陽が落ちた夜の高速道路、テールランプ舞うアスファルトの河を愛車が走る。
夜闇の溶け込む漆黒の車体には、跳ねウマのエンブレム。
翼を外してもその走りに翳りは無く、しかし昔よりもゆったりと流れに沿って進む。
彼女と同じ名前の俳優が愛したメーカーの車に乗っているのは奇縁か運命か。
嬉しげなマックイーンをちらりと見て、ふとそんなことを考えた。
「しかし驚きましたわ」
彼女がまた話しかけてくる。さっきとは違い、問い詰めるように。
「トレーナーさんがスポーツカーをお持ちだったのもですが、
　こうして車で送り迎えしていただくのは初めてですわね。普段は徒歩かバスですのに」
優勝祝いの日帰り旅行ついでに、せっかくだから。そう彼女に返事し、運転に集中する。
「ふぅ〜ん……せっかくだから、ですか」
そう返してきたマックイーンは、窓の外に視線を移して会話を打ち切った。

彼女を自分の愛車に乗せるのは今回が初めてだ。
別に自分の趣味を隠していたわけでもないし、運転に不安があるわけでもない。
使う必要がなかったからと言い訳もできるが、本当のところは別の理由がある。
だがそれは、本当になんてことない、ちっぽけなものだ。
もしそれを話したとき、彼女はどんな顔をするだろうか。
呆れるのか、一笑の付すのか、はたまた眉をひそめるのか。
今更どんな表情をされても縁が切れるようなヤワな関係ではないが、話すのを躊躇ってしまう。
料金所を抜け、ネオンライト光る街中を、会話無く走りつづける。
エンジン音だけ響く静けさがしばらく続く。気がつけば、目的地に着いていた。

メインストリートから離れた広大な敷地に、巨大な門と庭にお屋敷。
名家であるメジロ家に相応しいここが、メジロマックイーンの家。来るのは初めてだった。
アルバイトをいくつもハシゴして必死に貯めてやっと買えたこの愛車を何台も持っていそうだ。
「もしもし、爺やですか。はい、メジロマックイーンです。
　今着きましたので門を開けていただけますか――ええ、本当に今日は楽しかったですわ」
彼女の通話が終わってすぐに、門が自動的に開く。奥の駐車場まで進み、車を停めた。
シートベルトを外し、ドアを開けようとするマックイーンに、待ってと声をかける。
きょとんとしてる彼女を尻目に、自分が先にドアを開け外に出る。
助手席側に回り、彼女の代わりにドアを開ける。こんなキザな真似で胸の内の怖さをごまかす。
繕った笑顔でどうぞと彼女を促すが、マックイーンはぽかんとしたままだ。
だがすぐに、真剣な面持ちで、真っ直ぐな目でこちらを見据えながら話しかけてくる。
「なにか悩みが、不安なことでもあるのですか」

自分に隠し事があるとき、彼女はいつもその真っ直ぐな目で、凛とした声で問いかけてくる。
菊花賞に向けたトレーニングで思う結果が得られずどうしたものかと思い悩んでいたとき、
天皇賞春を目前にして彼女のスタミナに不安を感じたとき、
秋シニア三冠という偉業を前にプレッシャーに押しつぶされそうだったとき、
いつもこうして彼女は同じ目で、同じ声で、同じ言葉をかけてきた。
マックイーンにはかなわないな。いつもの返事をしてから理由を話す。
今回彼女を車に乗せた理由を、そのなんてことないちっぽけなものを。

「――怪我で私が走れなくなる夢を見た、ですか」
そうだ、URAファイナルズ優勝後にそんな夢を見た。
夢の中の彼女は自分の怪我を認めきれず、自分は健在だと証明するように走ろうとして、
しかし怪我のせいで思うように走れず、痛みに負けてコースに倒れ、運命を呪って慟哭していた。
それを遠目で見ることしかできなかった。
手を差し伸べることも、声をかけることもできなかった。
何もできない自分が許せなくて、不安を抱えたままでいるのがたまらなく怖くて、
それを振り払うように愛車でハイウェイを流して、それでも不安を消し去ることはできなくて、
君を乗せて走れば、君が側にいればそんな怖さも消えると思って、つい――

話し続ける自分の頬に暖かいものが触れる。彼女の手だ。
程なくして唇に柔らかな感触が当たる。彼女の唇だ。
呆気にとられ、しばらくの間、彼女とキスしたまま固まってしまう。
マックイーンの唇が離れる。
車内ライトに照らされた彼女は、頬を桃色に染めて、優しい笑みを浮かべていた。
「バカな人ですわね、あなたも」
するりと、自分の脇を抜けて彼女が車を降りて、目の前で軽くステップを踏んだ。
「ご安心くださいまし。あなたの目の前にいるメジロマックイーンは、ちゃんと無事ですわ」
マックイーンが自身の無事を示すように、胸を張って語りかけてくる。
「トレーナーさんが私をずっと労ってくれたから、
　あなたがずっと側にいて心を砕いてくれていたから、
　私はこうして今もあなたと共にいられるのです」
だからどうか――言葉を切ってから、彼女がこちらに抱きついてくる。
「夢の中じゃない、あなたの目の前にいる私を見てください。私はここにいると感じてください」

ぎゅっと彼女がこちらを抱きしめる。彼女の鼓動が、こちらに響いてくる。
だから自分も、彼女を抱きしめ返す。目の前の彼女を離さないよう、鼓動を重ね合わせるよう。
少し肌寒い夜の中で、彼女の体温がこちらの心も体も芯まで暖めてくれた。
そうしてしばらく抱き合ってから、どちらからともなく身体を離した。
歳に似合わぬこっ恥ずかしいことをしたものだと、自分の頬を掻く。
マックイーンも、流石に自分がしたことの恥ずかしさから、視線を外して目を泳がせる。
「つ、次もまたドライヴに誘ってくださいまし！それでは、お、おやすみなさい！」
挨拶もそこそこに、彼女が屋敷に向かって駆けていく。
彼女の背に向けて手を振り続け、その姿が見えなくなってから、愛車のボンネットを軽く撫でる。
今日はありがとうな相棒、次は彼女とどこへ行こうか。

「ほほほ、あのようなお嬢様のお姿を見られるとは、いやはや――」
年配の男性の声が背後から聞こえてきて、ビクリと身体が震えた。
残った彼女の熱はどこへやら、身体が芯から冷えていく。
ゆっくりと声のした方に向きを変えると、いかにも老執事といった風体の老人がそこにいた。
どう返事したものかとしどろもどろしていると、老執事が先に口を開いた。
「これからも、どうかお嬢様をよろしくお願いします」
綺麗に腰を曲げて老執事が笑顔でお辞儀をしてくる。
その見事な所作に見とれていたら、さっきまでの焦りや不安もどこへやら。
だから自信を持って、自分はこう返事した。

はい。メジロマックイーンのトレーナーとして、彼女と走り続けます。いつまでも一緒に。

美しい一心同体を見た

予想よりも長くてびっくりした

アニメの例のシーン見て酒のんでふて寝したら頭に浮かんだので書きました
怪我は怖いから無事是名馬でいて欲しいマックイーンかわいい

一心同体は健康に良い…

カタログでメジロシティを疑った自分が恥ずかしくなるくらいに素晴らしい一心同体だった

素晴らしいほどに正統派だった

春三冠の一つは大阪杯だぜー！
それはそれとしてマックイーンには幸せになってほしい

>春三冠の一つは大阪杯だぜー！
>それはそれとしてマックイーンには幸せになってほしい
マジかマジだ
勢いで書いて読み返しが甘かった次気をつける
マックイーンはいいお嫁さんになるね

心が洗われる一心同体だった

良かった！しっとりトレマクは平日の朝から心洗われるわ。車はフェラーリ250かな？

>心が洗われる一心同体だった
そんないつものは心が洗われない性欲とプレイにまみれた一心同体みたいな

跳ねウマ娘のマークってだいたいゴルシの一着のポーズでは…

俺もトレマクでドライブネタ考えていたわ…
なんかマックイーンのトレーナーはスポーツカー乗ってるイメージが勝手にある

マックイーンつながりでマスタングの方じゃないだろうか