空が黒から蒼になろうとした頃、海岸線沿いに一人の影があった 「朝マヅメなんだから、釣りをしないなんてないよね~」 その影は長い長いつり竿を振り海に釣り糸を投げる 「よっとぉ~、いいところまではいったかな~」 餌がちゃんとポイントに入れられたのを確認し、彼女はクーラーボックスに竿を立てかけて寝そべり始める ーーーーセイウンスカイ それが彼女の名前である 釣り糸を垂れ始めてから暫くたちーーー釣り竿が勢いよく引く 「む・・・食い込んだかな~」 そう言うと彼女は釣り竿のリールを巻き始める 「お、このお魚さんは大きいですね~」竿から伝わる手ごたえに彼女はニヤリとする だが…急に釣り竿のテンションが無くなる 「むむ・・・バレましたか、手ごわいですねぇ」 (今のは合わせをしっかりやらないとダメだったねぇ…)などと考えながら彼女は、竿を戻し竿の仕掛けを治す 「よーし、釣るぞー」仕掛けを治した竿をもう一度海に投げ入れる 今ので彼女の煮えたぎる闘志に火が入ったのか、さっきまでとは違い目に力強い光が宿っていた… 数刻後、空が蒼から白になり日が登り始めるころ 「いや~、迎えに来てもらってありがとうトレーナーさん」と連絡を受け自動車で迎えに来たトレーナーに彼女は言う姿があった トレーナーが何かを言おうとしたのを遮って彼女はさらに言う 「せっかく来たんだし、釣りをしないのはセイちゃんは海に失礼だと思います、 それに、いつもとは違う場所に来ているので、トレーナーさんが見当違いのところを探さなくてもいいように来てもらいましたー、テヘ♪」 その言葉を受けすこし憮然としたトレーナーではあったがいつもの事ではあったので気にするのをやめて、「それで釣果は?」と聞く 「まぁまぁ・・・ってところかな」彼女はそう言いながらクーラーボックスを開ける…中にはアジが何匹か入っていた 「一番最初にかかったのが釣れてればなー、もっといい感じだったんだけどねー」 逃した鯛は大きいという言葉が当てはまるかのように言動をしながら残念がる彼女 その姿にトレーナーは、(あっ…今日の夕方か明日の朝かどっちかでまたここにいくんだろうな)と考えながら、そろそろ朝食のためいったん帰ろうと促すのだった ・ ・ ・ 「「いただきまーす」」トレーナーと彼女の声のそろって響くのはあるアパートの一室 あの後戻ってきた二人は、朝食をとることにしたのだった 彼女の「セイちゃんは新鮮なアジなのでアジの叩きがいいと考えまーす」との一言で朝食は、 ご飯にアジの叩きに目玉焼きと味噌汁となかなかご機嫌な物になっており、二人に笑顔を与えていたりする 「いやー、早起きは三文の得といいますがー、私の朝釣りのおかげでご機嫌な朝食が取れましたな、 なのでトレーナーさん、ここにいる間はずっと釣りをしたいのですがよろしいですよね?」と彼女はニコニコしながら言う トレーナーは慣れたもので、「そうだなメニューをこなした後なら考えてもいいぞ」と返しその手には乗らないことを示す 「やっぱり乗ってくれないかー、まぁ分かっていたけどね」と彼女は肩をすくめる そんな軽い丁々発止のやりとりでも彼女らにとっては大切な時間だったりする 朝食を食べ終え、彼女とトレーナーは部屋を出てある場所に向かう ーーーーURA競走バリハビリテーションセンター 福島県のいわき市にあるこの施設は現役競走ウマ娘のリハビリテーションを専門とする施設である 天皇賞秋の時に痛めた足を何とかごまかしながら有馬記念そしてURAファイナルを戦った彼女は、 足の検査と長期休養を兼ねてこの施設を利用することにしたのだった ちなみに、センターでは長期利用向けのウマ娘が使える寮があるが門限がある為、 釣りができないと彼女が嫌がり普通のアパートの部屋を借りて通ってたりする バシャバシャと施設のプールから水しぶきの音がする、彼女がプールを使っているのだ この施設にはウォーターウォーキングマシンやウォータートレッドミルなど学園にもない施設があるが 彼女はスイミングプールを中心としたプログラムを組んでいる、それは彼女の戦略を裏付けするスタミナをこの長期利用でさらに一気につけるためであった (競バ場のみんなをあっと言わせたいじゃない?)そう思いながら泳ぐ彼女はライバル達のことを考えていた 天皇賞や有馬やURAの後またライバル達は強くなっているだろう、そしてそれに対抗するにはどうすればいいか? 少し前なら自身に限界を感じ諦めていただろう だが今は違う、自分を信じ続けたトレーナーがいるのだ、彼の存在が彼女に意欲と力を与えるのだ (全く、トレーナーはずるい人だよ)そう思いながらも顔は少しほころびながら彼女は力強く水をかき分け続けたのだった… プールを使った後は体温を温めるのが常ではあるが、この施設では温泉を使っている (あーいい…、これのためだけに私はプールで頑張っているようなものだね) いわき湯本温泉の源泉かけ流しの温泉につかりながら彼女は体を伸ばし、冷えたスポーツドリンクに手を伸ばし軽食を食べ始める 温泉治療目的に長時間温泉につかる必要がある、そのため午前中いっぱいプールを使った彼女は時間の都合上、他の利用しているウマ娘同様に入浴しながら飲食を行うのだった (これで、この状況で釣りができたらもっと最高なんだけどな~) 気持ちよさに蕩け切った脳は彼女にそんなバラ色ビジョンを見せる (寝湯ができる場所も欲しいな~、こんな気持ちいいの眠るなって言うのが無理だよぉ) そんなことを考えつつ、いつしかたったまま眠りに落ちて温浴の時間は過ぎてゆく 温浴後、足の検診を得て今日のメニューは終了しトレーナーとともに彼女はアパートの一室に帰ってきたのだった 空はそろそろ黄色くなり始めろうかというころである 「トレーナーさん、これからの時間に何が始まるでしょ~?」帰ってきて開口一番に彼女はトレーナーに言う トレーナーは悩みながらも「夕食か?」と言う 「ぶー外れでーす、答えは夕マヅメでーす、というわけでこれから釣りに行ってきまーす」 彼女はトレーナーの反応を見ずに釣り具をもって出かけて行ったのだった… 残されたトレーナーは呆然としていたが、何年も付き合ってきた経験からある結論を導きだしていた 「あいつ、朝に逃がした魚を釣りに行ったな…」やれやれと言わんばかりにトレーナーは一人呟くのだった… 彼女は飄々とした風貌ではあるが中身はぐらぐら煮えたぎる負けず嫌いの塊であるのだ 空が黄色から赤になろうとした頃、朝にいた海岸線に彼女の姿があった 朝と同じように釣り糸を垂らしていたが… 「むー…釣れない、根がかりすらしないや…」彼女はそう言いながら、釣竿を戻し仕掛けをなおして再び釣り糸を海に投げ入れる 辺りは誰もおらずただ波の音が鳴るこの場所に座りながら彼女は天皇賞秋の前のことを考える 身体的な限界と自身の策が限界だと悟りもがいていたあの時期を・・・ 今は施設でよくなってはいるが、足の方はだましだまし走ったので限界をいつ迎えてもおかしくないし、ライバル達はまた強くなっている あの時期と同じかより厳しくなっていると実感はしていたのだ だが… ふと気が付くと彼女の前に小さな包みが差し出されていた 「遅いよ、トレーナーさん」彼女は言いながら、包みを受け取り開ける…菓子パンが入っていた 「釣果ゼロ、根係すらしませんね~、あっトレーナーさんの分の釣竿はクーラーボックスに入ってるよ~」トレーナーに釣果は?と聞かれた彼女は答える 二人並び釣り糸を垂れながら、菓子パンを食べながら彼女は思う だが…あの時とは一つ明確に違うことがあることも知っている 二人で釣り糸を垂れるならば、限界も壁も超えられるし怖くないということに 釣り糸を垂れるながら彼女は考える、こうしてトレーナーと釣りをしている自分は幸せであると そして自分はトレーナーとこれからも釣りをしたいのだと ・・・とそこに、トレーナーの釣竿がしなる 「あっトレーナーさん!来てるよ!引いて引いて!」と彼女は慌ててトレーナーに言う 竿をしならせながら必死にトレーナーは何とか吊り上げたのを彼女はタモで確保する 「む・・・これはスズキ、シーバスとも呼ばれる大物ですよ、やりますねートレーナーさん」 器用に魚から針を抜きクーラーボックスに入れながら彼女は言う しかし… 「トレーナーさん・・・セイちゃんは今日は大物を釣るまでは帰りたくなくなりました」目に明確な闘志が宿る その姿にトレーナーは彼女にはぐつぐつと煮えたぎる負けず嫌いの塊であることを再認識し再び釣り糸を海に投げ入れるのだった 二人の釣りはその日の夕日が落ちるまで寄り添うように続いたという… どこからか飛んできた吹き矢に塗られていた毒によってこんな感じのウマ娘の日常が見たくてたまらない欲求が噴き出してしまった 何とか解毒できたのでこれにて失礼する