最近マヤノの様子がおかしい。 トレーニングの最中などふとした瞬間に足を止めてしばらく固まるようになった。 脈絡なく動かなくなってその後殆ど反応しなくなる様はPCのフリーズを思わせる。それくらい心臓に悪い。 それも大変だがフリーズから復活した直後のマヤノと目が合うと、なんというか、怖い。 メイショウドトウやツインターボなどの目を10倍暗くしたようなそんな目をしている。じっと見てると気が狂いそうな、そんな目だった。 今もランニング中に突っ立ってフリーズを起こした。……何かを受信しているようにも見える。 「あっ、居た!マヤノのトレーナー!」 トウカイテイオーがこっちに走ってきた。 「ふう、あのさー、マヤノが……ひぇっ、またやってるー!」 「ああ、あれ?最近多くてね……トレーニング中断されると困るんだけど…」 「ねぇあれなんとかしてよ!このままだと部屋が変な紙で埋まっちゃうよー!」 変な紙、とはマヤノが書きなぐったものだった。 「夜な夜な起きてきて、ブツブツ言いながらなんか書いてるんだよー!何やってるか聞こうとしたら、なんか目がヘンなんだよー!」 どうやら目の届いていない所でも頻発する現象らしい。サンプルを持ってきてくれていたので、拝見することにした。 内容は、数学の証明のようなもの、としか言えなかった。 何分知識がない、PだのNだのさっぱりでつなぎの言葉しかまともに読めない。 こんなのが部屋に沢山あるらしい。そりゃ涙目にもなる。 「わかった。後で言っとくから、その紙全部運んでもらえる?預かるから。」 「ホントー!よかったあ。何かアレがあると変な夢みるんだよねー。」 手短な礼を残して、風のように帰っていった。マヤノはまだどこにもないどこかを見ていた。 「これは……」 マヤノを返した後、トレーナー室で運び込まれた資料を閲覧していた。 たっぷり段ボール1箱分の記述を斜め読みしていく。彼女の状況の理解になるかと期待していたが、甘かったようだ。 内容は、先ほどのような証明に、未知の生物の解剖図、何かの設計図に始まり 日本語でも英語ですらない文章、そもそも文字の体を成していないように見えるものもあった。マーベラス星の名前をみたときはちょっと安堵した。 なにより衝撃だったのは自分が脳内でぼんやり立てていたレース計画が具体的なタイムと順位を添えてつらつらと並べられていた文書。 まるで未来予知である。こんなものまで彼女は理解したというのか。あのフリーズしている最中に…… 「トレーナーちゃん♪」 背後から聞き知った声と、見慣れたジャージの手が飛び出してきた。 跳ねる心臓と共に振り返ると、マヤノがいつもの愛くるしい笑顔で背中に覆いかぶさっていた。 「あ、それー、マヤが描いてたやつ!なんでトレーナーちゃんが持ってるのー?」 テイオーから預かったことと、彼女が怖がるから自分に渡してほしいことを伝えると、 「なーんだ。テイオーちゃんが捨てたわけじゃないんだ。よかったー。」 いつも通りの反応。なのに背筋の寒気がやまない。 「ね、トレーナーちゃん。これどう思う?」 手を伸ばして、無造作に一枚拾い上げて、彼女は言った。 なにかくろいものが、はいごから、きて 「……マヤノが何かへんなこと書いたぐらいで、マヤノが変わるわけじゃないよ。」 絞り出すようにでた返答に、背後の気配が止んだ気がした。 「だよねー!」 弾みをつけてマヤノが背中から離れた。改めて向きなおって見るマヤノはやっぱりいつものマヤノだった。 「本当はね、もう全部どうでもいいかなって、キラキラすることよりも、ずっとずっとすごいことがあるのかなって、思ったんだ。」 一瞬、マヤノの目が淀んで、すぐに戻った。 「でも、トレーナーちゃんがいるから!マヤ、まだまだキラキラしたいなって思えるんだー!」 再び、今度は正面から抱き着かれる。 「だからね、トレーナーちゃん。これからもよろしくね!」 なんだ、彼女はやっぱりマヤノトップガンだ。キラキラすることが大好きで、オトナのオンナに憧れる、普通の── 「ずーっと、いっしょだからね」 ────その声音は自分の知るマヤノのものでは無かった。 「いっしょ」