この家で間違い無い。門前払いだったらそれまでだが、来たからには向かうしかない…意を決して近くの小さい駐車場に止めた車から出ると、道路側から声がした。 「…トレーナー君?」 その声は振り返らなくても分かるくらい、俺が良く知っている声だった。 多少俺の主観が入るが、数年振りに会う彼女の姿は当時とあまり変わっていないように見える。 「…久しぶりだな」 「どうして君がここに…君が来たのが父にバレたら最悪トレーナー業が危うく…」 「簡潔に伝えたいことを伝えたら帰るよ、安心してくれ」 彼女に近づき、慌てながら心配する彼女の言葉を遮るように俺は言った。 「…私にか?」 「もちろん」 「まったく…君の行動にはいつも肝が冷えるな…」 「それはごめん…」 「ふふっ、じゃあ簡潔に頼むよ」 「…ルナ…俺はずっと後悔しているんだ、ああなる前にちゃんと面と向かって…愛してるって言えなかった事を。些細なことかもしれないけど…俺はそのせいでずっと前に進めなかった…だから今言わせて欲しい」 「…ああ」 「…愛してるよ、ルナ」 ルナと別れてから今まで、ずっと引きずっていた思いをようやく言えた…そして、自分で自分に付けていた足枷がやっと外れた。 「今更過ぎるよ…トレーナー君…」 「他のウマ娘と付き合う前に言うことじゃないけどね…」 「そういうことか…別に構わないさ、君が幸せなら私はそれでいい。それに私の事は心配しなくていい、それなりに幸せに過ごしているからね」 「…良かったな」 「ほら、そんな泣きそうな顔してないで早く新しい彼女に会いに行くんだ。それに昔の恋愛なんて今はもう関係ないだろう?」 本当に昔から強がりは変わってないな…涙を堪えているのが分かる… 「…ああ、じゃあな」 正直名残惜しいが、もう終わってしまったことだ。俺は彼女に言われる通り、ここを立ち去るため車に向かう。 「…トレーナー君、ちょっと良いかな」 振り返るとすぐ目の前に泣いている彼女が迫っていた…そして返す言葉を言う間もなく、唇に温かく、柔らかい感触がした。 「悪いね、私からの餞別だ…トレーナー君、さようなら」 そういうと彼女は足早に立ち去ってしまった。 こうして、俺の長きにわたる恋路と未練が彼女の接吻と別れの言葉により、終わりを迎えた。 …心残りが無くなったとはいえ、やっぱり寂しいものは寂しいな…でももう迷う必要は無い、あとはテイオーを迎えに行くだけだ。 目が覚めると、体に毛布が被せられていた。確か泣いちゃったからメイクを落として…その後ソファーで横なったから…寝ちゃったのか。にしても毛布は誰が… 「おはよう、テイオー」 「ひゃあっ…も、戻ってたんだ…」 「気持ちよさそうに寝てたから、こっちで勝手に毛布掛けておいたよ」 「ありがとう…」 起こしてくれてもよかったのに…変な声出ちゃったよ… 「…テイオー、この後時間あるか?」 「え…今の担当のトレーニングは?」 「今日はお休みだよ」 「じゃあ…大丈夫かな」 トレーナーに付いていくと、着いた場所はグラウンドだった。 やっぱり現役の頃と何も変わってないけど、授業が終わっていないから他のウマ娘は居ない。 「辛い思いをさせてしまったな…本当に申し訳ない」 「そんな…なんでトレーナーが謝るのさ、トレーナーは何も悪くないよ」 「いや、元はと言えば俺の方の問題で告白を断ったんだ…こんな意気地なしのトレーナーで申し訳ない…」 「もー…そんなに謝らないでよ…それに今は一緒に居れるんだからもう昔なんか関係ないよ」 「そんなもう決まった事みたいな言い方しなくても」 「…もしかしてまた見捨てられるの?」 「そんな怖い顔するなよ…まだ両親に挨拶とか指輪の注文とか色々あるって話だよ」 「それはずるいよ…」 さりげなくされたプロポーズに、私はまた泣いてしまった。でも朝の時のような悲しい涙とは違う、嬉し涙が私の頬を伝った。 「これから忙しくなるから、覚悟しないとな」 「…もちろんだよ」 四年越しに眺めるグラウンドは、現役の頃より鮮やかに見えた。