最新のVRゲームが、トレセン学園に導入されたと聞いた。そのこと自体に驚きはなかったが、こういうのは避けそうなスカイがやけに興味を持っていたため付き添いでプレイすることに。 「いやぁ、楽しみだねぇトレーナーさん」 「ああ…そうだな」 あまりゲームは得意じゃないんだが、と思いながらゴーグルを装着する。すると、ゴーグルの闇が晴れて立っていたのは草原だった。服も、いつも着ているものではなくやたらごてついた重い鎧のようなものだった。ふとスカイはどうなったのかと思い、辺りを見渡す。…いない。 謎の世界で独りぼっちという、いかにもな展開に辟易しつつも、スカイと一緒に遊ぶのだからスカイを探さなくちゃなと思い立ってひとまずはあちこちを歩き回る。 かなり精巧に作られているのか、草木の匂いや川のせせらぎ、果ては澄んだ空気に味のある実と現実と大差ないつくりをしていることがよく分かった。それらの誘惑に惑わされそうになるも、持ち直して引き続きスカイを探す。 と、そこへ一匹のモンスターらしきものがやってきた。手には見るも痛々しいこん棒を携えている。 武器もなしに戦えというのも中々に無理難題だと思った俺は、ひとまず逃亡することにした。足の走りには自信があったが、そのモンスターは俺と変わらない速度で走りこんでくる。刹那、足元にあった小石につま先がぶつかり派手に点灯する。服が土埃に包まれ、肺がむせる。そう思うもつかの間、飛んできたこん棒に目を閉じる。かっこ悪く死ぬのもリアルだな、と冷静な思考が巡るも空しく意識は瞬時に飛んでいった。 目が覚めると手錠がかけられており、足には良く想像されるような足の枷がはめられていた。どうやらここは何かの間らしく、傍に控えた筋骨隆々の魑魅魍魎が重々しい雰囲気を与える。はっきりと意識が覚醒すると、にゃーはっはと聞きなれた声と共に目の前に黒い魔女が現れた。 「やーどーもどーも、私はブラッディスカイ!紅の使途にして神罰の代行者なり~!」 得意げに鼻を鳴らすブラッディスカイ―どうみても我が愛バだが―は、そんな口上を口にしてふんぞり返る。周りの魍魎どもも一斉にお辞儀をし、ここら一帯を仕切っているような空気を感じ取る。 「…スカイ、悪ふざけは辞めてこれを解いてくれないか。」 そう言ってスカイを見据える。一瞬ひるんだ様子を見せるものの、気丈に立ち振る舞ってこう返す。 「いや~、せっかく捕らえた人ですしぃ…もう少しそのままでいてくれません?」 やけに丁寧に返す。いつものスカイだと確信するのと同時に、こいつさては楽しんでるなと勘繰る。普段こんな遊びには興じないタイプだったので、やたら楽しそうにはしているが少しぐらい乗ってもいいかと思い、芝居じみたセリフを飛ばす。 「…やい!ブラッディスカイ!この拘束を解いてお姫様を解放しやがれ!」 なんか思った以上に恥ずかしいなコレ、と思いつつ顔の熱さに耐えながらがちゃがちゃと鉄製品を言わせる。もちろん外れるわけもなく、周りのやつらも気持ち悪い笑みを浮かべながら笑う。ただ、スカイだけは笑っていなかった。 「…お姫様って、なんですか…?」 やけに悲しそうな声で言うものだから、一瞬気が抜ける。徐々にその場の空気は重みを増し、一触即発のような状態に陥っていく。どうしてこうなった。 「…あー、えーっと、その…乗ったほうがいいかなとか思ってな。演技だよ」 あっさりとネタ晴らししてしまった。スカイが楽しむ分にはいいが、その当人を悲しませては元も子もない。俺はそう取り繕って、なんとかスカイの機嫌を収めようとする。徐々に顔に色は戻るが、やはり落胆の表情は隠せない。 「…にゃはは、そうでしたか。いやー失敬失敬、ブラッディスカイとしたことがこんなことも見抜けないなんて。」 そういうスカイがやけに弱弱しく見えて、謎の感覚が芽生える。これは恐らく長年燻っていた気持ちで、今まさに目の前の愛バに向けていたものだ。 「…一緒にここを探検しよう、スカイ。こういうことは辞めにして。な?」 そうやって悪魔の誘惑を口から発する。スカイの役的に悪魔は向こうの方だろうが、堕落を誘うにしては好条件がそろっていた。そこを狙わない理由もなかったため、がちゃりと鳴らした鉄がハーモニーを奏で静まる。 「…う~……キング、ごめんっ」 そういってこっちに走り出したスカイ。周りのものは驚いてスカイを凝視するばかりで、その行動を止めることはしなかった。 「…そういう優しいところ、変わらないな。ブラッディスカイ。」 「…もう、やめてくださいよ。今日からはブラッディスカイ改め魔導士セイちゃんです。」 そういって手錠や足の枷を解く。それを見てようやく裏切りを認識したのか、怒ったやつらが一斉に襲い掛かってきた。絶体絶命化と思われたその時… 「セーイやァッ!」 勢いよく飛び込んできた怪鳥が、初撃を撫できる。瞬く間に怪物たちがひるみ、その間に腕をスカイに引っ張られ外へ出される。どうやら古びた城の謁見の間にいたらしく、外を出るとそこは先ほどとは違う草原の並び立つ場所だった。 「…いや、助かったよエルコンドルパサー。それと、済まなかった。」 「いいえ、大丈夫デス!怪我もこの通りグラスが直しましたカラ!」 ぶんぶんと治ったばかりの腕を振るい、エルコンドルパサーが快活にほほ笑む。傍に控えた白い天使のような恰好をしたグラスワンダーが、ぺこりと会釈する。そのそばでへにゃりと耳を曲げるウマ娘が一人。 「…落ち込むなってスカイ。スカイは優しいからしょうがない。俺が悪魔だったのが悪いとでも思っててくれ。」 そういって背中をぽんぽんと撫でる。こくんこくんと頷いていたものの、やはり友人を裏切ったのはゲームとはいえ心に来ているようだった。 「…たびたびで申し訳ない、ここから動けそうにもないから、今はとりあえず君たちが先に行っててほしい。」 「わかったデス!それじゃ!」 「…それでは。」 元気に走り出していったエルと、その後ろを追うグラスを見届けながらスカイを慰める。そうしているうちに落ち着いたのか、ひょっとこんなことを聞いてきた。 「…トレーナーさんが、お姫様だと思う人はいますか?」 「…ああ、もちろん。」 そう返すと、またやけにしょんぼりと耳を下す。そんなマズい返答だったかなと焦りを隠せずにいると、次はこう聞いてきた。 「…その人は、誰ですか?」 言うべきか迷った。だが、言うべきはここしかない。ここを逃せば、もう二度とこのような好機は訪れないだろう。そう思って、早め早めに仕掛ける。 「…今目の前にいる人だ。」 そういったとたん、スカイの顔が瞬く間に真っ赤に染まる。これがブラッディスカイか、ととぼけた思考をしているとスカイに手を握られた。 「…それ、は。わたし、ですか…?」 その答えは、もうすでに決まっている。 「勿論だとも。…嫌だったか?」 「…そんなわけ、ないじゃないですか…!」 そういって、先ほどとは違う様子で大粒に涙をこぼす。VRってすごいリアルなんだなぁ、と膝にあたる涙の感触を感じながら膝を枕に泣き腫らすスカイの頭を、ゆっくり撫でる。黒いフードを降ろして、ふぁさりと一撫で。ゆっくりとすぎていく時間に、二人の時間が出来ていく。 「…ゲームで告白、ってのもちぐはぐだけど…まぁなんだ。気持ちに嘘はないよ。スカイ、君のことが好きだ。」 改めて言語化して、スカイにぶつける。緩くなっていたであろうスカイの防御を、いとも簡単に崩した。そんな感覚を覚えながら、風が頬を触っていく感触に浸る。 「…わたし、もっ…トレーナーさん、好きです…っ!」 ブラッディスカイ、なんて言葉とは裏腹の青藍の髪色をした少女は、想い人の膝の上で涙をこらえながら、幸せを確かに噛みしめていた。 「…にゃはは。トレーナーさん、結構積極的ですねぇ。」 VRも終わり、装置を外す。あの景色が一遍、殺風景な体育館に映ると、いよいよこの装置の異常さを嚙みしめている。それはともかくとして、スカイは頬を染めながらそんなことを俺にぶつける。 「…スカイも、それなりだったじゃないか。」 そう返して膝を見ると、吸い残された水滴が2,3粒引っ付いていた。リアル感を出すための演出かな、とも思ったが今はそんなことよりもスカイに話すことがある。 「…ま、それはともかく。あの時言ったことは、本当だよスカイ。…まだ早いかもしれないけど、いつか。君がまだ俺を好きでいてくれるなら。結婚しよう。」 そういって、跪いて手を取る。手の甲にキスをし、古風ながらの愛を語り継ぐ。 「…あー…と…えーと……は、はい…喜んで…」 顔を赤く染めながら、成すがままにキスを受け入れる。幸せな雰囲気もつかの間、周りがざわざわと騒ぐ声でようやく周りを見た。周りには見知った同僚トレーナーやウマ娘が所狭しと並び、俺たちの婚約現場をまじまじと見ている。中にはきゃーきゃーと騒ぎ立てるものもいれば、羨望のまなざしを向けるものもいた。 「…とにかくここから離れようか。」 「…そ、それもそうですね…」 先ほどとは逆にスカイの手を引き、体育館を後にする。いつものトレーナー室に急ぎ足で駆け込み、緊張が解けた笑いがお互いから飛ぶ。 「…これから、大変になるな。」 「望むところ、ですよ。…にゃはは」 そういって微笑み合う二人。闇がかった空の先に、幸せの風が吹き飛んでいく。二人の物語は、まだ始まったばかりだ。