「おい、パー公。今暇だな、ちょっと面貸せ」 休日を与えられたパーシヴァルは図書館で本を読んでいた声を掛けられ、なんか感じ悪い人だなぁと一瞬思いながら顔を上げた。 「あ、ケイ…さんだ」 見覚えのある顔にぺこりと頭を下げる。 「なんで今さん付けに間があった? それとサー・ケイと呼べ」 ケイは腕を組み、パーシヴァルを見据えながら不満そうに言った。 「サーとか卿なんて堅苦しくて仕方ないって言ってたのケイさんなのに…」 パーシヴァルは不思議そうに首を傾げる。 「公の場では弁えろって話だ、怒られるのはお前だぞ」 パーシヴァルの様子を鼻で笑うと皮肉げに口の端をつり上げた。 「むぅ、ではなんでしょうかサー・ケイ?」 先生、グルネマンツに教わった通りに仰々しく頭を下げる。 「ちょっと手を貸せ」 パーシヴァルの嫌みも歯牙にも掛けず、外を指指すケイ。 「命令ですか?」 「お願いだが?」 パーシヴァルとケイの視線が交差する。 「…………仕方ないなぁ」 読んでいた本をパタンと閉じると持っていた革袋へとしまうと椅子から立ち上がるパーシヴァル。 仕方ないから手伝ってあげます!えっへん!とでも言わんばかりに膨らみ始めた胸を張る。 「本当に良い度胸だな、お前」 そんなパーシヴァルを見てケイはぁ、と大きくため息を付くと額に青筋を浮かべた。 ケイの頼みたい事とは荷物運びだった。 ケイは小さな木箱を一つ、パーシヴァルは三つ抱えて城内を歩いていく。 「悪いな、急な来客で食材を厨房に運ばなきゃならなくてな」 前を向いたままでケイは珍しくパーシヴァルを気遣うような素振りを見せる。 素振りでしかないのは箱の数を見れば明らかだが。 「いいえ、ご公務であれば構いません。それにしても良い食材ですね」 箱の中の食材をちらりと見る。 騎士達が食す干し肉ではなく、採りたての果実や食肉だ。 鶏肉も野生の鴨やアヒルではなく、キャメロットで飼われている鶏だった。つまりは結構な身分の人に提供される料理なのだろう。 「分かるか? マルク王に振る舞う料理だ」 ケイはパーシヴァルの食材を見る眼に少し感心したようで若干声色が柔らかい。 いつもこうならみんなから距離取られないのにな、とパーシヴァルは口に出さず思った。 「マルク王……確かコーンウォールの王、トリスタン卿の叔父上様ですね」 「ああ、マルク王とは色々あってな、立場上もてなさなきゃならないのさ」 ここで誰ですか?等と言えば皮肉の一つも飛んだのだろうが、流暢な受け答えに気分が良いのかケイは珍しく毒がなく饒舌だ。 「トリスタン卿は今朝出立なさいましたけど…?」 遠征に向かったトリスタンの姿を思い出し、首を傾げる。 叔父なのだからトリスタンに会いに来たのではないのか?といいたいのだろう。 「……アーサーの直感だな。まぁ、あまりお互い顔を会わせたくないだろうし丁度良かった」 「家族なのに顔を会わせたくないんですか?」 ケイの何処と無く誤魔化そうとする様子にパーシヴァルは不思議そうに首を傾げる。 血の繋がった家族なのに会いたくないなんて良く分からない。 「そういうこともある。……お前にもその内分かるさ」 「ふーん……」 この話はもう終わりだ、とでも言いたげなケイの様子にパーシヴァルも相槌を打ち、押し黙る。 それから暫く無言でてくてくと二人で歩いていて厨房の前まで来た。 「おっ、着いたな。ちょっと待ってろ」 ケイの言葉にパーシヴァルは素直に頷いた。 「ボーメイン!ボーメインはいるか?」 ケイの大きな声が外まで聞こえた。 ボーメイン、美しい…白い手と言う呼び方にふと厨房を覗き込む。 調理の熱気と調理用の服と帽子で姿は良く分からないが、ケイより小柄な誰かがなにやら話をしているようだ。 (なんだろうこの感じ…あるべき場所にあるべきものがないというか…) 胸の感覚、ざわめきにパーシヴァルは厨房から頭を戻した。 「おう、待たせたな。後は厨房の奴等がやってくれるから置いていてくれ」 「ケイさん」 片手を上げ、上機嫌なケイの目を真っ直ぐに見つめパーシヴァルは話し掛けた。 「なんだ?」 「あのボーメインさん?ですか」 「俺が付けてやった渾名だ、あんな白い手の奴は厨房係でもやってりゃいい」 「あの人なんで厨房係なんてやってるんですか?」 「どういう意味だ?」 パーシヴァルの言葉にスッとケイの目が細まる。 「あ…ごめんなさい! なんとなく、なんとなくなんですけど多分あの子本当は騎士である筈なのにって思ったんです」 ケイの態度に余計な事を言ったと思ったのか、肩を落とししょんぼりとするパーシヴァル。 「人には人の役割があるってことだ、お前は余計な事を言わなくて良い。ほら、りんごやるから帰れ」 パーシヴァルの表情にばつの悪そうな表情を浮かべると、ケイはパーシヴァルにりんごを投げた。 「わっ!投げないでください! これってお駄賃?」 パーシヴァルはりんごを両手で受け取ると、くるりと手のなかで回して見る。 と、そこで何かに気付いたように顔を上げた。 「お駄賃だよ」 口元に笑みを浮かべるケイ。 「りんご一個かぁ…けち」 りんごをしまいながらぼそりと呟くパーシヴァル。 木箱を3つ運んだのだから3つはほしかった。 「貰っといて文句言うな!ほらっ!さっさと帰れ!」 しっし、と手でパーシヴァルを追い払うケイ。 パーシヴァルは少し不満そうに頬を膨らませながら去っていった。 「全く変なところで鋭い奴め…」 パーシヴァルの姿が消えたことを確認してケイは壁に背を預けると厨房から拝借したもう一つのりんごを齧る。 ─────ケイ兄さん!リンゴをもらいましたから一緒に食べましょう! 一瞬、脳裏に浮かぶ過去の情景。 その面影とボーメインの顔が重なる。 齧ったリンゴはまだ熟れていなかったのか、少し酸っぱかった。