北海道の澄み切った青空。爽やかな風に乗って流れてくるざわめきを分けてゲートに入る。 GⅢ、1200m、いい加減勝ってブーなんちゃらと一緒にされるのも終わりにしよう。 胸の前で手を合わせ、瞑想。冷ややかな空気を太ももに感じながら、静寂の中で研ぎ澄ます。 号砲と同時に母譲りの脚が弾ける。その勢いは想像を超えて、あらゆる感情を置き去りにした。 しかし、ペースを取って4番手に控える。短距離レースは一瞬だ。常に頭を回せ。 位置を保ちながら先頭を見据える。ハナを取っているのはあのオカマだ。逃げのペースが落ちたところで差しに行く……! 第4コーナーに差し掛かる。睨んでいたアイツのペースが僅かに落ちた! (行くッ!) 全霊を脚に回し蹄鉄で地面を抉る。世界から色も、音も、自分さえもが消える。 そう、この感覚が────── 『───そして16番のカレンチャン!カレンチャン前から──────」 ──世界に色が戻る。耳に雑踏が流れ込む。 眠っていた理性が起きて、内心がパニックを起こす。 言いやすいのは分かるし言いにくいのは分かるけど本番で間違えるなバカぁ! (ヤバイヤバイヤバイ!) 必死で足を回し食らいつく。アイツのペースこそ落ちているが、周りの追い上げが喉元に迫っている。 歯を食いしばってとにかくアイツだけを追いかける。耳障りな実況も、限界に張り詰める脚も無視して。 とにかく、とにかく追いつけと────── 横目でゴールが見えるのと、レースの結果を理解するのと、それに絶望するのが同着だった。 「はぁ……はぁ……くそぅ…」 汗をぬぐい敗北を噛みしめている私に大きな影が落ちた。 「はぁ…ふぅ……残念だったわね」 「……そうね、まさかあなたに逃げきられるなんて──」 「そっちじゃないわぁ、あのダメダメ実況のことよん」 「……はぁ」 無力に打ちひしがれている間、しばらくアイツが慰めてくれていた。 まぁ、負けを実況のせいにするつもりもないけど。 それから数日後、急に両親が北海道に行くなどと言い出した。 かと思えば函館レース場から謝罪の菓子折りを"もらって"帰ってきたというのだから、案外一番怒っていたのは両親なのかもしれない。