(1) 選抜レースでそのウマ娘を見た時にこう思った なんというむき出しの闘争心か、噛みつかんばかりに前を行くウマ娘に迫るその走り 走りもレース運びも粗削りそのものだが、彼女の素質を研ぎ澄ますことが出来れば、それはどんな光景を見せてくれるだろうか レース後、気がつけば俺はそのウマ娘──シンコウウインディの担当に名乗りを上げていた   まさか本当に嚙みつこうとして走っていたと、そう知るにはそれほど時間は必要としなかった 専属の担当となってしばらく経ち、ウインディの性質がだんだんと理解できてきた 生粋のいたずら好き・重度の噛みつき癖・話を最後まで聞かない・割と執念深い……一見しなくとも問題児気質に溢れている とは言うものの、こちらの指示を丸無視する訳ではなく、きちんと意図を理解をさせると一転してのめり込む学習力を持っていた 学生寮の寮長であるヒシアマゾンにもウインディのトレーニング等について相談に乗ってもらったが、いたずらと噛みつきに対して叱っても効果は薄いがきっちりとお仕置きすれば暫くは大人しくなるというアドバイスが頂けたのは幸いだった 『お仕置き』 高等部の女の子相手にする行為ではないよなぁ、とその時は思ったのだが 「さてウインディ」 「……はい」 「弁明を聞こう」 後日、トレーナー室。床に敷いた座布団の上に正座をさせたシンコウウインディの前で俺は仁王立ちしていた 「ウインディちゃんは悪くないのだ」 普段は笑って過ごせる軽度のいたずらも、度を越せばそれはただの悪質な嫌がらせへと変貌する 今回俺の身に降りかかったのは、言葉にすれば飲料物への異物混入という形で表せる 飲みかけのスポーツドリンクを机の上に置いておいたのだが、所用で席を外している間にトレーナー室へやってきたウインディがどこからか持ってきた液体を混入して潜伏。 部屋に戻ってきて異変に気づかず普通にスポーツドリンクを口に含んだ俺を襲ったのは口の中を蹂躙する冒涜的な味であった。たまらず口の中身を床へとぶちまけ咳き込む俺を指さし 「やーい、引っかかったー」 と笑うウインディを見て、ああやられた、と状況を理解する 今までであれば「やったなお前」「やってやったのだ」で済ませてきたケースではあるが……ここはひとつ『お仕置き』を試すいい機会なのではないだろうか そんな感情が不意に脳裏を過ぎった 床面に散らばった残骸を掃除してる間もウインディは部屋から去らずにいたため、腰を据えて叱ってやろうと床に座布団を置き座るよう促すと、ウインディは「えー」などと口にしながらもそのまま正座した。結構叱られなれてるなコイツ 逃げないのも恐らく逃げた後の方がきつい叱られ方をすると学習した結果なのだろう。ありがとうヒシアマゾン、君の行動は無駄ではなかったぞ 座ったウインディの眼前に立って話を進めようと声をかけた俺への返答が先ほどの応酬である 「悪くないってなぁ」 「証拠がないし」 「おま、よく言えるな」 悪びれもなく答えるウインディに呆れながらしゃがみ込んで顔を覗き込む。目の前にはいつも通りに生意気に見返してくるシンコウウインディの顔がある 勝気そうな釣り目、不満そうに尖る唇、ピコピコ揺れる耳……憎たらしいほどに平常運転だ 「まあいい。状況証拠で有罪だ」 「なんでー!横暴なのだ!」 なんで隠れてたとか、第一声が引っかかったとか、そもそもスカートのポケットから小瓶の口が飛び出てるとか、指摘したい点は諸々あるがそれを言ったところでウインディは反省しないと経験上知っている 今までは叱ってそこまでにしていたが今回は違うぞ……覚悟しろよ とは言うものの。ウマ娘の身体能力を向こうにして体罰なんぞやろうものならただの自殺行為である訳だが、その辺りはヒシアマゾンからヒントは貰っている 以前にウインディが噛みつき癖全開にして暴れまわった際に取った手段が効果的だったと聞く 「という訳でシンコウウインディ被告。お前は嚙みつきの刑だ」 「ええーっ!」 噛み回る割に噛まれる事を酷く嫌がった、とヒシアマゾンからそう聞いていたが成程これは効果があるのではないだろうか? まぁ年頃の女の子の肌に直に歯を立てる訳にもいくまいが 冷静にそう判断し、座ってるウインディの背後に回り両肩に手を置く 「動くなよ」 「……うん」 身じろぎ一つしないウインディの左肩に服の上から歯を立て、じわり、じわりと顎に力を入れて、効果の程を探る 「っ……ふ」 何かに耐えるよう──おそらく嫌悪感か、息を詰まらせて顔をそらすシンコウウインディ。効果が出てそうな、そうでもないような 歯先と舌先に学生服の繊維の触感と味覚が、鼻先にはふわりと香るウインディの体臭が感じ取れる。両肩を抑えたままの手の平からは体温と微かな震え。これは怖がらせてる、とそう判断した 時間にすれば20秒ほどだったが、何かの一歩を踏み出してしまった……そんな奇妙な感覚を覚えながらウインディの肩から口を離す 「これに懲りたらもうするなよ」 「!?……はん!この程度で音を上げるウインディちゃんだと思ったら大間違いなのだ!」 俺のその問いかけに対して、ばね仕掛けのように前方に転がった後に膝立ちから身を起こして、効いてませんアピールなのか大声で見栄を切ってくるシンコウウインディ かなり血が昇ってるのか、顔を赤く染めながら言っても説得力がない 「怒られたから今日のところはもうしないけど!でも次はこうは行かないのだ!」 「そっか。じゃあそん時はまたお仕置きだな」 お仕置き、とそう口にした俺に対してウインディの耳と尻尾がビクッと跳ね上がる 「お、おー。望むところなのだ。こんな程度じゃ絶対にウインディちゃんは反省しないからね!」 そう言ってウインディはトレーナー室から駆け出していった。 「先に練習場で待ってるのだトレーナーぁぁ!」 という叫びを残して 時計を見れば確かにトレーニングの開始時間だ 「……いくか」 しかしお仕置き、か 言葉にするのは簡単だが、どの程度ならいいのかね?……調べてみるか 「あれー?モルモットくん、こっちの棚にあった小瓶を知らないかい?」 「知らないけど……どうかしたか?」 「試しで作った薬品なんだけどねえ。効果?『心理ブレーキを緩める』薬だねえ。いざという時に足を緩めず一歩踏み出せるように、とか考えてたんだけど……味が酷すぎて断念したやつさ」 (2) シンコウウインディにいたずらのお仕置きを敢行してからしばらくの間、俺はテロ行為に頭を悩ませていた あれからと言うもの、ウインディは隙あらば俺の周囲の食物や飲料にあのえげつない味の液体を混入させようと躍起になっていた。何があの娘をそこまで駆り立ててるのやら だがこちらも黙ってそれを受け入れてる訳ではない。見破る事3回、引っかかった事1回、相打ち1回と勝ち越しに成功している。なんの勝負だこれと冷静になってはいけない その都度お仕置きをしているのだが、確かに噛みついた後は若干の期間大人しくなるが、時間が立てば結局元の木阿弥に戻ってしまうという難点が浮き彫りになってきた それと他にも気になることがある 「どっから持ってきたんだろうな、あの液体……」 何かしらのパーティージョークのグッズかと思いきや、入れ物の小瓶を見た感じではそのような製品の装いを感じさせるパーツは一切ない。となると何かしらの薬品の線が濃厚になるが…… 「あいつ自身も自爆してるからなぁ。流石にそこまで考えなしじゃないと信じたいところだけど」 普通の感性であれば、自分も口にする可能性のある品を有害な薬品にすることはない、はずだが 「特に体におかしい所はないし……一番ありえる発光現象も起きてないし……考えすぎか」 などと益体もない思考を巡らせつつ、今後のレースプランを纏めデスクワークを切り上げようとしたところで ガラララッ 「トレーナーおはようなのだ」 うちの暴風娘のお出ましだ 「あのねトレーナー。ウインディちゃん昨夜少し考えたんだけど」 トレーナー室に入って俺のデスクの横に立ち口を開く普段よりテンションを抑え気味のウインディ 「考えたって?」 「最近のウインディちゃんはちょっと頑固になってた。ごめんなさいなのだ」 何かをする前に素直な謝罪。常にない行動すぎて怪しくなるが、そんな小さな疑念は表に見せずに先を促す 「そっか。反省してくれるならこっちとしてもお仕置きした甲斐があった……いや忘れてくれ。今の言い方はダメだろ俺」 疑いはあっても、それでも謝罪してくる相手に言うような台詞ではない。なんせ年頃の女の子に噛みついているんだ。対応一つで訴えられてもおかしくない所業なんだぞ、俺の舌はこんなにも軽口を叩けるのか? 「……いいのだ。それでお詫びの証になるかなって思って」 そう言って彼女はポーチバッグから紙包みを取り出してウインディの来る先ほどまで纏めてた書類を寄せてあるデスクの上に広げた 「ヒシアマさんに教わりながら作ってみたのだ。食べて」 中身はクッキー、それも手作りのようで不揃いだ。言葉を信じるならウインディ手製、何かを仕込んであるぞとアピールしているようにも見える……見えるが、さて。信じるか、信じないか 「そういうことなら……いただきます」 ここは信じてみることにした。まぁ騙されたとしても、その時はその時の対応を取ればいいんだし。そう考えてクッキーを一枚つまんで一口で頬張る 口腔から鼻腔へとバターの濃厚な香りが流れ、舌の上でほろりと生地が崩れて砂糖の甘みを広げてくる。普通にうまい 「うまいなこれ」 なんとも考えずにそう呟き、ウインディへと微笑みを返して 「ありがとな」 素直な感想を告げた と、これで済んでいれば綺麗に終わった話だったのだが、そこはシンコウウインディ この野郎、今回はロシアンクッキーで攻めてきやがった。気を許して二枚目三枚目をパクついたらそこで当たりを引いてしまい、口の中身をデスクにまき散らしてしまった。書類に多少掛かってしまったが新しくプリントすれば済むこと、と妙に冷静な判断を下す一方で 「うははー!トレーナー!!今回はウインディちゃんの勝ちなのだー!!」 俺はすぐ横で勝ち誇って喜んでいる担当バへの報復を即座に開始した 件のクッキーを何枚か拾い上げて、女子としてはどうかと思うほど笑っているウインディの口元に投げ入れる。その中にも当たりが含まれていたのか、四つん這いとなりその場でえずく 「ぶべっ、べっべっ、にーがーいー!」 さてお互いにダメージを負ったので今回は相打ち判定でもいいのだが 相手を信じてみようかなと思った矢先の事なので、これで済ませてやるという気は不思議な事に微塵も起きなかった 眼下には四つん這いになったことで突き出されているウインディの尻がある お仕置き、そうお仕置きだ となれば定番のあれがあるじゃないか、と 俺の中で何かが囁いた ウインディの横に片膝立ちになり、無言でその無防備の尻をひっぱたく。ぱしーん 「ひぃん!?」 スナップが甘いか。ぱしーん 「とっ、とれっ!?」 当たりが浅いな。ぱしーん 「やめっ!」 もっと鋭く。ぱしーん 「ひゃあ!!」 回転を上げるか。ぱしーんぱしーん 「ぁあっ!!!」 「ごめんなさいは?」 ぱしんぱしん 「えっ!?えっ!?」 「ごめんなさいは?」 ぱしんぱしん 「ごっごめっ」 ぱしんぱしん 「ごっごめんなさい!ごめんなさーい!!」 ぱしんぱしんぱしん………… 数分後、そこには腰を高く突き上げたまま顔を伏せているシンコウウインディの姿がそこにあった 「…………やりすぎた」 自分でもよくわからない熱に急かされる様にウインディのお尻を叩いてしまったが、流石にこれはやりすぎだろう 「すまないウインディ」 「うううウインディちゃんのおしりがじんじんするぅ……」 「すまない」 もしかしたら泣いてるのかもしれない、そのくらいウインディの声は震えている。申し訳なさが先に立ってなんとはなしに、先ほどまで叩いてた箇所を撫でる 誓って言うがこの時俺は何もやましい気持ちを抱いていなかった ……のだが 「あっ待ってトレーナー今おしりに触っちゃダメなの……あああああああ……」 少ししてから弾けて流れるような水音がトレーナー室に響いた 「……」 「……」 色々と後始末をした後で、二人して人目に付かないように練習場に併設されたシャワー室へと移動し痕跡を洗い落して、その後新しい服やジャージに着替えてからトレーナー室へと戻ってきた 「すまん。本当にすまない」 ウインディの前で土下座し、陳謝する 本当にどうかしている。そう思われても仕方のない所業だった。担当バに何をやってるのか俺は 「気が済むようにしてくれて構わない。訴えられることも考慮の上だ。専属契約も」 「トレーナー」 謝罪にもならない言葉をまくしたてる俺をウインディの一言が差し止める 「トレーナーは悪くないのだ。ウインディちゃんがいたずらしたからトレーナーは怒っただけだから」 土下座したままの俺の前でウインディも正座する 「悪いのはウインディちゃん。だから顔を上げてよトレーナー」 「そういうわけにもいかないだろう」 「ウインディちゃんはトレーナーに怒ってないからいいのだ。顔を上げてくれないとお話の続き、できないよ」 重ねて頭を上げるように乞われ、俺はしぶしぶ頭を上げる 互いに正座の姿勢、1mも離れてない距離にシンコウウインディの顔がある。その表情はやけに神妙だ 「今日の事はいたずらしたウインディちゃんをトレーナーがお仕置きしただけなのだ。そうでしょ?」 「しかし」 「あーあーきこえないなー」 なおも言葉を連ねようとする俺の言を、耳を塞いで聞いてやらん!とアピールしてくる。不満そうな表情を浮かべてるであろう俺の顔を見て、ウインディは苦笑しながら 「……どうしても今日の事でお詫びがしたいとトレーナーが考えてるなら、ウインディちゃんのお願いを聞いてほしいのだ」 と言ってきた。是非もない、と頷いた俺に対して彼女は 「ウインディちゃんがトレーナーの言いつけを守れたらご褒美が欲しいのだ。ご褒美、くれる?」 「そんな事でいいのなら、いくらでもご褒美をあげるさ。でもいいのか?」 「いいのだ。その代わり」 時刻は夕刻を過ぎて既に夜。電気もつけないままで俺たちは床に座って長々と話をしていた なので月あかりを背にこう告げてきたウインディの表情を 「ウインディちゃんがいたずらしたら今まで通りお仕置きしてください」 俺は、見ることが出来なかった (3) 今トレセン学園内で、俺の担当バであるシンコウウインディの素行が少し話題になっている 端から見てもわかるほどの、とある変化が彼女に訪れた。まったくウマ娘を噛まなくなったのである 誰かを噛まなくなった訳ではない。噛まれるのはもっぱら担当トレーナー、つまり俺だ 食堂や練習場、人目に付くところで隙を見せるといきなりガブっと仕掛けてくる こちらとしてもされるがままでいる訳ではない。回避・防御・反撃と対抗手段に打って出るが、悲しいかなウマ娘と人の身体能力の差が明確になるほどに何度も噛まれる結果になっている そう、何度も噛まれている 「やあ色男」 ある日の放課後。トレーナー室に戻る途中の廊下で、俺は面識のあるウマ娘に声をかけられた。ウインディの住まう美浦寮の寮長・女傑ヒシアマゾンだ 「こんにちわヒシアマゾン、その節は協力してくれてありがとう……ところで、なんだ色男って」 ウインディの扱いについて何度も相談に乗ってもらった関係で世話になった自覚はある。挨拶してから自身に掛けられた名称について問う 「いやなに。アタシらも散々手を焼いたあの娘の噛みつき癖を、止めるまでいかなくとも、多数の犠牲者を出さないようにしてくれたんだ。他ならぬアンタの身を捧げてさ。これを色男と言わずになんて言うんだい」 「捧げるて。別にウインディに噛みつき許可証を渡したわけじゃないぞ?」 そう、そんな事ではない。なので、その事で評価されてもこちらとしても少し心苦しい 「照れんな照れんな。ウインディが何を思って無差別に噛みついたり無鉄砲にいたずらしたりしてたかなんて、うちの世代じゃみんな知ってることなんだし」 【何を思って】 確かにシンコウウインディという少女にとって、噛みつきやいたずらはただ人を困らせるだけの手段ではない あれらは彼女なりの交流の手段だ 攻撃をして、その相手に構ってもらいたい そんな拙いコミュケーションツール 「だからさ。ターゲットがアンタに集中したって事は……わかるだろう?」 そんな含みを込められたニヤニヤ笑いを口の端に浮かべて、ヒシアマゾンは歩き出す 「これからもよろしく頼むよ、色男さん」 俺にそう言葉を掛けて右手をひらひらさせながら彼女は眼前から歩み去っていった 「…………そんなんじゃ、ないんだけどな」 零れたのは自嘲か自虐か ガチン、ガララッ、カチッ 夕暮れ前のトレーナー室、電気もつけぬままだった自分の仕事場へと戻ってきた カーテンは閉まっており、西日も飛び込んでこない間取りのため部屋の中に入ってくる明かりは弱い。電気をつけた方が快適だが、今は止めておく 薄明かりの中で、何にもぶつからない様に慎重に歩を進めながら壁際に置かれているソファへと近づいた そこには担当バ、シンコウウインディが制服姿で横たわっている その様子は何も知らぬものが見れば異常と断ずる可能性が非常に高い 目は黒布で閉ざされ、両手と両足を金属で装丁された革製の枷で動きを封じられている 口に至っては硬質ゴム素材でできた棒を横咥えさせられて、手足の枷と同じように金属で飾られたベルトで固定されていた 異様な状態だがそれを目にしても俺は驚いていない。何しろ彼女をこういう状態にしたのは俺自身だ ウインディの見た目は雁字搦めに拘束されてるように見えるが、実際の所はそこまでじゃない 両手は身体の前で手首部分だけを覆う枷で固めてるだけなのでかなり自由は利くし、足も足首の少し上の部分に枷をかけてるので立ち上がろうと思えばすんなり立って動き回れる 何より金属部分は決して肌には触れないデザインになってるので下手に動き回ったところで擦り傷を起こすような状況にはならない そしてどのパーツにも言えることだが、ウマ娘が本気で抵抗したら容易く壊れる程度の強度しか持っていない これらは全て、ウマ娘がそういうプレイをするときに使うグッズだ。どれも同一メーカー製なので、そういう酔狂な顧客をターゲットにしているニッチなメーカーなのだろう。おかげで助かっているが 取説には『平均的なウマ娘の6割程度の力は抑え込める』とある……まぁ犯罪目的に使うなと忠告文は記載されてるが こふー、こふー、と 眼前の愛バが身じろぎしながら、此方にアピールしてくる。口枷を外して欲しいのだろう。首元の固定具に手を伸ばして口枷を緩めてやる 「とれーなーぁ……ウインディちゃん言われた通りに動かないで待ってたのだ。じっと、じっと、じっとしてた」 呼吸を乱しながら開口一番、自分は言いつけを守っていたと告げてくる 「今日も、トレーナーに噛みついたウインディちゃんが悪かったのだ、ごめんなさいぃ」 「そうだな、よく謝れたなウインディ。えらいぞ」 「えへへ♡ウインディちゃん、えらい?えらい?」 口枷を外した俺の手の位置に当りをつけて、すりすりと顎をこすりつけてくるというかわいらしい仕草を見せるウインディを、えらいえらいと頭を逆の手で撫でる 「これで今日のお仕置き終わりでいいんだよね?じゃあ、今度はご褒美が欲しいのだ……」 そう言うと、彼女は姿勢を一旦うつ伏せにしてからすすす、と腰を高く上げて 「お願いします……ごほうびください♡」 彼女の要望に応え、俺はウインディの制服のスカートをまくり上げてショーツをずり下す そして 「声は我慢しろよ」 そういって右手を振り上げて、そして勢いのままウインディのむき出しの臀部を叩いた ぴしぃっ 「ひんっ♡」 ぴしぃっ、ぴしぃっ 「ふっ♡ふっ♡」 一度、二度、三度 心の内から湧き上がる熱に茹だった頭で数えられたのはそこまでだった 幾度となく振り下ろす俺の平手がウインディの尻を刻む度に、彼女のボルテージも上がっていく そしてあと少しで昂りが最高潮に達すると見切った、その瞬間に俺はウインディの尻尾を強く握りしめてしごき上げた 「~~!!♡~~~~!!♡!♡!♡」 その日も二人で部屋を掃除した 「んんー!すっきりしたのだ!!」 色々と済ませた後のトレーナー室。ウインディの顔はすこぶる晴れやかだった 「なんか次のレースはいい結果残せそうな気がするくらい!!」 「さよか」 「んんー?トレーナー元気ない?」 半面、俺は己の所業に若干引いている。なんであんなノリノリなんだよ俺。自分で自分が怖い 「そんなことないぞー。ほれ」 そういって俺は懐から飴を取り出す。これは事後の取り決めのような流れだ。甘い飴玉を舐めて思考をリセットさせるのだと聞いたが、単純に固いものをガリガリ噛むのが好きなのだうちの担当バは 「ありがと!」 ウインディは俺の指から直に飴玉を咥えこみ、チロチロと舐め転がした後でガリッと嚙み砕く。この力で噛みつかれたらシャレにならんよなぁ 「あのねトレーナー。ウインディちゃんトレーナーにお願いがあるんだけど」 口の中の飴を片付けた後で、ウインディのおねだりが始まる。これも事後のお約束事だ 「次の出走予定のユニコーンSでウインディちゃんが勝ったらさー」 「おう」 「ウインディちゃんとデートして」 いつもの事だから、とそれに慣れて先を促してしまった俺の迂闊さ加減を、お願いだから誰か責めてくれ (4) 『次のユニコーンSでウインディちゃんが勝ったらデートして』 先日担当バであるシンコウウインディから告げられた言葉が胸中で反芻される。改めてデートとか言われると……いろいろと深読みしてしまうじゃないか。そんな爆弾発言を投げかけてきた当の本人は、眼下の練習場にて件のレースに向けての調整真っ最中だ 今日のメニュー並走主体の走り込み。トレーニングパートナーは、ウインディと同じくダートレースをメインに出走しているハルウララ 「わははーウララ!そのタイミングで加速してもウインディちゃんには届かないのだー!」 「でも走るよー!!追いつくよー!!」 端から見てると鬼ごっこでも見ているような錯覚に陥りそうだが、そこはウマ娘同士の走り。離れて見ているがそれでも分かるくらい見事なスピードで駆けて────今ゴールイン、リードを保ったままウインディがゴール板を先に走り抜けた そんな担当バのトレーニング風景を練習場を少し外れた土手の上から眺めているのには理由がある 「それで話って言うのは?」 練習を眺めてる俺の隣に立っている男に、話があると呼びかけられたからだ 男はこの学園において俺の同僚、ウマ娘のトレーナーだ。担当バの名はアグネスタキオン。彼女からモルモット扱いされている彼自身を含めて、学園内では有名なコンビだ 「話と、あと渡すものもある。少し付き合ってもらえるかな」 彼の『話』というのには少し心当たりがある。具体的に言うと、我が担当バが一時期ハマっていたいたずらのアイテムの出どころについて、だ 「了解した。ウインディー!少し席を外すから、あと一本走ったら今日のメニューは終了だ!クールダウンして帰ってくれー!」 一本走り終わった後、ハルウララと二人でコースにしゃがみ込んで指で地面をなぞっていたウインディに向けて声をかける 「わかったのだー!」 担当バの元気溢れるその返答を聞いてから、俺はタキオンのトレーナーと共にその場を離れた 彼からの話は、やはり俺の心当たりそのものについての話だった 品の出所と、その効果 それからその対処法 それを聞いて、俺はここ最近俺を悩ませていた自身の違和感の正体にようやく突き当たった (とはいえ、それを言い訳にする訳にもいかんよな) などと考えつつ、帰宅のために荷物を取りに自身に割り与えられたトレーナー室へと足を運ぶ。扉を開けると、 「あっ、トレーナー。おかえり」 俺の椅子に座り、机上で俺のノートPCを開いて何やらやっていたと思しきウインディの出迎えを受けた 出走レースも近いこの時期は、『お仕置き』も『ご褒美』もナシだと予め決めておいた筈なのだが…… 「帰ってなかったのか」 「うん。ちょっとね」 短く言葉を交わす俺たち。どうやら彼女から俺へ話があるような雰囲気だ。勿論俺からも彼女に対して話したい事がある。しかし、それはここ──トレーナー室でする話ではないと思う なので 「丁度良かった」 「なにが?」 「ウインディ、外泊許可証をもらってきなさい。俺はお前のトレーナー寮宿泊許可証を申請する」 トレーナー寮の俺の部屋で話をつける事を提案した。俺の発言に対し、彼女は 「……わかったのだ。ヒシアマさんに許可貰ってくるから待ってて」 軽く顔を俯かせてからノートPCを折りたたみ、席を立ってトレーナー室を後にした 三十分後、寮の自室にて 折りたたみ式テーブルを間に挟んで、俺とウインディは向かい合っていた 座布団の上で胡坐をかいて座っている俺 座布団の上で膝を抱えるようにして座ってるウインディ その状態のまま、しばし見つめ合っていた。お互いに何かを探るように テーブルの上には俺が用意した飲み物が置いてあり、それには手を付けずに 「それでトレーナー」 先にウインディが口を開いた 「ウインディちゃんをおうちに連れ込んで、なにするつもりなのだ?」 その口調は軽く、今まで俺たちがやってきた事を考えれば色艶めいた行いでもするのではないかと考えてるかのような台詞運びだ 「まぁ……端的に言うと今後についてだな」 「それって今日トレーナーとお話してた人と関係あったりする?」 俺の返答に対し言葉を重ねてくる 「関係あるな。彼が誰だか知ってるか」 「知ってるよ。アグネスタキオンのトレーナーでしょ?」 「正解」 普段のように、しかしいつもと異なる空気を纏わせて会話は続く。そして 「ウインディ。お前は」 先に相手の懐に踏み込んだのは俺からだった 「タキオンの所からあの薬を持ち出したのか?」 「うん」 「どうしてそんな事したんだ?」 「別に最初から狙ってたわけじゃなくて……ウインディちゃんはいろんな所を見て回って歩くんだけど、その中でタキオンのお部屋を覗き見することもあってね」 要約すると、いたずらの標的探しを目的とした散策中にタキオンの私室を覗き見した際、彼女が試薬を口にしてその中身をすぐに出してしまい「酷い味だ」と独り言ちていたのを目撃したことがあったそうだ。それで最初の俺への混入計画に際し「あれ使えるかも」と思いだしたので、潜入して失敬したとの事だ 「確かに酷い味だったのだ」 うえー、とあの味を思い出したのか舌を出して顔をしかめるウインディ。そんな顔もかわいらしい、ではなく 「それなら、ウインディはあの薬品の効果は知らなかったんだな」 と問う。そんな光景を目撃したのみなら、薬品の正体など知るはずもないだろう。そう考えての発言だったのだが、 「ううん。それは知ってるのだ」 そんな返答があった 「トレーナーに最初に『お仕置き』された日の夜にね、タキオンがウインディちゃんの所にやってきたのだ」 『やあシンコウウインディ。良い夜だね』 『君、最近トレーナーに対して頻繁に悪戯を仕掛けているだろう』 『それに使用してる品……それ私の所から持って行ったものではないかい?』 『ああ正直な話持ち出したこと自体を咎めるつもりはないんだ。ただ何を使用しているのか、どんな効果があるのか』 『それは知っておくべき事じゃないかなと思ってね』 「だから、トレーナーとウインディちゃんが何回も口に入れてたのが『心理ブレーキを緩める』効果があるお薬だって」 「知っていた、と」 だからあのクッキー以降は味覚テロは無かったのか 「その時にタキオンに残ってた分のお薬を返したのだ」 「なるほどな」 「…………怒らないの?」 「何を?」 薬の効果を知ったのは既に何度も使用した後だし、その後も薬を盛った訳ではないのでその件について怒る所はない。何しろ『お仕置き』は終わっている その『お仕置き』や派生する『ご褒美』については、まぁ、お互いにブレーキが緩んだ結果なのだろうが、それだけで片付けるには少し濃厚が過ぎる 「むしろウインディの方が俺に対して思う所があるんじゃないか」 どう言い繕っても年頃の女の子相手に結構洒落にならない事をしてきた自覚はあるのだ、こちらは 「……ウインディちゃんはね」 「ああ」 「トレーナーを手放したくない」 ……なにか話の内容が一気に飛んだ気がする 「トレーナーはウインディちゃんと一緒にいてくれるし、トレーナーはウインディちゃんを構った後も構ってくれるし、トレーナーはウインディちゃんの事ほっぽらかさない」 「トレーナーのお陰でウインディちゃんは速く走れるようになったし、トレーナーが教えてくれたからウインディちゃんはレースでも一等になれたのだ」 「だからねウインディちゃんはトレーナーとならどこにでも行けるし、どんな事になってもずっと離れないのだ。ウインディちゃんが見つけたのだ。ウインディちゃんはハンターでトレーナーはそのターゲットなのだ」 「このまま、ずっとずっと一緒にいたいのだ」 誰かに構ってもらいたいという感情は、突き詰める寄る辺を偏らせてしまうと、それは依存という心を形成する うちの担当バは少しずつ俺への感情をよくない形で蓄積させていたのだろう 心理的なブレーキの制御が出来ずにそんな感情を爆発させてきたウインディに対して、俺は テーブルにおいてあった目の前の飲み物を一息で口に含み 予期せぬ動きを見せたそんな俺に困惑したウインディへ向けて身を乗り出し 左手をウインディの後頭部に右手をウインディの左頬に添えて 互いの唇を重ね合わせた 『タキオンが中和薬の調合を成功させたんだ』 『経口で効果を発するよ。速攻で』 タキオンのトレーナーが俺に渡してきたのは例の薬品を中和する薬。それを飲み物に入れておいたのだが、ウインディが全く手を付けなかったので強硬手段を取る事にした 合わせた唇を経由させて俺の口からウインディの口内へ薬品を移動させようとするが、想定外の事象に困惑したウインディの唇はきつく閉じたままである そこで俺は舌を尖らせてウインディの唇をこじ開けようと差しむける 「んうっ!?」 ようやく思考が追い付いたのか、ウインディが唸る。唇を舐められた刺激が引き金になったようだ 俺の首筋をウインディの鼻息が撫ぜ下ろす。同じように俺の鼻息がウインディの首筋を刺激しているだろう。イヤイヤするように頭部をくねらせるが、そうはさせない。食いつくようにウインディの唇を俺の口の中に含み、そして表面を舐めて舐めて舐めまわす 「んふっ…」 そして力が緩んだ瞬間を見計らって、舌でウインディの唇をこじ開けて、唾液の混じった口内の液体をウインディへと注ぎ込む こくん、こくんと彼女がそれを嚥下する動きが後頭部に添えていた左手に伝わってくる と、そこでウインディが新たな動きを見せた。彼女の口の中にある俺の舌に彼女自身の舌が絡んできた。次いで彼女の両手が俺の頭部を固定するように両頬に添えられた ぐじゅぐじゅと互いの唾液が交わる音が。じゅぶじゅぶと舌同士が絡み合う音が 合わさった唇を経由して、互いの頭骨を振るわせて、己が鼓膜へと伝えてくる なにかを確かめ合うような交感を終えて唇を離す。テーブルに膝を立てて身を起こす俺と力が抜けたように後ろに仰け反るウインディの間を銀色の糸が橋をかけて、そして途切れた 数分の休憩後、床から起き上がらないウインディの顎を胡坐をかいた俺の膝にのせてやり、頭を撫でながら先の行動の理由、すなわち薬品の口移しについて説明する 「えー」 「いや何が不満なんだ」 「てっきりトレーナーが我慢できなくなってウインディちゃんのファーストキスを奪いに来たんだって」 「あほう」 そうか、あれが彼女のファーストキスだったのか その感情は舌に乗せずに話を続ける 「しかし最初の薬品もそうだけど中和薬もすぐ薬効が現れるな」 「凄いけど凄さの質が違いすぎてピンと来ないのだ」 「そうだね」 しばし緩い空気が流れる 「あー、そうだ。ウインディ」 「んう?」 「一つお前の発言を訂正したいところがあるんだけどさ」 「なぁに?」 先ほどウインディが告げてきた言葉の中で一つ、どうしても看過できないものがあった 「順番を間違えるなよウインディ。先に見つけたのは俺の方だ」 そうだ、あの日の選抜レースで俺がシンコウウインディを見つけたのだ 「お前が、俺の獲物だ」 意識して強く告げたその言葉に、俺の愛バは、 「はい……ウインディちゃんはトレーナーに食べられます……」 顎を乗せる体勢から仰向けに寝転がり俺の顔を見上げながら頬を桜色に染めつつ屈服宣言をしてきたのだった 俺たちがトレーナーと担当バという関係から一歩外へ踏み外したその日から数日後のこと。俺のノートPCに一通のメールの着信があった 『注文確定のお知らせ   この度は芽児炉企画が誇る完全受注生産商品「一心同体ハードコース・フルセット」をご注文いただき、誠にありがとうございます   お客様の兼ねてからのご愛顧を鑑みまして、当社も今回のご注文に真摯に対応させていただきたいと思います   製品の完成と到着を以てお支払いを確定させていただきますので、口座残高にお気をつけ頂きますようご注意を願います』 送り主の名称はウインディの『お仕置き』に使用しているジョークグッズを開発しているメーカー名なので迷惑メールの類ではないのだが内容に心当たりがない いや待て、この注文受付日の日付……あの日は確かウインディがこのPCで何かしていたではないか ……なるほど、なるほど ユニコーンS後の予定に一つ大きな『お仕置き』が追加されたのを、俺の愛バはまだ知る由もなかった (5) 『6番パライソスカイと11番ハイドロチョップが先陣切って最終コーナーを越えて直線へ入ってくる!その外から追いかけてきたのは3番マリンシーガル!』 『マリンシーガル駆ける!マリンシーガル駆ける!外からの差し足で先頭へと躍り出た!!』 『残り200手前、ここで内から1番シンコウウインディが斬り込んできた!驚異的なスピードで一気に先頭集団をごぼう抜き!』 『シンコウウインディ今一着でゴールイン!シンコウウインディがユニコーンステークスを制しました!』 東京競馬場第11レース、G3ユニコーンステークス そのレースに出走した我が愛バのシンコウウインディが見事に一着を手にしたようだ ゴール板を一番に駆け抜けて、勝者の特権、ウィナーズサークルにてインタビューなど受けるであろうウインディを迎えるべく、レースを終えたコースの方へと歩き出す 歩み向かう方角から、レースを終え悲喜交々入り混じった……主に悲の比率が高いが、そんな場の空気の中、俺の目はこちら目がけて掛けてくる体操服姿のウインディの姿を捉えた──って待てウインディそのスピードのままこっちに来るつもりか!? 「とれーなぁぁぁぁぁ!ウインディちゃん一着取れたのだ!初めての重賞なのだ!」 直前で気持ち減速してからロケットの如く飛びついてくる愛バの抱擁を、人前という事もあり意地を以て受け止めきる。倒れちゃならん時があるんだ、男には 「おおうよしよし。よくやったぞ偉いぞウインディ」 抱きつき、と言うよりも両手両足を使って俺の体にしがみ付いてくるウインディの頭を撫でた。この上なくテンションが上がってる事が服越しに伝わってきて、少しばかし俺の頬も緩む 「もうウインディちゃんうれしくてうれしくて……ああー」 ちょ、っと待て、大きく口を開くその予備動作はまさかこの状態から!? 「待」 「んむっ!!」 がぶり! いってぇー!! せめてもの見栄で悲鳴を発する事は堪えた俺を、誰か労ってはくれないだろうか? 一時間後。レース後に多少のハプニングはあったものの、俺たちはトレセン学園のトレーナー室に戻っていた 椅子に座り、スマホを手鏡代わりにしてウインディに噛まれた右肩の状態を見る。服越し且つ本気噛みでも無かったので出血の痕跡は無いが…… 「しっかり歯型になってるな」 くっきりと浮かび上がる小さな歯型を視界に収めて軽く零す 「ご、ごめんなさい……」 背もたれの後ろから傷の様子をおそるおそるのぞき込んでいたウインディが謝罪の言葉を伝えてきた 「ウインディちゃん、つい噛んでしまったのだ……そんなつもりはなかったのだ」 帰りの道中もしきりに繰り返してきた言葉に対して、俺も同じくらい繰り返してきた言葉で応じる 「まぁ、気にするなよウインディ。勝った場でテンション上がって予想外の行動に出るやつは多いんだ。お前に悪気があった訳じゃないのは俺がよく知ってるよ」 「うん……」 レース後とは打って変わって意気消沈気味な愛バだが、視界の端をかすめる尻尾の振り具合を見るにそこまで深刻な心境ではないはず 「それよりも、お前と話しておきたい事があるんだが」 とりあえずその事は置いておいて、先にしておきたい話題の方を片付けることにする 「なーに?」 「約束してただろ」 そう、約束。『ユニコーンSで勝ったらデートする』と言うウインディとの約束だ 「行きたいところとかあるか?」 「あのねウインディちゃん、最近出来たって噂の都市一体型アミューズメントに興味があって」 「そこは止めておこうな」 「えー」 後日のデートプランに向けた情報収集を済ませて、話の最中膝の上に座らせていたウインディを降ろして椅子から立ち上がる。そして壁に掛けてある時計で時間を確かめ 「こんなところか」 「今日はここまで?」 どことなく物足りなさげに俺の顔を見てくる愛バだが、そんな事はないぞ 「話はこれで終わりだが、まだ用件は済んでないな」 俺のその言葉に何かを察したのか、ウインディの尻尾がぶるりと震えあがった 「それって……」 「レースも終わった事だし、今日はお前に『お仕置き』をしなくちゃな」 『お仕置き』というフレーズを耳にして、ウインディの表情が一変した。目尻は下がり、頬は薄く桜色に染まり、口の端がもにもにとうずいている。まるで待ってたものが差し出されたかのような顔つきだ はーん、さてはこいつ 「お前、俺を噛んだのにすぐ『お仕置き』されなくてちょっとがっかりしてただろ」 「な!?ウインディちゃんはそんな事………………ちょっとだけ考えたのだ」 俺の指摘に一旦否定しかけるも、両手の人差し指をちょんと体の前で合わせてから顔を俯かせてその通りと肯定してくる。いかんな、俺の愛バは今日も可愛いようだ 「『お仕置き』はとりあえず後にして。夕食がまだだし、先に食べに行くぞ」 「昨日から言ってたけど、お外で食べるんだよね。許可証はもう貰っているから門限は大丈夫なのだ」 「よし、じゃあ行くか」       ⏱ トレセン学園の近場のレストランで食事を済ませてから、俺はウインディを連れて駅前まで移動した 「あれ?トレーナー、寮に戻らないの?」 普段ならトレーナー室か寮の部屋で行われる『お仕置き』だが、今日俺がやろうとしている事はいつもの環境ではちょっと難点がある なのでその点は伏せつつ、疑問符を頭に浮かべているウインディに向けて、 「今日はなウインディ、ちょっと遠くで外泊だ」 と説明する 「えっ。でもウインディちゃん何にも準備してないよ」 「大丈夫だ、問題ない」 そう言って俺は駅前のコインロッカーの中から予め収納していたキャリーバッグを取り出した。中身は色々だが、互いの着替えも勿論含まれている 「すでに全部準備してある」 「おおー、なんかかっこいいのだ」 なんだろう、褒められた気はしない 「じゃあ行くぞー。電車で移動するから大人しくするんだぞ」 「はーい」 電車を乗り継いで都心を越えて隣県へ足を運び、やってきたのは前もって調査していた宿泊施設。砕けた言い方をしてしまえばラブホテルそのものだ 道中のトイレでウインディを制服から着替えさせ、頭にキャスケットを被せてやり、尻尾を収納できるようフレアスカートを穿かせておく。ウマ娘と言うだけで目立つこともあるので、念には念を入れて隠しておくことにしたのである 「ほわわわー。なんか噂と違う」 「噂ってなんだよ」 「こーゆー建物ってお城みたいだったり奇抜なデザインだったりするって聞いてたのだ」 「誰からだよ」 「クラスメイトや先輩や後輩、とか」 正直以前から常々思っているのだが、大丈夫なんだろうかトレセン学園 正面から中に入り無人窓口で受付を済ませて、出てきた鍵に振られた番号の部屋へと向かう。道中でもウインディはへーとかほーとか興味津々で見ている。ただの普通の廊下とエレベーターだぞ? 選択した部屋へと入ると、そこは大きなベッドの置かれた寝室とガラスで仕切られた浴室で構成されおり、浴室内には浴槽の他に洋式トイレも設置されている。寝室にはベッドの他にモニターや冷蔵庫などの設置家具に何が収納されてるかわからない箪笥も置かれていた ウインディは部屋に入るなり帽子を脱ぎ去り、一番目立つベッドに飛び込んだ 「ふわー、なんかふかふかするのだ!」 きしっきしっと軽く音を立てながら揺れるベッド。ノリノリで陽気なウインディを見ていると若干心苦しいが 「さてウインディ」 俺はキャリーバッグから一つ一つ器具を取り出して 「お楽しみのところ悪いが、ここから『お仕置き』の時間だぞ」 ここに来た目的を彼女に告げた 床にビニールシートを敷かれた上に全裸となった愛バが蹲っている。左右の手足を二の腕とふくらはぎの部分で拘束するタイプの枷を装着させており、姿勢的には手を使わずに腰を浮かして土下座しているような状態だ 口枷は付けておらず、その代わりにゴツ目の首輪を首周りに取り付けてある。服を脱ぐ前に自分から装備した辺りから推察するに気に入っているパーツなんだろうか 「ウインディ。今日の『お仕置き』なんだが……題目は噛み付きの件じゃないんだ」 そんな体勢のウインディの頭の横にしゃがみ込み声をかける 「えっ?……どういう事なのだ?」 首をひねって俺の顔を見上げながら困惑した声音で問いかけてくる。そんな彼女に対して俺は懐から一枚の紙を取り出した。内容は先日届いたとあるグッズの注文受領書だ 「あ」 「あ、じゃないよ。なんでお前ちゃんと注文発注出来てる訳?しかも料金支払いの口座俺のやつじゃねーか」 「えーと、前にトレーナーが色々注文した時ウインディちゃんも見てたの覚えてる?」 「ああ」 「それで、今使ってるのって壊れやすいってトレーナーが言ってたから、壊れにくいのって買えないのかなってウインディちゃん考えて」 「うん」 「トレーナーのパソコン使って履歴探って試してみたら買えちゃったのだ」 「買えちゃったのだ、じゃないよ」 なんてこった、お前を信じてたのに。いや単に俺のネットリテラシーが甘かっただけの話なんだが…… 「という訳で、ウインディ」 「……のだ」 「今日は割かしハードに行くから覚悟しろ」 そう言って俺は中身が詰まった大きなシリンジをウインディの眼前に突き出した