二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1618764365632.jpg-(314717 B)
314717 B21/04/19(月)01:46:05No.794227278そうだねx4 06:21頃消えます
 走りきった、ような気がする。猛烈に荒れた呼吸のペースを深く吸ってゆっくり吐いてを数回繰り返して調える。目の前にあるのは長い直線、半月を描くカーブ、かすかに揺れ動く芝の緑。アタシの目の前にはまだ誰も、誰もいない。それがどういう意味なのかよく分からないけれど、それはきっといっとう素晴らしく、とにかく喜ばしいことなんだと思う。
 後方からバ蹄の響きが聞こえてきた、ような気がする。おめでとう、よくやった、感動をありがとう。周りから誰かの走りを労う声がする。アタシに向けられたものなのかどうかも分からないし、とにかくふわふわしていて現実味がない。ここが一体どこなのかを確かめたくなって、ゆっくりと明後日の空を見上げる。すると、飛ぶような青さが陽の光と一緒に迸って、あっという間にアタシの居場所を教えてくれた。ここは空じゃない、大地の上だ。だったらまだやることがある。身体にインプットした動きでもって、走るでもなくただゆっくりと歩く。みんなが待つスタンドへ、近づいていく。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
121/04/19(月)01:46:35No.794227373+
 なんだろう、スタンドがやけに遠い。芝と土と汗の香りだけがここにあるアタシを包み込んでいる。音がよく聞こえない、近くにあるはずの歓声が遠く遠くに聞こえる。近くにあるだろう爆発するような喜びの声を、風のない海に表れたさざ波が押しては寄せて返すような、とてもささやかな音色としてしか認識できない。前後不覚なアタシでも一つだけは辛うじて分かる。静かな冬の太陽が、夏よりも強い輝きでアタシを照らしていることぐらいは。
 ようやく辿り着く勝者のエリア。そこには数えきれないほどのマイクの山とインタビュアーたちがみしっと凝縮していた。促されるままサークルに立ち、夢見心地のまま受け答えて、形式通りに盛り上がる宣言をして。喋りきったアタシは日差しから遠ざかるようにターフを離れ、選手通用口へと向かう。
 この場で答えを見つけなくて良いのかって? きっと大丈夫だと思うんだ、この「わからない」は後回しでも。それにウイニングライブの準備もしないといけないし、考えるのはそのあとでも遅くないだろうから。
221/04/19(月)01:47:00No.794227450+
 ナイスネイチャ、ナイスネイチャ、……を制覇したのはナイスネイチャ、夢の舞台の女王がいま、トロフィーと共に燦然と輝く……
 誰かのラジオから漏れてるのか、てんで実感のない言葉たちばかりが耳に流れ込んでくる。一体どういう意味なんだろう、アタシに関係あることだろうか。アタシの名前を呼んでいるのだし、どうせまた三着なんだろう。けれど本当に三着なのだとしたら、私が見たあの景色は嘘だったのか。分からない、だから分かりたい。目の前に誰もいない理想の景色は、確かな本物の匂いがしていて。アタシは走ってきたこの芝を、コンクリートで舗装された道に踏み出す前にもう一度ぎゅっと強く踏み締める。
「あっ……!」
 勝手に景色が、広がっていく。
 あっ、これは本物だ。偽物なんかであるもんか。
 勝った、勝ったんだ。他の何者でもないたっと一人だけのアタシ。そう、紛れもないナイスネイチャが。
321/04/19(月)01:47:20No.794227523+
 ほっぺたをつねるよりも鮮烈に分かる。語り尽くせない喜びが、アタシに透明の波動を送ってきている。どくどく脈打つ心臓が痛い。分かったあともばくんばくんと高鳴って、やっぱりまだ何も聞こえない。アタシの耳は多分、待っているんだって分かった。豆電球みたいな明かりが光る、薄暗がりの舗装路に一歩、もう一歩と足を踏み出す。
「はやく、はやく……」
 とにかくはやく、トレーナーの喜ぶ声が聞きたい。今日だけは恥も外聞も捨てるから、私が勝ったことをいの一番に褒めて欲しい。自然と足は早くなり、床を叩く蹄鉄の音がウォーキングからランニングのテンポに変わっていく。
 帰り道に立つ人影がゆっくりはっきり見えてくる。手を広げたまま誰かを待つその人影は、アタシの良く知るその人に間違いない。ただのランニングをウイニングランに切り替えて、アタシは普段のアタシを放り投げたまま、その人の胸へと飛び込んだ。
421/04/19(月)01:47:47No.794227609+
「トレーナーさん!」 
「おめでとう、おめでとうネイチャ。本当に、おめでとう……」
「トレーナー……トレーナー……! アタシ、勝ったよ! この大舞台で、みんなより速く、アタシ……!」
 勝った、勝ったよ、勝ったんだ。そうやって言葉を反芻するたび、起き上がりこぼしみたいにトレーナーはこくんこくん頷いてくれる。何度も、何度も、見てるこっちが首の痛みを覚えるくらい首を縦に振ってくれる。あはは、トレーナーさん泣いてる。そんなに嬉しかったんだ、もしかしてアタシより喜んでたりして。嬉しさから熱い涙がほろりと一粒、睫毛の端から滑り落ちた。
「あははは、もー……」
 軽口を叩けるくらいになって、ようやく世界に音が戻ってきた。鼓動よりも高く、スタンドの歓声よりも大きい、いつも触れてきたあの声が、耳に伝わりうなじを通り本当にすごい早さで足先にまで満ちていく。
521/04/19(月)01:48:32No.794227771+
「ネイチャ、なんだ、その……」
「うん? なんです?」
「しっぽ、めちゃめちゃ動くんだな」
「……! トレーナーさん、デリカシーってコトバ、知ってます……?」
「あ、いや、すまん!」
「まあ嫌な気持ちはしないけど、」
「悪かったよ、すまん……!」
「ぷっ、あはは、そんな大袈裟なことしなくても怒っちゃいませんよ!」
「ははは、助かる。あの、さ……ネイチャ。一着おめでとう」
 いとおしむような声が耳元で響いたのと同時、アタシはぎゅっと抱き締められた。その途端、自分の感覚が夢にいるみたいに溶けていく。硬直する身体を無理矢理動かして、なんとか背中に腕を回す。温かい、柔らかくなんてないのに、不思議なくらい居心地が良い。安心して身を預けていると、何故かトレーナーがごほんと仕切り直すかのような咳払いをした。
「俺さ、決心したんだよ」
621/04/19(月)01:49:12No.794227873そうだねx1
「決心って、なん……」
「約束、果たすよ。ネイチャ」
「えっ」
 カラフルとモノトーンの狭間でアタシの時間がピタリと止まる。 
 アタシの瞳を埋めるのは、トレーナーの角ばった鼻の筋。
 アタシの鼻を占めるのは、土と汗の混じったトレーナーの匂い。
 アタシの耳に伝わるのは、トレーナーのはち切れそうな鼓動。
 アタシの唇に重なるのは、あつくて甘いやわらかな感触。唇の、感触。数秒程度のそれはやがて静かにアタシと距離をとるように離れていき、代わりにトレーナーの口を開かせる。
「君と一緒に走りたい。今までよりももっと、君の近くでずっと一緒に。どうか、受け取ってくれ」
721/04/19(月)01:49:36No.794227935+
 トレーナーの手元には、小さな宝箱のようなものが口を開いて乗っていて。ぱかりと開いた箱の真ん中には、きらりと光る銀の環が差し込まれていて、まるでおとぎ話か夢のようで。
 信じられなさすぎてアタシは思った。約束って、なんだっけ。そうトレーナーに聞くより早く、真一文字だったはずの唇がわななきながら、ほんのり歪んだ楕円に変わっていく。ほっぺたに、耳の先に、手の真ん中から指先に。ストーブのスイッチを入れたみたいに物凄い熱さが通っていく。
「え、え、え……!?」
 なんで、急に、こんな、ことを?
821/04/19(月)01:50:05No.794228026そうだねx1
「なんでって、覚えてないのか……?」
 ごちゃごちゃの頭の中からこんなことになった理由を探す。
 もしかしての心当たり、叶うわけないと諦めて記憶の片隅に放り投げていたあれ。
 まさか、本当にあれ、なの?
「あ、アタシがもし一着なら……」
「ネイチャを俺の一番に……はは、良く考えたらあの時点で逆プロポーズ受けてたんだもんな。しかも今日の完璧な一着。俺だって男だ、受けた願いは何があっても叶えるさ」
「……わっ、わっ、わ……うひゃああああああ!!!」
 当然だろ、と爽やかに笑うトレーナーの前で、アタシは今日一番のものすごい悲鳴を上げた。約束の正体に気付いただけのアタシは、まだこれからの景色を知らない。
921/04/19(月)01:51:19No.794228212そうだねx12
これには商店街の面々も満面の笑み…
1021/04/19(月)01:57:16No.794229145+
商店街が半額セール始めてそう
1121/04/19(月)01:59:37No.794229528+
マアアアアベラアアアアス!!!!!!
1221/04/19(月)02:02:59No.794230046+
瞬間
小倉の商店街に沸き起こる胸騒ぎ
1321/04/19(月)02:03:55No.794230193+
マアアアアアアアアアアアベラアアアアアアアアスウウウウウウウウウウウ!!!!!!!
1421/04/19(月)02:08:33No.794230923+
頼む…静かに…
1521/04/19(月)02:18:31No.794232482+
良い
1621/04/19(月)02:33:46No.794234564+
ママママ!
1721/04/19(月)02:36:25No.794234923+
 ああ、そう言えば。マーベラスがトレーナーに言ってみろって話してた話題があったっけ。咳払いひとつ置いてトレーナーの方を向く。
「ねえ、トレーナーさん。幸せのかたちってなんでしょうね?」
 幸せの形か。トレーナーさんは夢見がちなオウムのように呟いてから顎に手を当てた。そして何度かうーんうーんと唸って、思い付いたとばかりに私を見る。
「俺は……今、ここにこうして居ることが、それそのものが幸せの形だよ」
「ふーん……」
「キミにも会えたしな」
「ちょっ、あんまり歯の浮くようなこと言わないでよっ! 照れるじゃん……」
「ははは、ごめんごめん」
「〜〜〜っ! もうっ、うるさいうるさいっ!」
 その嬉しそうな微笑みに、なんでか無性にくやしくなって。アタシは抗議の視線とともにトレーナーの脇腹を突っついた。案外これが、アタシの求めた幸せのかたちなのかも知れない。
1821/04/19(月)02:41:19No.794235557そうだねx4
たはは……マーベラスがあんまりにもすごい叫ぶからエピローグまで書いちゃった……
あとぉ……トレーナー、なんだけど……そもそももとから一番だよとか言ってくれ、て……うにゃあああああ……!!
1921/04/19(月)02:48:40No.794236326+
マ(以下省略)
2021/04/19(月)03:24:47No.794239490+
マ!!!マ!!!!!!
2121/04/19(月)03:30:41No.794239900+
ネイチャ!!!!!!!!!!
やったね!!!!!!!!!!!!!
マーベラス!!!!!!!!!!!!!!!
2221/04/19(月)03:35:14No.794240211+
これはマーベラスもマーベラス!!!!
2321/04/19(月)05:31:03No.794245383+
書き込みをした人によって削除されました
2421/04/19(月)05:31:55No.794245420+
読んでくれてありがとう…ってもう朝じゃん?!


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