ、ありがと……いや、そうじゃなくて!』 『あらあらあら』  後ろからした声に振り返ると、満面の笑みを浮かべたフレイが現れる。 『やっちゃったわね〜キラ。それにしても初めての相手を満足させるなんて。私の時より滅茶苦茶上達したじゃない♪』  嵌められた。いや、ハメたのは自分だが。 「まさか彼女からとはね……」  マリューが目を丸くして言う。 「勝手な印象だけど、正直フレイさんってかなり嫉妬深いと思ってたわ」 「フレイは口には出さないけど、自分と同じような境遇のラクスを案外心配してるみたいで。最初会った時に酷い事言ったのも結構気にしてるみたいだし。それに……この混沌とした情勢で、身一つしかない女の子の苦労は彼女自身よく分かってますから。僕にラクスを『囲わせた』のも、彼女なりにラクスの意思も尊重した結果なんでしょう」 「『囲わせた』ね……」  言われてみれば確かに彼女らしいやり方だ、とマリューは思う。 「ま、それなら貴方もそれなりに楽しそうだし、別に良いんじゃない?一人の女性としてはどうかと思うけど」 「はは……」 「ただ今回みたいに面倒を招くような行動は止しなさい。デートは遠出して身内の居ないところに行くように。あと人前であまりイチャ付かない事。分かった?」 「わ、分かりました」  マリューの圧に押されてキラは頷くが、顔を背けてボソリと呟く。 「マリューさんだって人前でキスしてたくせに……」 「何か言ったかしら?」 「……何でもないです」 「キラー!あんたもこっち来なさいよー!」 「冷たくて気持ちいですわよー!」  フレイとラクスが遠くから呼びかけてくる。 「あ、ああうん!分かった!」  それに応え、キラもパーカーを脱ぎ捨て海に入っていく。  マリューはそれを、困ったような、見守るような、複雑な目で眺めていた。 「これとかどう?キラってなんかベルトに拘りあるし」 「うーん、わたくしとしてはそろそろ別のスタイルを探して欲しいとも思っているのですが……」  数日後、フレイとラクスは二人でウィンドウショッピングに出かけていた。自分達の服に加え、出来ればキラの服も見繕うのが目的だった。  当のキラは家で今も寝ている。キラは最近、仕事がない日は昼まで寝ていることが多い。  ……流石に自分達二人と「1日置き」は少し搾り過ぎだろうか、と思わなくもないが、キラが上手いのが悪いのだから仕方ない。時々「三人」でする事もあるが、毎回見事にこちらがノックアウトされるのは流石としか言いようがなかった。  ピンク色に染まりかけた思考を振り払い、フレイは服に意識を戻す。 「あ、これ良いんじゃない!ちょっとツナギっぽく見えるし!」 「そ、そうですわね」  ラクスは生返事を返した。  買い物を終えた後、以前から目を付けていたお洒落なカフェに入り、お茶と軽食を頼む。  途中でナンパ目的の男が何組か声をかけてきたが、適当にあしらう。  注文を待っている間、店内のテレビに何げなく目をやると、新たに就任したプラント議長が映っていた。長髪で黒髪の、歳の割には威厳を感じさせる雰囲気と声の男だった。 「アレがアンタの後任よね」 「そうなりますわね」 「どんな人なの?」 「わたくしもあまりよく知らないのです。昔は父の派閥に所属していたのですが、そこまで目立つ方ではなかったですから」 「ふーん?ま、どちらにせよアスランのパパやアズラエルみたいなのよりはよっぽどマシでしょうよ」 「……だといいのですが」  あのような者達がそうそう何度も現れても困るが、彼がそうでないという保証もない。 「……フレイさん、やはりわたくしはプラントに残った方が良かったのでしょうか」 「はあ?いきなり何言いだすのよ」 「わたくしはユニウス条約の責任を取って辞任いたしましたが、一議員として評議会に残る事も出来たのです。自分で言うのもなんなのですが、まだそれなりに支持してくれる方々もおりましたから」 「そんな事言っても今更じゃない」 「ええ、その通りです。ですが、自分にまだできる事があったのではないかと、今も時々思ってしまうのです」 「それこそ後悔したってしょうがないわよ。……私だって今までの人生、特に戦争中は後悔だらけなんだから。でも、時計の針は戻らない。自分の選択は、自分で責任を取るしかないのよ」  フレイは紅茶を飲んで一息つき、続ける。 「アンタは私と違って、自分のやるべきことを果たして、始末をつけた上で自分の幸せを求めた。それに後ろ指を指す人間なんて居ないわ。もし居たら、そいつは私がひっぱたいてあげる」 「でも、貴女とキラが静かに暮らしているところに衝動的に押しかけて……!」 「それも今更言う!?」  フレイは、半ば呆れたように叫ぶ。そして、ラクスの目を真っ直ぐ見つめ直して言う。 「そりゃ私も最初はどうかと思ったわよ。でも今、私はアンタとキラに幸せになってほしいのよ。私はともかく、アンタもキラも幸せになるべき人間だと思うから。そんでアンタはキラと一緒に居たい。ウィンウィンでしょ?」 「……キラの幸せとはなんでしょうか?」 「? こんだけの美少女二人侍らせといて不幸とか有り得ないでしょ?」  己を臆面もなく美少女と評せるのも大したものだが、厄介事の種でしかない「ラクス・クライン」という存在をキラの側において幸せというのも中々肝が太い、とラクスは思う。まあ、彼女のそういう所は嫌いではないのだが。ラクスの思いに気付くそぶりもなく、フレイは淡々と続ける。 「アンタとキラだけじゃない。アスランも、カガリも、ミリィも、サイも、ラミアス艦長達アークエンジェルのみんなも、幸せになるべきよ。平和のためにあれだけ頑張ったんだから」 「……でも世の中、そうなるべきだけではどうにもなりませんわ」 「分かってるわよ。でも、そうあって欲しいと願うくらいいいじゃない」 「であるなら、そもそも幸せになる権利は誰にだってあります。それこそフレイさん、貴女にだって」 「……私は、キラを愛してるわ。キラも、あんまり口には出さないけど……行動で示してくれてると思う。そして、二人……今はアンタもか……で、もう二度と戦場と直接関わりのないところで静かに暮らしたい。それ以上の、いったい何を望めってのよ」  ラクスはその言葉にチクリと胸を刺される。『あれ』の事を知ったら、彼女はどう思うだろうかと考えてしまう。しかし罪悪感を押し殺し、あえて別の言葉を発した。 「フレイさんは、キラの事が誰よりも大切で……心から信じているのですね」  それを聞くと、フレイは何処か皮肉気に笑う。 「バカね。自分の為に命懸けてくれた男の、今更何を疑えっていうのよ」  フレイは、自分とラクスの手元を見る。 「……もう食べちゃったわね。さあ、帰りましょう。私たちの家に」 「ふああ……ちょっと寝すぎたかな」  キラは、午後三時を過ぎてから目を覚ました。  もっとも、これくらい遅くに起きるのは一度や二度ではない。近頃は食って寝てセックスしてたまに仕事してと言う自堕落極まりない生活を送っている。そんな自分に思うところが無いわけではないが、生まれ持った性分は中々変えづらかった。 「使いもしない能力盛るくらいならやる気出る遺伝子とか組み込んでよね。本当ろくでもない……」  今は亡き自分を生み出した実父に呪詛を吐きつつ、冷蔵庫から牛乳を取り出した。  アスランやカガリの言う通り、多少は体力作りもした方がいいかも。  そう考えながら牛乳を注ぐ。疲れの原因は何より二人を相手にしていることなのだから、彼女たちをより満足させる意味でも重要だった。  そんなことを考えていると、鍵の開く音、そして続けてドアが開く音がした。 「ただいま〜」 「帰りましたわ」 「あ、お帰り」  キラは、今起きたことを気取られないように取り繕う。しかし、あまり意味はない。 「ひょっとしてさっきまで寝てた?」  フレイはジト目で問う。 「んーいや、そんな事はないよ?」  キラは目を逸らしながら言う。 「嘘ばっかり、もう」  あまり怒っているようには見えないが、それでもキラからすると申し訳なさが勝った。 「まあ、正直こんな生活もどうかと思うし、最近は多少身体も鍛えた方がいいかなって思うんだけど」 「「ええっ!?」」  その発言に、フレイとラクスは驚きを見せる。 「え?何?」 「あーいや、反対はしないんだけど……」 「そういうのは……程々にしていただけると……」 「? そりゃあ最初は程々からだけど…」 「そ、そうよね!」 「あまり無理をしてはいけませんわ!」  二人のただならぬ焦りっぷりに少し驚くが、そこまで言われると少しやる気が出てきたので頑張ろう、とキラは決意する。 「…………ねえ、キラ」  打って変わって、急にどこかしんみりした空気をまとうフレイ。 「何?」 「今……幸せ?」 「? そりゃまあ……幸せかな?」  そう言うと、フレイは急にキラに抱き着く。 「わわっ!」 「私もよ、キラ」 「わたくしもですわ」  そう言うと、ラクスもキラの後ろに回り込んで抱き着く。  空が赤く染まるまで、三人はずっと、そのまま抱き合い続けた。 〈了〉