『今度実家の神社でお祭りがあるんです!』 トレーナーさんも遊びに来ませんか、と担当ウマ娘のマチカネフクキタルに誘われたのは、セミが鳴き始めた夏の入り口のことだった。 フクキタルは応援してくれる人々へ幸せを届けるために走り、URAファイナルズで輝かしい成績を残してからも数々のレースで活躍してくれた。 最近はようやくそうした忙しさも落ち着き始め、俺もフクキタルも息抜きをするのに丁度良い時期であると言える、なので。  >それじゃあ行こうかな 誘われるがまま出かけることにした。 フクキタルの実家はトレセン学園から電車を何本か乗り継いだ場所にある木々に囲まれた神社で、鳥居を通ると朝早くにも関わらず、既に境内はお祭りの準備で賑わっていた。 「トレーナーさん、こちらです!」 人混みの中を手を引かれながら歩く。 ここに来るまでの間にフクキタルは家族のことを話してくれた。 自身もウマ娘でありレースに出走した経験のある母親、トレーナーとして母親を支えていた父親、泣き虫だったフクキタルを思いやってくれた優しい祖父母、そして亡き姉との思い出。 それらを語るフクキタルの顔はとても穏やかで、彼女の明るい性格もそうした人々に育てられた故のものなのだろうと思った。 そうしているうちにたどり着いた社務所で出迎えてくれたフクキタルの家族は、なるほどあの娘の家族だと感じる親しみやすさだった。 フクキタルから話は聞いているとか学園でのあの子の様子はどうだなど、これはしばらく解放してもらえなさそうだ。横目で話題の中心に助けを求めるも、彼女はそそくさと室内へ上がり 「それではトレーナーさん、私は準備をしてきますね!」 とだけ言い残して奥の部屋へ消えていった。 準備って何のだ?という疑問は怒涛の質問攻めに押し流された。 「お疲れの所災難でしたねぇ」 案内された客室でフクキタルの祖母にお茶をいただく。  >賑やかなご家族ですね 少し苦笑しながら答える。だけどああいうのは嫌ではない、むしろ温かみを感じる雰囲気であった。  >フクキタルさんの優しい人柄の理由が分かった気がします 「ええ、ええ、フクちゃんは優しい子です」 俺の言葉にフクキタルの祖母が目を細めて頷く。 「トレーナーさん、これからもあの子をよろしくお願いします」 座ったままお辞儀をされ、慌ててこちらも座布団の上でかしこまる。 「あの子はああ見えて繊細なところがありますから」 そう、4年以上もの付き合いなのだから知っている。明るさの裏で自己評価が低く自信を持てないことも。 けれど、同時にそれを乗り越えられる強さを持っていることも知っている。  >ええ、任せてください 「トレーナーさん!お待たせいたしました!」 神妙な空気を断ち切るように襖越しにフクキタルの声が響く。  >何の準備だったんだ? 「むっふっふー、じゃじゃーん!」 勢いよく襖が開け放たれ、担当ウマ娘の姿が現れる。だがそれは俺が知る姿から大きく変わり果てていて… 「ふんぎゃろ!なんですかその表現は!?」  >冗談だ 「もう!それで、どうですか?」  >似合ってると思うよ 彼女は真っ赤な緋袴に袖の大きな白衣をまとった、所謂巫女装束の姿だった。 「ふっふーん!今日の私はマチカネミコキタル!普段と違う魅力をお届けです!」 その場をくるくると舞い始めるフクキタル、なんだか上機嫌なようだ。 「フギャ-!?」 …緋袴の裾を踏んづけて体勢を崩した。 慌てて抱き止める、なんとか転ぶ前に支えることができた。  >大丈夫か? 「は、はい…トレーナーさん、ありがとうございます…」 胸の中に収まるフクキタルが目線だけをこちらへ向ける。心なしか顔が赤いような。  >………… 「…………っは!」 フクキタルが弾かれるように離れて背中側に目線を向ける。 振り向くとフクキタルの祖母がニコニコとこちらを見ていた。 「楽しんでくださいね」 …楽しそうだなおばあちゃん。 「トレーナーさんはお婆ちゃんと何を話していたんですか?」  >フクキタルがドジって話 「うぐっ、いやはは…久しぶりに着たものですから」  >どうして急に巫女の衣装を? 「そりゃあお祭りのお手伝いのためですよ」 考えてみれば当然だ、実家のお祭りなんだしフクキタルは手伝いに回るのか。 「あのー、それでなんですけど…」  >え? 「お祭りの準備に人手が不足してるとかでして、まさに招き猫の手も借りたいというか、トレーナーさんの手も借りたいというか…」  >…分かった、手伝うよ 「本当ですか!やっほーい!さすがトレーナーさん!」  >もしかして最初からそのつもりで連れてきたのか 「そ、そんなこと!ちょびーっとだけです!」  >…… 「フンギャ-!」 とりあえずデコピンをお見舞いした。 「屋台はこの灯籠を越えない所に立てて下さーい!あっ、それはここに合わせて骨組みを…」 いざ手伝いが始まるとフクキタルの手際は見事なものだった。 「ふっふっふー、我が家のおみくじはなんと大吉3割増しですよー!なんてお得!」 手慣れた様子で準備を進めながら、他の人に作業を割り振っていく様子は年季を感じさせる。 俺も彼女に指示に従って動いているだけだが、たしかに一人でお祭りを回るよりこっちの方が楽しいかもしれない。 そうしてお祭りの開催時刻の正午までには準備は整い、徐々に参拝客の姿も見えてきた。 「それではいよいよお祭りの始まりです!」 フクキタルが掛け声を上げる。あれだけ動き回っていたのにこの元気、さすがステイヤー。 祭りが大好きな祝いの巫女、他者の幸せを願って精一杯頑張る彼女の姿は、とても…なんというか、良いものだと思う。 それからは参拝客の誘導を行なったり、御守りを納める手伝いをして過ごした。 参拝客の中にはウマ娘の姿も多かったが、距離が離れてることもありさすがに中央トレセン学園の知り合いは見かけない。 「お疲れさまです!トレーナーさん!」 日が傾いて来た頃、フクキタルが飲み物を持ってやってきた。  >お疲れさま と、そこでまたフクキタルの衣装が変わっていることに気づく。  >どうしたんだ?それ 「えへへーっよくぞ聞いてくれました!」 フクキタルが両手を挙げてポーズを取る。 「これぞ!マチカネミコキタル大開運神楽奉納フォームッ!です!」 >…… 「わああっ!何か言ってくださいよー!」 大開運フォーム。どう見ても一般的な巫女装束である。さっきと違うのは白衣の上に千早を纏っていることだ。 >もしかして舞うのか? 「よくぞご存知で!これからあちらの神楽殿で神楽を奉納するので、ぜひトレーナーさんも見に来てください!」            フクキタルが舞う神楽はヒトとウマ娘の平穏と調和に感謝し、祈祷するものらしい。 フクキタルがいない時は母親が舞っているが、現役ウマ娘が舞うことでより強い加護が与えられるのだそうだ。 …舞っている最中に裾を踏みつけないだろうか。 そう心配しているとフクキタルが現れる。 その時、心臓が跳ねた。 >…っ! 一つ深く呼吸をして、舞に臨まんとするフクキタルの横顔に見惚れた。 見惚れた。そう表現するしかない。先程までのゆるいというか緊張感の薄さはどこへやら、彼女は極度の集中状態に入り、レース中に見せるそれと同じ顔をしていた。 そうして演奏と共に舞が始まると、その神秘的な美しさに息を呑んだ。 周囲の喧騒も煌びやかな火の輝きも消え去り、耳に届くのは自分の鼓動のみ、視線はマチカネフクキタルの舞だけを追い続けた。 そうしてる間も鼓動の音がどんどん激しさを増す、呼吸が浅くなる…そして… フクキタルが、裾を踏んだ。 惹き込まれていた意識が一気に現実に戻る、幸い普段のライブの成果か体勢を崩すことなく舞を続けている。 これなら他の人に気づかれてはいないだろう。ホッと胸を撫で下ろすが、鼓動が鳴り止まないことに気づく。 その後は何事もなく無事に神楽の奉納は終わった。            ご家族に手伝いはここまでで良いと言われ、勧められるままお風呂を借りた。あと差し出された金一封は丁重にお返しした。 湯上がりに神社の裏手にある縁側で夜風に当たっていても、思い返すのはフクキタルの姿ばかり。これは、まずい。まずいことになった。 いや、気づいてしまった。皆の幸せを願って走り回る元気な姿。時にいじらしく想いを伝える健気な姿。大切なものには真剣に取り組む一途な姿。 レースで1着をとった時に見せる眩しい笑顔。俺はあいつを、フクキタルのことを…。 「こんな所にいらっしゃいましたか!お隣いいですか?トレーナーさん!」 不意に悩みの種の呑気な声が聞こえた。  >フ、フクキタル… 「私も今日はもう休んでいいとのことなので!あ、かき氷食べますか?」 こちらの気も知らずかすぐ横に腰を下ろしてくる。 「イチゴ味をどうぞ!今日のトレーナーさんのラッキカラーです!」  >…ありがとう かき氷を受け取り口に詰め込むも、中々頭は冷えなかった。なんとなく気まずくてフクキタルから視線を逸らす。 「トレーナーさん?どうしたんですか?」 >っ!い、いや ずいっと顔を近づけられ心臓が跳ねる。まずい、なんとか話題を。…あれ、そういえばまた  >着替えたのか? 「あ、はい!神楽を舞う時に着ていたものは、すぐに脱ぐことになっているんです!」 よく見ると巫女の服のようではあるが、先程までのものとは違い白衣の袖が短く、火袴もスカートのような形をしている。なんかコスプレみたいだ。 「これは参拝にいらした方が記念撮影などで着ることができる、なんちゃって巫女服です!」  >なんでそんな服を 「今日の巫女さんのお仕事は終わったので!あとお母さんに着ていけと言われました、なぜに?」 フクキタルが人差し指を頭に当てて考えるポーズを取る。俺も分からない。 結局その後うまく会話が続かず、かき氷を咀嚼する音だけが響く。 静寂を破ったのはフクキタルだった。 「……トレーナーさん」  >…どうした? フクキタルが立ち上がり目の前に立った、その声は僅かに震えていた。 「さっき、トレーナーさんにお手伝いしてもらうために連れて来たのか?って、話しましたよね」  >ああ… 「それはほんとにちょびっとだけなんです、本当は…トレーナーさんに、もっと、私のこと知ってほしくて!」  >…っ なんとなく分かっていた 「私のことだけじゃなくて、私を育ててくれた家族のこととか…」 フクキタルが俺を家族に会わせた意味も 「だって…だって、私…」 彼女の想いだって。 >まって! 「…っ!ト、トレーナーさっ」  >その先は俺から言わせて欲しい 「ぇ、ふぇ…?」 深く呼吸をして覚悟を決める。彼女にここまで言わせてからなんて、我ながら本当にかっこ悪い。  >マチカネフクキタル 「は、はいっ!」 >俺は君のことが、好きだ 「はいっ!すきですか…すき、好き!?」  >トレーナーとウマ娘としてだけじゃなくて、一人の女の子として君がたまらなく愛しい! 「は、はぅわぁ……」  >トレーナー失格かもしれないけど、男として絶対に君を裏切ることはしないし、責任を投げ出すこともしない。だから、どうか。 「ハワ...アァ...」  >俺と、付き合ってくれないだろうか 彼女の手を両手で握りながら、溢れる想いの丈を伝える。 「…これ、夢ですか…?だって、トレーナーさんが私のこと好きなんて、そんなの」  >夢にされたら困る 「私!そんなにスタイルも良くないですし!顔だって…」  >フクキタルはかわいいよ 「そんなの…本当に、本当、なんですか…?」  >信じられないなら、何回でも言ってやる 誰かのために一生懸命になれる優しいところが好き、占いだけじゃなくて努力も欠かさない真面目さが好き、明るい姿にいつも元気をもらってる、 占いに一喜一憂する姿が可愛い、キラキラした瞳が好き、長い耳が可愛い、笑顔が好き、調子に乗りやすいけどちゃんと反省もする所も含めて愛嬌があると思う、 温泉旅行に行ったとき俺のためにあんなにネタを用意してくれたりする健気なところが大好きだ!それにスタイルあんまり良くないとか言ってたがお前は結構 「も、もう大丈夫ですっ!これ以上は溶けてしまいそうなので!」 見るとフクキタルの顔はすっかり茹で上がっていた、後半はほとんど勢い任せで色々言ってしまったが、全て本心だ。  >信じられたか? 「うう…それはもうトレーナーさんの想いは伝わりました、伝わりすぎて破裂してしまいそうです…」  >じゃあ、返事を聞かせてほしい 「そんなの…決まっています」 「…トレーナーさん、初めて会った時のこと、覚えていますか?」  >ああ、もちろん 「あの時はいきなり運命の人だなんて、すごくご迷惑をかけてしまいました」 驚きはしたが迷惑なんかではなかった、今こうして2人でいられるのだからむしろ… 「だけどトレーナーさんは、担当になる前の私に寄り添って、私自身の走りを見せてほしいと言ってくれて、私だけでは絶対に届かなかった夢を…っ掴ませてくれました…!」 フクキタルの目から一粒大きな星が流れ落ちた。 「あなたこそ私の運命の人…大好きです…!」 その言葉を聞いた瞬間、自然に体が動いてフクキタルを抱きしめていた。 「トレーナーさん…」 それと同時に空が明るく照らされたかと思うと、神社の表から歓声が聞こえた。 どうやらお祭りの一環で花火が打ち上げられたらしい。 「わぁ…っ綺麗ですね!」  >ああ… 身を寄せたまま2人で花火を眺める。 いや、花火を見ていたのはフクキタルだけだった。花火を映して一層きらきらと輝く瞳、幸せそうな笑顔、上気した肌。お祭りの非日常感が更に一歩分、俺の背中を押した。 「トレーナーさん…?」 フクキタルの頬に手を乗せ、こちらを向かせる。 「あっ…ん、ちゅっ…」 …時さえも止まってしまったようだった。柔らかな感触、フクキタルの香り、かき氷の甘さを仄かに感じる。 再び時が動き出したのは、今日一番の大輪が空に咲く音が響いた頃。 「ふわぁ…」  >愛してるぞ 「つ、冷たくて..アマイデス」 目を白黒させながら真っ赤な顔のフクキタルがつぶやく。  >暑いから、丁度いいな 「…ふふっ、ぬふふふふふっ」 かと思えば今度は笑い出した。 >…どうした? 「ふふふ…はにゃぁ…私、こんなに幸せでいいんでしょうか…」 蕩けた顔のフクキタルの頭を撫でる。  >これからも2人でたくさん福を掴もう! 「これ以上…幸せになっても、いいんですか?」  >当たり前だ 「はい…っ!トレーナーさん!これからも末ながーくよろしくお願いします!」 >ああ! 「…ところでトレーナーさん、早速お願いがあるのですが」  >なんだ? 「私まだ暑いので、というよりさっきより暑くなってしまいました、なので」 「おかわり、いただけませんか」 再び口元を寄せる、この愛らしい運命の人を、絶対に幸せにしてみせるという誓いを込めて。