御前試合とは、ただ騎士たちが名誉をかけて競い合う場ではない。  どれだけ盛況な騎士を揃えているかという王の権威を示す場でもあり、また時には権謀術数が飛び交う社交の場でもある。  催されるとなれば地方や外国からそれぞれの土地の領主や王らが集う。数日に渡って行われるそれは来客である彼らをもてなす祭典という側面もある。  公主や貴婦人たち、そして我らが王が見つめる中、昼間は騎士たちがその精強を示し、夜はご馳走が振る舞われる宴会が用意されるという寸法だ。  キャメロットはただ威張りたいがためだけに試合を執り行うということが無いのでそう頻繁に行われなかったが、それでも周囲との結びつきを保つため定期的に開催されていた。  だからまだまだ騎士としては若輩者のパーシヴァルも試合用の長槍を纏めて担いでえっちらおっちらと運んだりしていたのだ。  馬上槍試合の準備は彼女たちのようなまだ誉れの少ない若い騎士たちの仕事だった。苦労ばかりではない。自分のためでもある。  円卓の騎士を含む高名な騎士の試合は最終日に組まれているので前座の扱いではあったけれども、王の覚えを良くするにはこういう場で名誉を得るのが近道のひとつなので数少ないチャンスでもあった。  「よいしょ、よいしょ………あ、凄いや」  重たい長槍を肩で支え、試合が行われている中央広間の外縁を歩いていたパーシヴァルは突然わっと沸き立った歓声に耳を澄ませた。  キャメロットの御前試合は贅を凝らした趣向などはなくひたすら質実剛健なものであるが、その分参加する騎士たちも意気軒昂でありレベルが高い。  柵で仕切られた丸い試合場ではそれを証明するように槍と鎧が奏でる鉄のぶつかり合う音と、騎士の武勇を称賛する観戦者たちの囀りが絶え間なく響いていた。  これほど大きな歓声が上がるということはきっとよほどの騎士が会場を沸かせているに違いない。  パーシヴァルはつい外縁から試合場を仕切る衝立の方へ近寄り試合の様子を見ようとする欲心を抑えつけた。  自分の仕事も果たさない内から試合を見耽ってしまったら叱られてしまう。ただでさえ好奇心には弱いほうなのだからちゃんと律しなければ。  うんと一度大きく頷いたパーシヴァルは長槍を担ぎ直して再び外縁を歩き出した。  ───と。進んでいる内に、衝立の間の通路に立ちそこからひとり試合場を見ている人影が見えてきた。  今のパーシヴァルの身分よりまだ遥かに高位の騎士ではあったが何かとよくしてもらっているので面識のある騎士だ。  夜の湖面のような艷やかな黒髪と飴色を帯びた肌。涼やかさが匂い立つようなのっぽのトリスタン卿は面白そうに微笑を浮かべていた。  その視線がちろりと近寄ってきたパーシヴァルを撫でる。にこりと笑顔を浮かべたトリスタンはパーシヴァルを手招きで誘った。  「ごきげんよう、サー・トリスタン。試合は盛況なようですね」  「ごきげんよう、サー・パーシヴァル。ええ、きっと我が王もお喜びでしょう。さて、卿の出場はいつだったでしょうか」  「明日です。今日は御前試合の運営の方に割り当てられています」  だから今日のぶんの御前試合が終わったら、日が落ちるまで明日の試合のために最後の特訓をしたいものだ。  そうですか、と答えてトリスタンの視線が再び試合場の方へ向く。会場のざわめきは収まってない。  彼は鎧姿ではなかった。当然だ。円卓の騎士のひとりである彼は最終日までは何の役職も無い。  だが一見はそれまで試合と宴会を楽しんでいるだけの彼らも実は決して楽ではないと先輩騎士は言っていた。  彼ら円卓の騎士は我らが騎士王と共に、様々な場所からやってきた要人の相手をしなければならない。たった一言が直接キャメロットの利益や不利益に繋がるような渡り合いだ。  こういう時力を発揮するのがランスロット卿やトリスタン卿といた外交に強い円卓の騎士なのだということも教えてくれた。  腕組みをしたまま観戦する平服姿のトリスタン(肩には美しい色合いの肩掛け。相変わらずの伊達男だ)がぽつりと言う。  「明日か。それは残念だ。あの騎士とあなたが試合をするところを是非見てみたかった」  「あの騎士………ですか?」  怪訝そうにパーシヴァルが答えるとトリスタンが腕組みを片腕だけ解き、ジェスチャーで試合場に繋がる通路の先を示す。  慌ててパーシヴァルは縦に振りそうになった首の動きを急遽横回転させた。  「お、お誘いは身に余る思いなのですがっ、今は試合に使う槍を運んでいる最中でしてっ! 私ひとり怠るわけには………」  「少しの間ならば大丈夫ですよ。咎められたなら私の名前を出すとよろしい。それで通るようにしておきます」  そういうことなら喜んで。  もともと先程から心はぐいぐい試合場の方へ引っ張られていたのである。円卓の騎士から直接背中を押されてはもう居ても立っても居られなかった。  長槍の重さも忘れ、小走りにトリスタンの横へと駆け寄ったパーシヴァルはそこから一段低いところに作られている中央の試合場を目の当たりにした。  柵で丸く区切られた試合場の外側は人でいっぱいだ。貴賓席はもちろん、キャメロットに在籍する騎士たちも。多くの人々が興奮してざわめきあっていた。  全てを見下ろす高台には我が王の玉座があり、王が泰然とした姿で試合を観戦していた。横についているのはベディヴィエール卿か。  そして試合場では、今まさにふたりの騎士が馬に乗って向かい合い、互いに突進をかけて激突しようとしていた。  「─────っ!」  炸裂音。  パーシヴァルは思わず息を呑んだ。  背格好はそれほど大きくはない。パーシヴァルと同じくらいだ。男の大柄な騎士も一定数いる中、華奢な方と言ってもいいだろう。  つまりは、体格で劣る以上馬上槍試合では上から槍をぶつけられ、馬から叩き落される可能性も少なくないということだ。卑怯などではない。  体格が勝る者が体格の劣る相手を敵にする際の立派な戦術だ。これが単純にして強力だから常識では馬上槍試合は体格の大きいほうが有利とされる。  それをあの騎士は一瞬の判断と素早い身のこなしで相手の槍を避け、代わりに相手の胸当ての上から槍を叩き込んだ。全て激突する瞬間の出来事だ。  もしパーシヴァルならどうしていただろう。おそらく勘で避けて当てていた。あの騎士のような稲妻の判断力ではなく獣の如き呼吸をもってしたものだ。  師グルネマンツから教わった闘争法は相手の搦め手に躓かないためのもので、パーシヴァルの本質的な戦闘力は生まれ持った感性に由来している。  あの騎士が見せたのはパーシヴァルとは違う強さであり、即ち巧さと素早さが高い次元で融合していた。  「すごい………」  「はい。これでもう4人抜きです。………私でも目を見張りますね。尋常ではない。ひょっとしたら円卓の騎士相手にもいい勝負をするかもしれません」  対戦相手の騎士が馬から転げ落ちる。一拍遅れて爆発するような歓声が会場内に轟いた。  思わずぽつりと漏れたパーシヴァルの呟きにトリスタンが答える。珍しくこの瞬間だけ腕組みをして見つめるトリスタンの微笑が引っ込んでいた。冷徹に分析する戦士の目をしていた。  パーシヴァルの目が、きゅっと細まる。  「だから惜しい。この舞台で若手随一である卿とあの騎士が手合わせするところが見られなくて。名勝負になること間違いなしですのに。   ───パーシヴァル卿。目が怖いですよ。まるで獲物を前にした獅子のように鋭く尖っています」  「………。………え? あ………そんな目をしていましたか、私」  「ええ。とても。ですが良いことです。   伸び盛りの頃、同世代の中で切磋琢磨するのに同じレベルの競争相手がいるというのは幸せなことだ。私は終ぞそれには恵まれなかったので余計に思います」  「はぁ………。………同世代?」  「ええ」  驚くパーシヴァルと微かに頷くトリスタンが見つめる中、馬から降りたその騎士は試合場の隅で兜を脱いだ。  兜の中で押し込められていた濃い青………紫とも言える髪がばさりと広がる。ふるふると軽くかぶりを振ると汗が飛び散って陽光を反射しきらきらと光り輝いた。  会場中の視線がその騎士に降り注いでいたのだが、何故か騎士はその視線の中から会場の端から向けられるふたつの視線を選び取り、静かに眼差しを向けてくる。  視線を受けたトリスタンが騎士へ向けて小さく頷いてその戦いぶりを讃えながらパーシヴァルへ向けて言った。  「名を、サー・ギャラハッド、と」  「………ギャラハッド………」  こくりとパーシヴァルは喉を鳴らす。  こちらに向けられていた視線はまるで大粒のサファイアのように、どこまでも深く深く光を吸い込むような青い色をしていた。