トゥインクルシリーズへと数多くのスターを輩出してきた名門の家であるメジロ家。 その邸宅にて二人のウマ娘が和気藹々と談笑していた。 「マックイーン。改めて、G1初制覇おめでとう!」 「ふんっ、当然ですわ。菊花賞など通過点、年明けには阪神大賞典を足掛かりに春の天皇賞も制覇します」 「じゃあ春天でリベンジだね。菊花賞では後れを取ったけど、今度は負けないよ!」 「いつでもどうぞ。返り討ちにして差し上げます」 メジロ邸へと赴いた二人の目的は菊花賞の報告である。 G1を制覇したメジロマックイーンはもちろん、入賞を果たしたメジロライアンも立派な結果には違いない。 「おはいりなさい。マックイーン、ライアン」 「「はい。おばあ様」」 ─────────────── 報告に訪れた彼女たちに”おばあ様”は叱咤激励とともに祝福の言葉を贈った。 尊敬する人からの言葉を聞き終えた二人は雑談を交えながら邸宅を出てトレセン学園へと戻ろうとしていた。 「よぉーっし、有馬にむけてまた筋トレしないと!」 「こちらも年内にはレースの予定はありませんが……体がなまらず、かつ消耗しない内容のトレーニングについてトレーナーさんと練習内容を見直しませんと」 「ふふっ。ジュニアの頃から変わったよね。ぜーんぜん自分のトレーナーのこと信用してなかったのに」 「あら、私を大器晩成型だと見抜いた慧眼については初めから認めていましたわ」 「それ以外は?」 「……まあ、多少はマシにはなってきたといったところですわね」 「素直じゃないなあ〜」 と、他愛もない事を話している最中、マックイーンのかばんが震えた。 正確にいえば、かばんに入っていたスマートフォンの振動だ。 「あら?だれから……」 と、マックイーンがスマートフォンの画面を確認した次の瞬間、 「いやああああああ!?」 メジロ家のご令嬢としてはあまり似つかわしくない声が響いた。 「ど、どうしたの、マックイーン!?」 マックイーンの顔面は蒼白である。その目は取り落としたスマートフォンのロック画面へと向けられていた。 「ら、らいあん、そ、そそそれ……み、見間違いですわよね……?ちょっと見てくださいませんか……?」 「へ?えーっと……え!?『契約を解消しましょう』!?これマックイーンのトレーナーさんから!?」 「最後の望みを大声で絶たないでくださいまし!」 マックイーンの精神はもはや限界をむかえていた。 ライアンからスマホを奪いとり、胸に抱えて涙目でうずくまっている。 その間にもスマホはぶるぶると震えるがマックイーンは見ることもできない。 「大変だ、早く確認しないと!大事なことだし……」 「い、いやですわ!これでもしも別のウマ娘を担当したくなっただとか言われてたらもう、私は立ち直れません……!」 「いや、わかんないじゃん。ドッキリとかかもしれないし……」 「で、でしたら、ライアンが確認してくださいませんか……?だめそうな内容だったらちょっと、ぼかす感じで……」 「ええ……いやロック掛かってるだろうし……」 「……」 マックイーンは画面を見ないように指紋認証を作動させてスマートフォンをライアンに渡した。 「えーっと……何々……」 「ど、どうです…?」 真剣に読んでいたメジロライアンだが次第にあきれるような表情になっていった。 「……自分で読みなよ、マックイーン」 「え、大丈夫なんですの!?平気なんですの!?」 「まあ、うん」 恐る恐るといった具合で、震えながらマックイーンはスマートフォンに目を向けた 『契約を解消しましょう』 『以前からあなたがおっしゃっていた通り、私は多少マシな新人トレーナーでしかありません』 『私はこれからもあなたとの契約を続けたいとは思いますが、それをあなたは望まないでしょう』 『菊花賞を獲った今であればあなたの望むトレーナーと契約を結べるはずです』 初めに震えが止まり。 次に内容を反芻し。 そしてまたふるふると震えだした。 「……ライアン。私は少し用事ができました」 「あ、はーい。またねマックイーン」 その後、彼女のトレーナーがどんな目にあったかは知らない方がいいだろう ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ マックイーンが菊花賞を獲った。 豊富なスタミナをはじめとしたクラシック級とは思えない身体能力、直前までのトレーニングでは絶好調、前走2着という敗北で油断をも切り捨てた。 今の彼女ならばこの結果も当然といえるだろう。 私にとってもうれしいことだが少し寂しいとも思う。 おそらく、彼女は私の元から離れていくだろうから。 メジロマックイーン。名門メジロ家のウマ娘。だが彼女とトレーナー契約を結ぼうとするトレーナーは少なかった。 ステイヤー適性こそ見えるものの、プライドの高さに起因する他ウマ娘との不和、先天的な瞬発力のなさ、微妙な選抜レースの結果、そして彼女が名門であるが故に、育てたしても実績となり難い、といった問題があった。 正直スカウトしたくない要素がそろっていた。だがそれを踏まえてなお、そこの知れない満たされぬ器を彼女の走りに感じた。 このままでもそのうち芽を出すときは来るだろうが、マックイーンの活躍する機会を少しでもつくってやりたかった。 スカウト契約の仕方などわからなかった私は、彼女の走りに感じたことをそのままに彼女に伝え、そしてこう言った。 『新卒のトレーナーと契約など不本意でしょうが、今の状況から言ってベテランのトレーナーと契約を結ぶの至極難しいといえるでしょう』 『レースを勝てるだけの力をつけるまでの間だけでも構いません』 『重賞を取りましょう。結果をだせばどんなトレーナーからだって引く手数多です』 そうして彼女のトレーナーとなった。 彼女にはできうる限りのことをした。 食事制限が辛いのであれば、低脂質の甘味つくってやり、怪我をすれば病院まではこび、レースのローテーションとそれに合わせたトレーニングプランは寝る間を惜しんで練った。 実力不足を感じる場面は多々あったが、先輩や同僚、友人に支えられ、何よりマックイーンに助けられ、何とかここまでこれた。 だがもうそれも終わりだろう。 菊花賞の前の事だ。 『覚えていますか?スカウトの時に言ったこと』 『ええ、もちろん覚えています。教えてもらうトレーナーは決めていますの』 そういって不敵にマックイーンは笑った。 『私が菊花賞を獲ったら、すぐにそのトレーナーの元に行こうと思います』 菊花賞の結果はご存じのとおりである。 勝った後に駆け寄ってきた彼女の笑顔は忘れられない思い出になるだろう。 『来ましたわよ、トレーナーさん』 というのはどういう意味なのかよくわからなかったが。 ともあれ、名残惜しいが私の役目は終わりだ。 契約を解消しよう、という旨のLINEを送ったところ、 『話したいことがあります。直接会いましょう。今私は菊花賞の報告のためにメジロ家にいます』 『トレーナーさん、時間があるのならこちらにきていただけますか?』 と返ってきた。 引継ぎのための準備などだろうか。 快諾して私はメジロ家へと向かったのだった。