「来たか」  オノゴロ島にあるアスハ家所有の別荘に、ラクスは呼び出されていた。  呼び出し主は別荘の持ち主にして、オーブ首長国連邦代表であるカガリ・ユラ・アスハ。ラクスの雇い主にして愛する人の実姉?でもある。 「時間がないので手短に話そう。頼まれていた『あれ』の修理が終わった」 「そう、ですか……」  ラクスの顔は暗かった。正直、解析が終わったらあのまま破棄して欲しい、というのが本音だった。しかし、未だ火種が燻る世界情勢を考えれば、「守る力」は必要だった。 「そう浮かない顔をするな。必要無いならそのまま眠らせておけばいい。あくまで保険のようなものだ」 「どこにあるのですか?」 「ちょうど我々の足の下だ」  ラクスは、思わず足元を見る。この下に、かつて自身がキラに託し、彼の剣となった『あれ』が眠っている。 「あと、これも渡しておく」  カガリは、ラクスに小さなカギを二つ、手渡す。おそらくこれが「封印」なのだろう。 「私も同じものを持っている。基本乗るのはキラになるだろうが、もしもの時はアスランが乗ることも考えられるからな」 「フレイさんには?」 「彼女には渡していない。彼女は我々と比べてもキラが戦うことを一際忌んでいるからな。それになんというか……私は彼女が苦手でな。嫌いなわけではないのだが」 「……今更ですけれど、渡すのはアスランに頼んでは駄目だったのですか?」 「アイツ、お前が来た日以降あのコテージには当分行きたくないと言い出してな。まったく使えん奴だ」  ぷりぷりと怒っているが、おそらく本気ではないだろう。 「……ま。我が弟の優柔不断さと言うか、女性へのだらしなさは正直どうかと思っているが……」 「とにかく、お前達を泣かせたら姉の私が黙っていないぞ!と、伝えておいてくれ」 「……ふふ。分かりましたわ」 「ミトメタクナーイ」 「テヤンデーイ」 「ああもう、煩い!邪魔!」  部屋を掃除していたフレイは、足元に転がる色とりどりの球状ロボットを掃除機で追い立てる。 「オマエモナー」 「サセルカー」 「ねえ!こいつらアンタが連れてきたんでしょ!ちゃんと面倒見なさいよ!」 「あらあら、皆さん掃除の邪魔をしてはいけませんよ」  ラクスがそういうと、ロボット……ハロたちは隊列を組んでラクスの私室に戻っていく。 「曲がりなりにも家政婦のくせに、何で仕事増やしてるのよ……」 「でも、あの子たちのおかげで綺麗になりましたわ」 「えっ?」  フレイが床を見ると、確かに床には埃一つ落ちていなかった。 「何なのよあの丸いの……いくらなんでも多機能すぎて怖くなってきたんだけど」 「アスランに頼めば、また作ってくれますわ」 「いや要らないから。ていうかアンタ元カレが作ったもの大事にしてるのね」 「アスランはともかくあの子達に罪はありませんもの。それに、可愛いでしょう?」 「……ノーコメントよ」  掃除が一段落した後、二人はお茶を煎れくつろぐ。キラはモルゲンレーテに呼び出されて不在だ。お金には全く困っていないが、アスランなどから怠けているのは良くないと言われたので、ネットや企業からの依頼でプログラムを組み小銭を稼ぐのが今のキラの仕事だ。いつの間にか大きなプロジェクトに巻き込まれ、呼び出しまで受ける羽目になっているのがらしいと言えばらしいが。 「でも、少し意外でしたわ」  唐突にラクスが話を切り出す。 「? 何がよ」 「わたくしを雇ってくださった事。てっきり門前払いを受けるものかと」 「言ったでしょ。アンタが弁えてるなら私はそれでいいの。アンタも私と一緒で、他に行き場がないし他に行きたいところもない。違うかしら?」  紅茶にカロリーオフの砂糖を注ぎながら、フレイは何でもないことのように言う。 「……そうですわね」 「じゃあ、今度は私が聞くわ……何時からよ?」 「? 何時から、とは?」 「何時からキラが好きだったの、って聞いてんの」 「まあっ」  思わぬ質問に、ラクスは少し顔を赤らめる。 「実を言うと……初めてお会いした時から、ですわ」 「一目惚れ、ってやつ?」 「はい」 「ふーん……」  そこは自分より先だったのか、と思うと僅かな悔しさもあるが、結局は自分が先んじたのだからそこはトントンか、とも思う。 「ん?でもキラとサイ達がアンタを返したのって婚約者……アスランによね?アンタ婚約解消前からあいつ好きじゃなかったの?」 「……あまりこういう事を申し上げるのは宜しくないのですが、異性としてはあまり合いませんでしたの。友人としては悪くないのですが」 「へえー、身体の相性悪かったんだ。意外」  その唐突な一言に、ラクスは顔を耳まで真っ赤にする。 「ま、まずそこまで行けていません!それ以前の問題ですわ!初めてのデートでジャンク屋に連れて行ったり、私がハロを『気に入った』と言うと、延々と同じ物を作ってデートのたびに持ってきたり……今思えば、アスランの方も私には異性としてあまり興味がなかったのでしょう。今のカガリさんとの関係を見ていると」 「互いに不幸な関係だったわけね」 「フレイさんこそ、婚約者がいらっしゃったと聞きましたが。サイさんでしたからしら。あの方もまだキラと仲良しですわ」  話題を逸らすようにラクスが振る。 「うーん、サイの件は私の方が全面的に悪いから。なんか私のいない所で仲直りしてたみたいよ」  キラは勿論だが、サイにも酷い事をした。正直、二人が仲直りしていて一番安心したのは自分だろう。自分がサイとも「シて」いたらもっと話が拗れたかもしれない。  ……しかし結果論とは言え、傍から見れば友人の婚約者を二人も寝取っているのに友人関係を続け、その寝取った女二人と同棲生活を送っている…… 「……あれ、ひょっとしてキラって結構ヤバい奴?」 「そこは今更ですわ」  そう言うと、二人はくすくすと笑い合う。 「ふふ、でもなんか安心したわ」 「何にですの?」 「今更コーディネイターがどうこう言う気は無いけど、それ以前にアンタ自身が一体何考えてるか分かんなかったんだもの。ぽわぽわしてると思ったらいきなりMSだの戦艦だの盗んだり、連合のお偉方と停戦協定結んだり、かと思えばいきなり押しかけて来たり……正直言わせてもらうけど、キラもアスランもアンタが分からないって言ってたわよ?」 「……そう、ですか……」 「でも分かった。アンタだってただの女の子じゃない。気の利かない婚約者にイライラしたり、嫉妬もすれば嫌味も言う。恋した相手のためなら多少の無茶もする、普通の女の子ってこと」  それを聞いてラクスは少し呆けていたが、そのうち、目から大粒の涙を流し始めた。 「うっ……ううっ……」 「ちょ、ちょっと何!?」 「わたくし……そんな風に言って頂けたのは初めてで……皆、歌姫や、シーゲル・クラインの娘としての役割しか、私には求めなくて……ううっ」  ラクスは、フレイの目もはばからず泣き続けた。まるで何年間も溜め込んだ涙を押し流すように。  ひとしきり泣いた後、ラクスは改めてフレイに向き直る。 「フレイさん。以前は、お断りされてしまいましたが……あらためて、わたくしとお友達になっていただけませんか」  そう言うと、ラクスは手を差し出す。 「……しょうがないわね」  フレイはフッと笑うと、差し出された手を取る。  ナチュラルとコーディネイター。  大西洋連邦事務次官の娘とプラント評議会議員の娘。  良くも悪くもあけすけな自分と、ぽわぽわしてるようで何を考えてるか分からない、それでいて実際は普通の女。  婚約者を捨てた自分と、婚約を解消された女。  戦いの中で父親を失い――戦いの中で、同じ男に惹かれた。  何もかも正反対なのに、最後の共通項で何故か親近感を覚えて笑ってしまう。 「これから、よろしくお願いいたします。フレイさん」 「こちらこそ、よろしく」  手を離した後も、しばらく見つめあう。まるで時が止まったかのようだった。 「ああ。そう言えば、ずっと気になっていたのですが……」  ふと思い出したようにラクスがつぶやく。 「何?」 「時々仰っしゃられている『弁える』とは、具体的にどのような範囲なのでしょうか?」 「え?ああ、それは……」  フレイはしばらく思巡する。  その様子を見てラクスは、ああ、やはり浅ましい望みを持つのは止めよう、と決めた。  ありのままの私を見つけてくれた彼女のために、側で二人を見守るのが私の取るべき道なのだ、と。 「……子供を作るな、は酷よね。私より先に子供を作るな、くらい?」 「…………はい?」  あまりにも予想外の答えに、ラクスは呆然とする。 「あ、でもオーブの相続関係まだ把握してなかったわね。嫡出子と非嫡出子の相続率はっと……」 「ま、待ってください」  ラクスは思わず止めに入る。 「その、押しかけた身で言うのもなんなのですが……フレイさんはそれでよろしいのでしょうか?」 「何が?」 「わたくしをその……公認の愛人……?にすることに」 「別に良いんじゃない?私のパパもそれなりにそういうの居たみたいだし。私には隠してるつもりだったみたいだけど」 「それにキラってカガリ……オーブ代表の弟で本人もお金持ちじゃない。立場的にも経済的にも実績的にも問題ないわよ。キラなら絶対最後まで面倒見てくれるでしょうし。あ、そう言えば最近オーブ士族のスセ家?だったかの当主が愛人問題で週刊誌にすっぱ抜かれてたわね。ああいうのは気を付けないと」  フレイの思わぬ懐の深さ?を見せつけられ、ラクスは人生最大の混乱を迎えていた。 「あっそうだ。腹割って話せた記念に、今夜辺り行っときましょう。私が許すわ」 「!?」  さらなる爆弾発言に、ラクスは再度、顔を真っ赤にする。  更にタイミングの悪いことに、第三の登場人物が現れる。 「ただいまー」 「あっ、キラ!お帰りなさい」 「まったく大変だったよ。新型可変MSのOSを突貫で組んでくれだなんて。まあ何とかなったけど……」 「お疲れ様」 「おまけに報酬は上乗せするからテストパイロットまでやって欲しいって……ってあれ?二人でお茶してたの?」  キラは、テーブルの上に置かれた茶器に目をやる。 「ええ、そうよ」 「へぇー、珍し……って、どうしたのラクス!顔真っ赤じゃないか!」  初めて見るラクスの赤面に、キラは大きな衝撃を受ける。 「大丈夫、熱でもあるの!?」  キラは思わずラクスの肩を掴み、心配そうな顔で問いかける。 「あ……あ……」  先ほどの会話が脳内にリフレインし、ラクスはまともにキラの顔を見る事が出来ない。 「し、失礼しますわ!」  ラクスは思わず、キラを振り払って私室に逃げるように戻っていった。 「えっと……何があったの?ラクスは……大丈夫なの?」 「ええ、きっと大丈夫よ」  そう言うと、フレイはどこか妖しく微笑む。 「さーて、今日は精の付くもの作らなくっちゃ!」 「えっ?ああ、そうだね……」  台所に入る前、フレイは再度、キラに微笑みを向ける。  その顔は、かつて自分を戦場に引き込んだ時のような恐ろし気な妖艶さを含んでおり、キラは何故か、得体の知れない寒気を覚えた。 〈了〉