『露南部で新種見つかる ウシ・キリンと異なる特徴』(XXX0/02/24) 『新種「ターパン」と命名 研究者「人なつっこい」』 (XXX0/03/03) 『ターパンの調査本格化 全世界で研究を目指す』(XXX0/04/12) 『ウマ娘の体調不良報告増加 原因不明』(XXX0/04/23) 『××記念 例年タイム大きく下回る ビワハヤヒデ「なにかがおかしい」』(XXX0/04/30)  「…そう、おかしい。」 控室でシャワーもそこそこにして髪を乾かしながら、インタビューにて苦心しながら絞り出した言葉を反芻する。今日のレースで私は勝った。しかし、ここまで喜びきれない勝利というのは今まで経験したことがなかった。 トレーニング中から予兆こそあった。踏ん張りがきかない、足の速さもノビも落ちている、スタミナも衰えているということは、プランニングしながら走る余裕が全くなかったことが証明している。初めはスランプや衰えの類のものかと思い、トレーニング量や種類を調整しながら改善に挑んだ。しかし結果は変わらず、むしろ悪化していった。近づきつつあるレースを前に出走回避をも考えたが、トレーナーくんの後押しもあって半ば不調時の走り方のデータを今後に活かすことを目的にして、レースに挑んだ。 結果は一着であった。だが、それはあまりにも不可解であった。観客も報道陣も関係者も、その不可解さにどよめきという形で答えを返すしかなかった。 絶不調なのは私だけではなかった。もう走りたくないとも思えるような全身の苦痛、疲労、焦燥。走り終えた誰もかれもがそういった表情をしていた。 考えたくもない疑惑が、少しずつ頭の中で輪郭をハッキリとさせていく。ひょっとしてまさか私は、いや私たちは___。 ノックの音がする。入るぞ姉貴とやって来たのは、観戦にきていたブライアンだった。招き入れてしばらくした後、言葉少なに切り出してきた。 「…一着おめでとう。」 どこか奥歯に物が挟まった言い方に、私は乾いた感じで少し笑ってからこう返す。 「ありがとう。…『いい走り』だったか?」 返事はない。走りを追い求める妹に対してかなり意地悪な問いかけだっただろうか。すまないと謝ろうとしたものの、それは 「多分私も、ああなっていたと思う。」 まるでらしくもない弱音にかき消された。 妹はぽつりぽつりと言葉を紡ぎだしていく。自分もトレーニング中から違和感を覚えていたこと、どれだけ突き詰めようとも改善の兆しが見えないこと。そして、なぜかぼんやりとこうなるような気がしていたということ。 「姉貴、…なにか心あたりはないか?最近私たちの間で増えている体調不良だけが原因だとは到底思えない。」 孤高という表現がぴったりな凛とした瞳の中に、少し揺らぎが見えた。そんな姿を見た私は、先ほどまで頭の中にあった疑惑___口にすることで本当になってしまうのではないかと恐怖心はあったものの___それを打ち明けた。 「タキオンくんのことは知っているよな?」 「あぁ…あの実験バカの」 「彼女も件の体調不良を患っている。かねてより度々世話になっていたから見舞いにいったんだが、そのときに『あくまで仮説として』こんな話を聞いた。」 「それは?」 「『世界全体が変化しつつある』ということらしい。」 「…は?」 「フフッ…やはり姉妹だな。私もその話を聞いた時、そんなリアクションをした記憶がある。…つい最近新種の生物が見つかったって、大きくニュースで出てただろう?その生物が関わってくることらしい。」 「一度は映像を見たと思うが、体の特徴や優れたスピードとパワー、ヒトとの親和性の高さ。…こうやって言葉にすると、改めてウマ娘の特徴と一致する部分が多いと実感するな。」 「私にはまだ、何が何やらさっぱり掴めていないんだが。」 「タキオンくんはこういったことも教えてくれた。この世界では、従来よりも秀でた何かが新たに表れたとき、それに関わる事象すべてが意思統一でもしたかのような行動をとる、といった歴史を繰り返してきたと。その行動の内容はその上位存在への抵抗であったり、種の存続のために競争から降りたりと種族によって千差万別とのことだが、根底には共通していることがあるとか。」 「…それは?」 ブライアンも大筋話が理解できたようである。たびたび喉元が動いていた。 「『あきらめと順応』らしい。どんなに抵抗するそぶりや行動を示そうとも、それはいうなればロウソクが消える直前に見せる一瞬のきらめきのようなもので、意識下では変化に備えているそうだ。」 ここからは私の仮説だがと前置きをしてから、引き続き妹に語る。 「もしあのターパンとかいう新種が、有史以来我々が担ってきた役割を本来果たすべき存在だったとしたら?本来この世界で栄えるべき存在であったとしたら?私はそう考えるんだ。」 「考えてみれば、我々の存在というのはかなり異質だ。ヒトと大して変わらない容貌と体躯にも関わらず、どうして驚異的な身体能力を持っているのか。もしかしたら本来その力を持つべきものがいて、なんらかのイレギュラーの結果、我々がその力を備えてしまったのではないだろうか?」 「その本来持つべきもの、というのがあいつらだと?」 「ああそうだ。今はまだ見つかったばかりということもあるからか、我々には体調不良という比較的小さな変化で収まっているのかもしれない。ただ時間がたつにつれ、彼らは数を増やすだろう。ニュースにもあったが人なつっこく環境への順応性も高いそうだ。全世界で調査するとのことだから、ゆくゆくは___。」 「言うな…」 「我々の行く末は___。」 「言うな!!」 ブライアンが今日一番の大声で制止する。こちらをにらみつけるように見てこそいるが、いつも咥えている草がかすかに揺れている。お互いに考えていることは一緒、なのだろう。拳を握りながら言う。 「…私は姉貴みたくそこまで論理的に考えられるタチじゃない。だが、それは間違っている。さっき『従来よりも秀でた何かが新たに表れたとき』といったよな。確かに身体能力という点では、あいつらと同等なのかはわからない。ただ…。」 「ただ?」 「私たちが皆に与えてきたもの…勇気や希望、期待そして夢といったようなものは、我々の方がずっと…」 「いや、絶対に優れている。もしそうでないというなら、私たちを支えてきたものたちへの冒涜になるだろう。違うか?」 ブライアンの言葉は私への説得にも聞こえたし、自分自身への言い聞かせのようにも聞こえた。ただそれで、私の心持ちがすこし和らいだのは事実だ。 しばしの沈黙が続いたあと、私の口が妹を安堵させようと動いた。 「…そうだな。こうやってまだなにもわかっていないにも関わらず、思いつめるように考えてしまうというのは、私の悪い癖なのかもしれないな。」 「そういうのを頭でっかちっていうんだ。」 「誰の頭が大きいって?!」 妹が憎まれ口をたたき、姉がそれを諫める。絵にかいたような光景を再現してしまい、頬が少し緩んだ。 「このご時世だ、何かにつけてストレスが溜まっているのかもしれない。お互いに休養が必要なのかもしれないな。…長々と悪かったな。このあとライブだろ?」 時計を見上げる。しまった。すぐにリハーサルをしなくては。急いでたちあがり、クローゼットへ向かう。妹に感謝を告げようとそちらを見ると、目を見張るようにして固まっている姿が目に入った。 「どうしたブライアン?」 「…姉貴。」 先ほどまで座っていた椅子を指さす。収まったはずの葉の震えがより大きくなっていた。 そこには、白い塊があった。 厳密にいうと、ごっそりと抜けた尾部の毛が残されていた。 先ほどよりも長く、悲痛な沈黙が部屋の中を埋め尽くした。聞こえるのは時計が秒針を刻む音だけであった。カチリ、カチリと無機質に鳴り響く音は、まるで何かをカウントダウンしているかのように聞こえた。