1. 昼下がりのトレーナー室。日曜日の静かな部屋に、パチンと音が響いた。 「雨入り四光。」 トレーナーさんの松のカス札が鶴の札を合わせ、役を揃える。 「こいこいはしますか?」 「やめとく。次行こう。」 …昼食後から始めた花札も、気づけば6戦6敗。 スズカ先輩やキングちゃんに負けなしの私ですが、ここまで負けっぱなし。遊びで負けて本気で悔しがるほど子供ではありません。しかし、心の奥底で燻るものがあるのは確か。…であれば 「トレーナーさん。」 「なに?」 「次の勝負、勝った方が負けた方になんでも命令できるというのはどうでしょう?」 「……何考えてるのかは知らないけど、のった。」 背水の陣を敷く。遊びとて、不退転の意思を貫き通します。つい何でもと言ってしまいましたが、要は勝てばいいのです。トレーナーさんと言えど、勝ち逃げなどさせません。 ・・・・・・・・・・・・・ ⏰ ・・・・・・・・・・・・・ 当初あった持ち点の10点は今や3点。何がどうしてこうなったのでしょう、気づけば崖っぷち。 パチン  パチン 今日は厄日だったのでしょうか…。いえ、こんな事を言い訳にしてしまっては、フクキタル先輩のようにアイアンクローを食らってしまいます。とにかく、役を揃えて持ち直さないと…。 「タネ、こいこい。」 気を抜いていたわけではありませんが、その言葉にビクッとしてしまいます。 トレーナーさんの手には猪、鹿を含んだタネが五枚、小野道風と月の光札が二枚、タンが二枚にカスが七枚。 対して私の手には蝶を含んだタネが三枚に、赤タン二枚、カスが三枚。 ……ここまでひどい手だと、いっそのこと運のせいにしたいくらい。 もはや起死回生の一手は望めないので、この後の事でも考えます。 一体何を命令されるのでしょうか。といっても、私にできることなんてレースで勝つ、料理、雑用くらいのもの。まさかそれとも… 一度変なことを考えてしまうと容易には抜け出せず、瞬く間に頭の中は桃色一色。 いけません、いけません。そんなこと考えては。ほら、次は私の番です。 とにかく何でもいいから続けないと。 パチン   パチン 「カス、こいこい。」 また揃えられてしまいました。次にカスでもタネでも取られれば終わり。 ふとあの人の顔を見ると、目が合う。今ニヤッとしましたね?間違いないです、これはそういうことを命令する表情。あぁ、こんなことならもっと勉強しておけばよかった。 今度スぺちゃん辺りに聞いてみようなんて思いつつ、合わせる札のない桜の幕を出した。 「カス、雨入り四光で11文。…終わりかな?」 ・・・・・・・・・・・・・ ⏰ ・・・・・・・・・・・・・ 「えっと、なんでも命令できるんだったよね。」 「はい。なんでも、ですよ。」 何を言われるかは、わかってるんです。なのでこの燻りをなんとか… 「グラスの淹れたお茶が飲みたい。」 「いつも淹れてもらってるけど、ホントにおいしいから…。ダメかな?」 その言葉に目を丸くし、内心では愕然とした。しかし、表情に出すことはせず何とか取り繕えました。 「はい、承りました。ご命令とあらばよろこんで♪」 と言い、私は席を立って流し台へと向かいます。 「そういえば、スズカ先輩からお茶うけにぴったりのお菓子をもらったんですよ。そちらも用意しますね。」 そして座ったままのトレーナーさんとすれ違う瞬間 「残念です。」 わざと本音を漏らす。 困惑したトレーナーさんが慌てるのを背後に感じつつ、お茶を淹れる。 勝手に期待して勝手に落胆する。申し訳ないとは思いますが、何でもしていいというのにお茶しか要求しないトレーナーさんにも問題があると思いません? もうとっくに一線は越えている、二人きりの密室、お休みの日。 ここまで揃ってるというのに。 色呆けてる私が悪い、という文句は受け付けておりません。 2. 勝手に期待して勝手に落ち込んだ花札をしてから数日。 あの日以来花札も情事もしておらず、私のこの燻りは高まり続けている。 いっそのこと私の方からしたいと言ってしまえば楽なのでしょうが、それではいけないのです。…我ながら面倒な女だとは思います。しかし、自分から誘うようでは卑しく、浅ましい女に見えやしないか。そしてなによりも…負けたような、そんな感じがするのです。 こういう時、スぺちゃんやスズカ先輩の積極性がうらやましい。 ふと時計を見ると、門限が近づいていた。ここで悩んでいても、何も解決しないことは分かりきってる。…だったらもう行ってしまえば良いのでは?そう考えたとき、決意は決まっていました。……急いで外泊届を。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ⏰ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「どうしたグラス、アポもなしに泊りに来るなんて。」 …何も考えずに来てしまった故、肝心の部屋に入る理由を考えていませんでした。 どうしましょう、何をしにきたか。 料理?家事?素直に話す?ノー 力づく?No way!  「……まぁ、いいか。ほら、入って。」 無策に飛び込んだものの、案外上手くいって驚きました。 こっそりと心のメモに、押しかけても大丈夫と書き加えておきます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ⏰ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ トレーナーさんの手料理や、シャワーを浴びてもうすっかり寝る準備。 それまでの間、彼は何も聞かずにいてくれました。 それが嬉しくもあり、もどかしい。 「グラス、そろそろ寝ようか。」 先にベッドへ入ったトレーナーさんがそう促してきます。 ここで言わなければ、先延ばしになってしまう。そう思った私は、再戦をもちかけました。 「トレーナーさん。こいこい、したいです。」 「一回だけならいいけども。」 「ありがとうございます。それで…勝った方が負けた方になんでも命令できるというのはどうですか。」 「……それって、この前の続きってこと?」 「はい。」 「ご期待に沿えられるかはわからないけど、やろうか。」 そうして、寝る前の一戦が始まりました。 パチン シンと静まった部屋に、札を合わせる音が響く。二人共フローリングの上に座り、無言のまま。 私がすることは、負ける事。そして… と、ここまで考えて気が付く。今度こそあの人は気づいてくれるのだろうか。 先程ベッドに誘ってきたのだって、ただ単に寝るため。そういう事になる雰囲気では全くありませんでした。 あの人はこの一戦をどう捉えているのか。単なるリベンジマッチではないことは承知の上だろう。それは先程から時折向けられている、探るような視線からわかる。 そもそも、あの人自身心当たりがないのでしょうか?そういえば結局、残念と言った意味に気づいた様子もなければ聞かれてもいない。……ここまで察しの悪い人ではなかったはず。そうやって悩み続け、適当に札を合わせていた矢先。 「グラス。」 「ひゃい。」 不意に呼ばれ、つい声が裏返ってしまった。 それに気づいていないのか、知らないふりをしているのか。彼は続けた。 「この前、残念って言われた意味。考えてみたんだ。」 「そうですか。それで、答えは出ましたか?」 ちょっと意地悪気味に答えてみた。これで本当に当ててきたら―― 「えっと、多分なんだが俺に手を出してほしい、っていう意味でいいか?」 手に持っていた札を落としてしまう。 Totally. その言葉が脳裏に浮かんだ。 「さっきようやく気付いたんだ。二人きりで、密室、それと…してる時みたいな君の瞳。それでやっとわかったよ。最後のはこの前気づいてたんだけど、不思議だなぐらいにしか思っていなかった。」 あぁ、なんだ。最初からお見通しだったのじゃあないですか。だったらもう、かくすひつようなんて 「気づけなくてすまない。その、こっちから誘うってのもアレでさ。そのうちグラスから来ると甘えてしまっていたんだ。だから……おっ!?」 あたまの中でなにかがはじけた瞬間、トレーナーさんをベッドにおしたおしていました がまんしていたのはいったいなんだったのかもうわかりません さびしい、ほしい、さびしい、さびしい、ほしい ほしい   さびしい ・・・・・・・・・・・・・・・ ⏰ ・・・・・・・・・・・・・・・ 次に気が付いた時、時計は午前9時を回っていました。 私は何も着ていなくて、隣には同じような状態のトレーナーさん。 今日は平日で、授業とか色々先に心配することがあったはず。ですが真っ先に頭に浮かんだのは、気持ちよかった。 これではエルに笑われてしまうでしょうね。とりあえず頭の中だけでも〆ておきます。 とにかくシャワーを浴びましょう…そう思ってベッドから出ようとした時、腕を掴まれました。 「まだ、足りないだろグラス。」 そう言いつつ、ベッドに引きずり込まれます。 えっ、あっ……はい💗