母の赤子になって5年が過ぎた。 薄暗い白塗りの面会室。その扉が開いた時、自分は立ち上がる身体を抑えきれなかった。 しかしそこにいたのは母ではなく、恰幅の良い壮年の医師の姿だった。 医師は眉根を寄せたまま、会わせることはできないと告げた。 曰く、まだ彼女の動機が明らかになっていないこと。 収容されてから一言も喋らず、充分な診察すら行えていないこと。 病院の職員が彼女の手によって何人も幼児退行されており、未だ危険な状態であること。 それが面会謝絶の理由だった。 母が病院を脱走した、という話を聞かされたのは、自分が元関係者だからかどうかは定かではない。 ただ、数件のニュースが世間を騒がせる数時間前。ウマ耳を持った女性捜査官に開いた手帳を向けられた時には、驚きと共に、誇らしい気持ちも徐々に湧いてくることを自覚していた。 公僕にも母を止めることはできない。母と共に積み上げたトレーニングの日々は、多くの栄光だけでなく、彼女自身を救うことにもなったのだ。 何を質問されたかはもはや問題ではなかった。気にもならなかったし覚えてすらいない。 晴れやかな面持ちで彼らを送り出してすぐ、しかしそうではない、と思い直した。 母はどこにいるだろうか。もう残暑も過ぎた。きっと寒い思いをしているだろう。 せめて自分なら連絡が付くのではと、心当たりに電話をかけたが、その足取りを掴むことは叶わなかった。 10月も暮れの夜は、満月だった。 既に消灯されてしまった学内でトレーナーとしての残務を終わらせ、デスクの灯りを消す。 ノートパソコンを閉じると、まだ使われているグラウンドの照明が、月明かりのように校舎の中にも差し込んできていた。 その青白い光が射してくるトレーナー室のソファに、母が座っていた。 目を疑った。業務の終わりを見届けて、労ってくれたあの笑顔。あの日とまったく変わらない姿勢。記憶のままの姿の母がそこにいた。 学園の周囲にも公僕の目があったはずだ。しかし、そんなものは気にもしなかったのだろう。 擦り切れた入院着を包帯で繕った姿は少し痛々しいが、どこか怪我をしている様子もなく、その姿は余裕にあふれていた。 仕事疲れで幻覚でも見たのだろうか。その考えはすぐに振り払った。たとえ幻覚でも見続けていたい。 母の胸の中に倒れ込むと、記憶の中の柔らかさがその現実を伝えてきた。 母の抱擁が身体を包んでいく。しばらく忘れていた原始的な安心感に全身を包まれる。 ママですよ、と。いつものあやすような調子は無く、噛みしめるような言葉。 固く巻かれた胸のテーピングが、手品の様に容易く解かれた。 はたり、はたりと落ちる包帯の切れ端が、自分の意識を20年以上前に巻き戻していく。 隔たれた5年の歳月は、母と自分の関係には何の障害にもならなかった。 戒めから解放された母の乳房の影が、目の前に広がった。むしろ止まっていたのだ。そして今から時は動き出す。 月明かりを頼りに、母の先端を探し出す。久方ぶりに見たそれは、記憶より少し肌白く映った。 それを口に含む。記憶と変わらない柔らかさに、脳が焼けるような感覚がした。固く錆びついていた脳内麻薬の栓がこじ開けられ、溢れ出た快楽が頭の中で反響する。 すぐにズボンを下ろす。下着を脱ぐまでもなく、前開きから陰茎が飛び出した。額に優しくキスを受け、母の細く長い指が陰茎に絡みつく。 乳房を吸う口と陰茎を慰める手で自分と母が繋がる。ここから乳が出たらどれだけ素晴らしいだろう。ささやかな希望と共に勢いよく吸い上げると、母の艶めかしい声がくぐもって聞こえた。 その願望を悟ったかどうかはわからない。ただ、母の優しい微笑みと、おっぱい美味しいですか?という声が聞こえた。 その言葉だけで涙が溢れた。口に含んでいるものに、微かに甘いものが交じるような気さえした。 母の腕に抱かれ、乳を受け、母の手で精を促される。これほどの幸福があるだろうか。時計が左回りを刻んでいく。 母ともう一度やり直そう。あの苦悩と栄光で彩られたトゥインクルシリーズを、友情と信念で煌めいたアオハル杯を。 時計が回るほど、輝かしい過去が迫ってくる。母の泣き顔が、笑顔が、あの舞台で撫でられた頭の感触がフラッシュバックする。 その度に、会陰部が締め付けられる。母によって満たされた原始的な欲求は階段を登り、階段を登る度に子種が迫り上がる。大舞台で輝きたいという願望は、牝に子を成させたいという欲求に結実していった。 遡る記憶が最初の出逢いにまで至った瞬間、陰茎は精を吐き出した。出逢いから今までの全てを押し固めたような粘度を持ったそれは一回では終わらず、二回、三回と波を作って鈴口から漏れ出した。 吐精を見届けた母は、乳房を仕舞っていた包帯で雁首を絞るまで丁寧にぬぐってくれた。 その後、公僕が学園を包囲していた話を、自分は人づてに聞くことになった。 菊花賞の時期に現れるという、白いメンコを付けたウマ娘の噂など、自分たち親子が知る由もない。