『ターパン環境適応試験で全世界へ 各地で反対運動 軍出動も』(XXX1/02/28) 『ウマ娘出生率 前年度比大きく下回る』(XXX1/04/09) 『ターパン巡り動物愛護団体と人権保護団体衝突 X名死亡 米』 (XXX1/04/04) 『失業率■■%過去最悪 メジロ家ら合同声明「新たな雇用を作る」』(XXX1/04/21) 『ターパン亜種か?蒙・英・南アで奇蹄目動物報告』(XXX1/05/01) 『レース場維持費課題 カサマツ農地転用に活路』 (XXX1/05/12) 「ごちそうさまでした。」 向かいに座るキタハラが、ポカンとした表情でこちらを見つめる。持っていた唐揚げが落ちた。 「オグリお前まだ一杯しか…別に遠慮することはないんだぞ?お前が中央に行っている間、俺だって多少は稼いで」 言いかけた言葉に覆いかぶせるように続ける。 「いや、そういうことじゃなくて…もう、お腹いっぱいなんだ。」 キタハラはそうか、と言っていつものハンチングを目深にかぶり直して固まり、すこしふざけたように続けた。 「そうだよな、…この店はけっこうな量を出すことで昔、お前を連れてきたんだもんな!いやー忘れてたわ悪い悪い、俺もお前につられてもう腹いっぱいだ。…すいませーん!お会計お願しまーす!」 シリアスな場面にでくわすとおちゃらけるのは、この男の癖なのだろう。出会ってから何も変わっていないのがどこか安心できて、それと同時に気を遣わせてしまったことが悲しかった。 トレセン学園を卒業してひと月あまり。スタッフを目指していたベルノはその学力を活かして進学、ろっぺいはこれを機に引退し第二の人生といった具合に、それぞれがそれぞれの歩みだしていた。私は進学も就職もなにも決められず、ある日はベルノの家で、またある日はツカサの家で生活といった根無し草な日々を過ごしていた。 そんな折、キタハラから連絡が入った。顔出しがてら、農作業の手伝いに来てくれないかとのことだった。別段楊枝がない私は、その提案を快諾した。 駅前で食事を済ませてから、カサマツトレセンへと向かう。久々に見る故郷は、昔から活気のある街並みとは言えなかったが、それでもいつもよりずっと寂しく見えた。商店街はもともとトレセン学園との提携で成り立っていたような店が多かったのだろう、ずいぶんとシャッターが目立つようになっていた。 チッ、とキタハラが舌打ちをするのが聞こえた。こんな大っぴらに店出しやがってと苦々しくつぶやいた先には、黒地にネオンピンクといった、『いかにも』な店の看板であった。 女には売るものがある。そういったことに無頓着な私でもそのくらいのことは分かっていた。現に東京でも、そういった店は日に日に増えていくのを目の当たりにしている。行くぞオグリとけしかけられ、少し足早にその場を去ろうとしたが、立ち去る間際に見た看板に併設された『スタッフ』のパネルの中に、私と同じ耳を持つものが半数近くいたこと、手をかざして目線をかくしたその写真の中に、どこかカサマツトレセンで見かけたような顔がいたことは、頭から消えなかった。女には売るものがある。そしてそれはウマ娘も同様に、だった。 園内でジャージに着替えてからレース場へ向かう。そこはダートコースは相変わらずであったものの、内部はすっかり区画整理された畑が広がっていた。 「ここら一帯はコメはあまり獲れない地質らしくてな。仮にとれたとしても、こう物価が下がっちゃ二束三文にしかならないっていうんで、ニッチなケール…青汁の材料だな、それを一帯に作ろうってことになったんだ。」 今回はその苗植えで少しでも人手が欲しくてな、と言いながら手を振った。その先にはトメさんやシゲさん、そしてこちらに向かって走ってくるいつもの3人がいた。 近況報告もそこそこに、それぞれ仕事に入った。穴を掘り、苗を置き、埋めてから水を撒く。そんな単純作業でこそあれ、東京で無為に過ごしていた時よりもずっと楽しかった。 ___これこそ『砂遊び』だな。 中央に入りたての時、ブラッキーエールに言われたセリフを思い出し、少し笑った。 黙々と作業をしていると、あっという間に夕日が輝く時間帯になっていた。今日はこのくらいにと帰る間際、トメさんとシゲさんに呼び止められ振り向くと、ニコニコと昔と変わらぬ笑顔で大きなアルミホイルの塊を手渡してきた。中身は見なくてもわかる。特製のどこをかじってもすぐに具が出てくるおにぎりだ。 「ありがとう。…またお夕飯のときにいただくよ。」 そう伝えると、二人の笑顔が少し曇った。表情こそ異なるものの、昼食時にキタハラが見せた様子と重なるものがあった。こういう時私は弱い。謝ろうかどうしようか迷っていると、後ろから蹄鉄と砂が擦れる音が聞こえた。その音は懐かしく、そして私に目標をくれた足音でもあった。次第に速くなってくるそれに、私はふりむいた。 「マー…」 次の瞬間血走った彼女の顔が見え、同時に頬に衝撃が走った。またか、と思いながら、私は意識を夕空へと飛ばした。 なんで帰ってきた、ふざけるな、どの面下げて___意識を飛ばす前にそんな言葉が聞こえた気がする。ふっと目を覚ますと、保健室の天井とノルンの顔が見えた。 「私は…」 「おっ、目ェ覚ました!よかったよかった…悪かったよ。あの時アタシたちがそばにいればよかったんだけど。」 「マーチは?」 ノルンに尋ねると、 「農じょ…ううん、レース場にいるよ。」 と、私を再びレース場へと連れて行ってくれた。 レース場にはほんの少しばかりの灯りがともっており、マーチの足音だけが響き渡っていた。隣にいるノルンが話を切り出す。 「アイツは相変わらずだよ。オグリが中央へ移籍してからも、そしてあの時からも、ずっと。」 「…『お前よりも永く、ここに立って見せるよ。』」 「そう。なにかにつけてさ、オグリが待ってるオグリが待ってるって念仏となえるみたいに。トゥインクルシリーズが終わってっからも、卒業してからもだよ?センセーに無茶言って、仕事の前にああやって毎日走りこんでる。」 仕事は、と言いかけ、止める。あのパネルの中にいたような___万が一だとしても___そんな気がしてしまったからだ。アタシもさ、とノルンが再び話し出す。 「自分でも意識低い系だってわかってるし、今だって実家のダンス教室継げばいっかーくらいの感覚で生活してるんだけどさ、それでもウマ娘のホンノー?っていうのかな。やっぱ悔しいんだよね。自分の道をカミサマが無理矢理進ませたってのは。だから学校離れてからもレース場が残るようにあの畑で手伝いしてるし。…もちろんアイツらとつるんでるのが楽しいってのもあるんだけどさ!」 でも、といってノルンは立ち上がる。 「…アイツがああやって頑張ってるところを見てると、アタシも頑張ろうって気持ちになれるんだ。」 「励まし、か。」 「それな!…ねぇオグリ、今日ああやって農作業しててさ、楽しかった?」 うん、と手短に答えると、ノルンは少し寂しそうに笑った。ああ、この感じ今日で何度目だろう。 「そっか。…でもアタシはさ、オグリのああいう姿、ずっとは見ていたくないよ。」 その言葉の意味を聞く前にノルンはマーチを大声で呼び出すと、早々に出口へと駆け出して行った。 呼び止めようとすると、 「…オグリ?」 息を切らしたマーチがそばにいた。 さっきは申し訳なかったと謝りながら、隣に座る。 「私はいつか中央に上がってやろう、お前にいつかは勝ってやろう、そんな一心であれからも走り続けた。…こうなってからも、な。」 マーチは自分の背中の下をたたく。御多分にもれず、そこにしっぽはない。 「お前にもわかるだろう?日に日に自分の体が自分のものではなくなっていく感覚が。だがそれでも私は走り続け抗い続け…気が付いたら卒業さ。私は走りで特待生入学だったからな。学校も多少は面倒こそ見てくれたが、この不景気でこんな町じゃ勤め先なんてろくになかった。…ここに来る途中、商店街は通ったか?」 「い…いや?」 嘘をついた。しかしそれはすぐに看破された。 「お互い、不器用だな。…まぁお察しの通り、さ。体の使い道なんて、いくらでもあるものなんだな。」 自虐的に笑うマーチがいた。この町にきてからずっと、笑顔に影を落としている姿ばかり見てきたからか、涙がでそうになった。 「さっき、なんで私が殴ったか、分かるか?」 「…ゴールドジュニアの時と同じ、かな」 ゴールドジュニア。勝ったら中央、負けたら地方といった分水嶺に立ち、どんな気持ちでレースに立てばいいのかと中途半端な気持ちで悩んでいたところで一発を食らったのを、今でも覚えている。 「それに近いな。目指していたものが急に戻ってきて、それでしかもあの時と同じ表情をしていたから、ついな。…なぁオグリ、お前は今日あそこで農作業をしていたんだよな。…楽しかったか?」 「さっきノルンにも同じことを聞かれたんだが…まぁ、楽しかったよ。」 「そうか。それならそれでもいい。だけどな。」 マーチがじっとこちらを見てくる。 「来年もあんな表情でここにいたら、今度はグーでぶっ飛ばすぞ。」 「…意味が分からない。」 狼狽していると、マーチが少し声を大きくした。 「頼むからお前は、希望であってくれ!」 思い出が一気によみがえる。オグリキャップ、お前が時代を作れ、世の中を変えてやれ、お前の走りが人を励まし勇気づけ、生きる力を与えろ。そして誰からも… 「愛されるような、その愛にこたえられるようなウマ娘になれ…。」 積もり積もった感情が、止まらなかった。 「そうだ。こんな時だからこそ私の、カサマツの、みんなの希望になってくれ…!」 マーチも言葉を震わせていた。 「だけど、私はもう走れ…」 「それでもいい。お前の強みはそれだけじゃないはずだろう?走りじゃなくても、それを活かして愛されるような、このつらい世界を余すことなく力を与えてくれ。」 「…できるかな。」 「できるともさ。」 一転マーチは優しく私を励まし、会話が途切れた。 ふと、ジャージのポケットになにかが入っていることに気が付いた。夕方トメさんたちにもらった大きなおにぎりだった。アルミ箔をはがし、一心にかじりつく。どこから食べても具材にたどりつく、特製のおにぎり。うま味も酸いも甘いも塩気も苦みも、たとえ腹が張り裂けそうになっても食らい、食らい、食らいつくす。 そう、それでいいんだとマーチだけではなく、カサマツのみなが言っているような気がした。