1 トウカイテイオーのトレーナーになってもう3年ぐらいだろうか、自分で言うのもなんだがテイオーとの関係は上手くやれている。少なくとも他人には言えない悩み事は話せる仲である。 そんなことを思い返していると、入学式が終わった。専属のウマ娘を持っているトレーナーには関係のないイベントなので大体の専属トレーナーは会場外で待っている。しばらくすると、テイオーが走ってきて目の前で止まった。 「ねーねートレーナー聞いてよ!さっき入学生の中にずっとボクのことを応援してくれてたキタちゃんがいたよ!これはもう無敵のテイオーが指導してあげるしかないね!」 キタサンブラックのことはテイオーからよく聞いている、今のところテイオーが気に入っているファンということしかわからないけど。 「テイオーにトレーナーを任せるのはちょっと心配だな」といい、俺は今日のトレーニングメニューを渡した、彼女は不満そうな顔をしていたが、いつも通りトレーニングをこなしてくれた。 後日、朝練をするためにグラウンドへ向かうと、テイオーの横にはもう一人のウマ娘がいた。一部白い黒髪に赤色の髪飾り、そして身長がテイオーより少し大きい、おそらく彼女がキタサンブラックだろうと考えた。 しばらく観察していると、テイオーが身振り手振りで一生懸命走り方などを教えている、キタサンブラックは困惑しながらも真面目に聞いている。なぜキタサンブラックが困惑しているのかというと、テイオーの説明が下手だからである。 おそらく今頃キタサンブラックの感情は憧れの人に会えたという興奮と、憧れの人に頓珍漢な説明をされている困惑でぐちゃぐちゃだろう。 幸いにも朝練のメニューは毎日ほぼ一緒なので、正直俺はいかなくていい、行かなくてもテイオーはちゃんと朝練メニューをこなしてくれる子だった。 キタサンブラックとテイオーには申し訳ないが、俺は朝練の時間を大量に残っている業務に費やすことにした。 その日の夕方、今日は走り込みの日なので俺はタイムを計りながらテイオーが走るのを見守っていた。 「どうだった?ボクの走りは?すごいでしょ!」 「いいタイムだ、やっぱりすごいな、テイオーは。あともう一本走って今日は終わりにしようか」そう告げると、彼女は満面の笑みで走りに向かった。俺はスタートの合図を出し、ストップウォッチを押した、いつも可愛いと思っていたが、笑った時は特段に可愛い。 そう思いながら俺は彼女の走りを見ていた。にしても今日は何やら視線を感じる、しかも俺に。 一瞬俺を賭けた恋の天皇賞(春)が開催されると思った。しかし、気づかれないようにその視線を確かめると同時に、その甘い考えは砕けた。 正体はキタサンブラックだった、俺に向けられた視線は呪いと殺意そのものだった。 しかも目が合った、やばい、俺はすぐさま走っているテイオーに視線を向けた、まるでよそ見など最初からしていないように。 2 程なくしてテイオーが走り終えて戻ってきた。もう一度キタサンブラックが居た所を横目で確認すると、彼女はもう居なかった。 「お疲れさま。今日はもう終わりだから片付けて寮に戻ろうか」 「ボク今日はトレーナーの部屋に泊まりたい気分だな〜ダメかな?」 「今日は無理かな。やらないといけないことが山ほどあるんだ、また今度な」 「え〜トレーナーは酷いなぁ、このボクの頼みを断るなんて!」 いつもこの類の頼みは許可しているけど、たまに作業の関係で断ることがある。 トレーニングで使った道具を倉庫へ戻しに行く道中、テイオーが今日の朝練について話し出した。 「そういえばトレーナー今日の朝練来てなかったでしょ、ボクはキタちゃん紹介したかったのに何で来なかったの〜」 「キタサンブラックと楽しそうにしていたからそのままの方がいいと思って、先に業務に取り掛かったんだ、ごめんな」 「明日は紹介するから、絶対に来てね!」 テイオーの口調的に悪いウマ娘ではなさそうだった、むしろいい方だった。もしかしたらただ単に目つきが悪いウマ娘で、俺は勘違いをしていたのかもしれない。そんなことを考えながら眠りについた。 翌朝、約束通りにテイオーの朝練に向かった。グラウンドに着くと、そこには昨日の朝と同じくキタサンブラックとテイオーが居た。しばらく二人が話しているのを見ていると、テイオーがこっちに気づいてキタサンブラックと一緒に向かってきた。 「紹介するね!この人がボクのだn…トレーナーだよ!キタちゃんもトレーナーは慎重に決めた方がいいよ、トレーナー次第でレースの勝敗が決まることもあるからね!あ、ボクのトレーナーはダメだからね!」何だか関係性がワンランク上がったのは気のせいだろうか。 「は、初めまして!キタサンブラックって言います!テイオーさんのトレーナーさんと会えて嬉しいです!テイオーさんとの関係は…その…聞いています!」 どういう関係性なのか気になるが、ひとまず挨拶をしておこう。 「初めまして、キタサンブラック。君のことはよくテイオーから聞いているよ、これからも仲良くしてやってくれ」そう言った後、二人は朝練に向かった。 キタサンブラックの目はキラキラしていた、昨日の夕方の俺に向けた視線が嘘のように。 やはり勘違いだと自分に言い聞かせて朝練を終えた。 あれから数日が経った、あの視線を感じることはなくなった。そのことには安心したが、最近テイオーの練習にキタサンブラックを見かけることが多くなった気がする。いくらなんでも被りすぎじゃないかと思って、テイオーに心当たりがないか聞いてみた。 「えへへ…ト、トレーナーが渡してくれた大まかなトレーニングメニュー言っちゃった… で、でもちょっとだけだから安心してね!」 「直近にレースが無いから良いけど、あんまりよくないことだから教えたらだめだぞ」 「ごめんなさい…それよりなんでトレーナーはトレーニング中にボク以外のウマ娘を見てるの?」謎は解決したけど代わりに地雷を踏んでしまったらしい。 3 数週間経ったある日の昼の事、自分のトレーナー室で作業していると廊下から走っている音がした、いつも通りマックイーンとゴールドシップが鬼ごっこしているのかと思ったが、2秒後にトレーナー室の扉が開き、予想に反して息を切らしたテイオーが訪れてきた。そして何故か音をたてないように扉を閉めた。 「ちょっと隠れててもいいかな?お、鬼ごっこしてるんだよね!」 鬼ごっこは合っていたらしい。すると数十秒後に誰かがトレーナー室の前を走り抜ける音がした。 「ねぇトレーナー、キタちゃんどうだった?」 「どうもこうも、いい子なんじゃないか?テイオーと居る時はいつも目がキラキラしてたぞ」普段は専属以外のウマ娘との関わりはあまりないので学園内での関係が見えづらい。 「そうだよね!まあボクの後輩だからね、当然だよ!あ、もう時間だから行くね!」 足早にトレーナー室を出て行った、鬼ごっこをしているせいか顔は少し怯えているように見える。その後は特に何事もなく終わった。 翌朝起きると、テイオーがキッチンに居た。寝坊でもしたのかと思って時計を確認すると、いつも通りの起きる時間になっている。 「おはよう、トレーナー。今日の朝食はボクに任せてよね!」 「いつも鍵をしていない俺も悪いけど、勝手に入るのはやめてくれない?」 「ボクは合鍵あるからいいじゃん!」 ウマ娘は感情が耳に表れやすく、テイオーは特に表れやすい。耳が垂れ下がっていて無理に口調を明るくしているのがすぐ分かった。 「できたよ!一緒に食べよ!」そう言われて食事を始める。 「今日の朝練は休みにしない?ボクちょっと疲れちゃったかな〜」 いつもなら疲れていても走るテイオーに少し驚いて、箸が止まった。 「何かあっただろ」少しの間沈黙が続いた。 「…最近視線を感じるんだよね、いつもみんながくれる視線とは違う、怖い感じの。ボクにも熱心なファンがついちゃったみたい、あはは…」 顔か名前が分かるか聞いたが分からないらしい。 レースにおいてメンタルの状態は重要なので少し厄介に感じる。何より危害を加えられないか心配だった。 「わかった、今日の朝練は無しにしよう、後はなるべく複数人で登校してくれ」 正直話を聞いた時、一人思い浮かんだ。 4 テイオー曰くウマ娘ということは分かるらしい。 しかしウマ娘のストーカーなど存在するのか、ウマ娘が犯人の事件や犯罪などは聞いたことがない。ましてやトレセン学園内となると0だろう。 「なあテイオー、最近キタサンブラックとはどうなんだ?」そう言うとテイオーの耳がピンと立った。 「キタちゃん凄いんだよ!最近はどんどん速くなってきてるし、レースでの走り方もうまくなってるんだよ!さすがボクの弟子ってところだよね!」自慢げに言っていたがいつの間にか弟子ができていた。 こうなるとキタサンブラックへの見方は二つになる。演技派のガチサイコパスか、無実の学園生か。 とりあえず昼休みに同僚に軽く話を振ってみることにした。 「気になったんだけど、ウマ娘のストーカーっていると思うか?」 「いないと思うぞ、見られてるとしてもそれは愛されている証拠だからな、俺は受け入れているよ、今も見られてるし」扉の方を見るとマックイーンが居る。 「…そうだな」関西出身の性分で少しふざけたように言ったのは悪かったが、それよりも学園一のバカップルに聞くんじゃなかった。ほかの同僚にも話を振ってみた、大体分かっていたが、全員居ないんじゃないかと答えた。 実際この時はウマ娘が罪を犯すなんて考えられず、学園に報告しても気のせいじゃないかとあしらわれた。 午後のトレーニングではチームスピカとするように指示し、トレーニング中に怪しい人物はいないか見渡したが、居たのはトレーニング中のウマ娘とそのトレーナーだけだった。 怪しい人物どころかキタサンブラックすらいない。 やっぱり俺の勘違いで、キタサンブラックは無実なのか。こんな不気味な事態を俺は見過ごすしかないのか。テイオーには申し訳ないが、トレーニング中はそんなことで頭いっぱいだった。 午後のトレーニングが終わり、片付けを始める。 「ねぇトレーナー、今日はボクの部屋まで送ってくれないかな?」 もちろんすぐに了承した。不安そうな顔を見ると胸が痛む。 トレセン学園からウマ娘の寮まではさほど遠くないので、一緒に歩いてテイオーを無事に寮まで届けた。ウマ娘の寮からトレーナーの寮までは3qぐらいある、少し遠いが歩けない距離ではない。 すっかり暗くなった時間なので、帰り道には誰もいない。そう思っていると後ろから足音がした。 悪寒がする。 ずっと俺を見ている、感じたことのある視線を俺に向けている。 5 振り向かなくても誰なのか分かる。 ウマ娘相手では絶対に逃げられない。中等部1年とはいえ膂力も走力も劣っている。 しかも最悪殺されるかもしれない。 消去法で説得に賭けるしかなかった、一か八か腹を括って立ち止まった。 「こんばんは、トレーナーさん」後ろから聞き覚えのある声がする。 「キタサンブラックか、もう夜遅いけど門限は大丈夫なのか?」 「はい、大丈夫です。すぐそこですから」 心拍数がどんどん上がっていく、趣味でたまにしているポーカーでオールインした時とは比べ物にならないくらい心臓がうるさい。 しかし、こんな所で自分の命をオールインするとは思わなかったな。 意を決して振り返った瞬間、腹に鈍い痛みが走った。刺されなかっただけましだが、もろに入ったので呼吸ができず、俺はしばらくその場で蹲ることしか出来ない。 「ゆっくり話したいので、落ち着いたらトレーナーさんの部屋に案内してくれませんか?」 俺が蹲っている間に、蔑んだ目で言われ、分かったと言うしかなかった。 俺の中でのキタサンブラックが容疑者から加害者へと切り替わった。 ひょっとしたら予言の才能があるかも知れない、本当に演技派のガチサイコパスだった。 普段使っている道では他のトレーナーに会う可能性があるので、人目につかない寮の非常口を使い帰宅した。この寮の非常口にはカメラがないので誰かに見られる心配もないし、非常時以外に使っても特に怒られない。 殴られた現場から帰宅した今まで一言も喋らず、ずっと俺の方を見て付いてくるのが余計に怖い。 この子は一体なんなんだ、何故テイオーをストーカーしているのか、何故俺に殺意を向けているのか…聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず落ち着こう。 部屋の電気をつけて、ダイニングテーブルを挟んで対面になるように座って、質問をしてみることにした。 「俺に何か用があるのか?」 「…私はあなたが憎いです。最初も私は皆さんのようにテイオーさんの走りに恋をしていると思っていました、でもテイオーさんを見ていくうちに気づいちゃったんです、私は走りじゃなくてトウカイテイオーに恋をしているって。 テイオーさんにもっと近づきたい、もっと深い関係を持ちたい、その一心で頑張ってトレセン学園に入学しました。…でもテイオーさんの前にはあなたがいました、一歩も二歩も踏み込んだ関係のあなたが。…許せないです、正直今すぐにでもあなたを殺したいです」 重い愛だった。まさかこんな子がテイオーにグラスワンダー級の重い愛を抱いているとは思わなかった。まだ幼いキタサンブラックはウマ娘とトレーナーという関係が分からなかった、いや、分かっていてもこうしていたのだろう。 「とはいえ流石に犯罪者にはなりたくないです、だから精神的に追い詰めることにしました。一歩も二歩も踏み込んだ関係だからこそ、相手が不安を抱くと自分の心が痛むのも分かっています。もちろん今の状況をテイオーさんに話した場合は殺しますから。 道連れって所ですかね、あはは」 恐怖で言葉を発したくても発せない、どうすればいいんだ、このままではテイオーが危ない。 「来たばっかりで申し訳ないんですけど、そろそろ門限なので失礼しますね」 「ま、待ってくれ!」かろうじて玄関へ向かうキタサンブラックを呼び止めた。 「頼む!俺を殴ったり蹴ったりしてもいいから、せめて…せめてテイオーを付きまとうのはやめてくれ!」 咄嗟に出た言葉だった、もしかしたらもっと良い方法があったのかもしれない、でも今の状況ではこれしか思いつかなかった。言い出した以上取り消しはできない。 「あは…あははははははは!」 酷い顔をしていたのか、言い出した条件が変だったのか、はたまた両方なのか、キタサンブラックは笑い出した。 「ははは…あなた面白いですね、そんなことを言い出すとは予想外でした。 分かりました、その言葉、忘れないでくださいね!」 そしてキタサンブラックは笑みを浮かべながら部屋を出て行った。 6 本当にあの子は条件をのんでテイオーのストーキングを辞めてくれるのかという不安でその日はよく眠れなかった。それにしても何故忘れないでくださいと言ったのか…考えても仕方ないので、とりあえず寝室から出ることにした。 「おはようございます」寝室の扉を開けるとジャージ姿のキタサンブラックが居る。 一気に血の気が引いて目が覚めた。眠気覚ましもいいところだ。 「…なんでいるんだ」 「鍵、空きっぱなしでしたから」 キタサンブラックは昨日俺が鍵を使わず開けたのを覚えていた。 「昨日あなたが言ったこと、覚えてますよね?」体が勝手に後ずさりする。 もちろん鮮明に覚えている、しかしまた恐怖で声が出ない。 「逃げないでくださいよ」そう言われた瞬間、昨日の夜と同じように腹を殴られた。 「ほら、立ってくださいよ。まだ終わってませんから」 蹲っている間に今度は横腹を続けざまに蹴られる。 結論から言うと朝練に向かう直前の時間まで殴られた。腹、背中、肩、太もも、とにかく普段は服で隠れているところを殴られ、相手が経験者だと悟った時には倒れて天井を見上げていた。 「そろそろ朝練ですね、また後で会いましょう。あ、鍵は開けっぱなしで大丈夫ですよ」 身体中が痛い、朝ご飯を食べられなかったせいか頭が回らない。 しかしテイオーが心配で休む訳にはいかない、俺は体に鞭を打ってグラウンドへ向かった。 着くとそこには目をキラキラさせているキタサンブラックとテイオーが居る。何事もなく、いつも通り朝練を始める前のように和気あいあいと談笑していた。 どんな精神をしているのか俺には理解できない、人を殴った後にそんな目ができるのか。 「トレーナー!今日も頑張ろうね…って、どうしたの?顔色悪いよ?」 「あぁ…ちょっと寝不足でな。いつもテイオーに注意してるのにごめんな」 「そっか…気を付けてね!じゃあボクはキタちゃんと朝練してくるよ!」 気を遣われたのか特に何も言われなかった、余程顔色が悪いのだろう。 朝練が終わり、近くのコンビニで朝ご飯代わりのお弁当を買ってトレーナー室に向かう。 トレーナー室に入った瞬間、涙が頬を伝った、拭っても無意識に溢れ出てくる。涙のせいで何か胃の中に入れようと食べ始めた弁当も美味しくないし、業務も集中できない…どうすればいいんだ…そんなことを考えていると食後の睡魔と泣き疲れに負け、いつの間にか眠ってしまった。 …目が覚めると夕方になっていた、幸いにもトレーニングが始まる前だった。始まる前といっても10分前なので急いでトレーニング場所に向かう。着くと当たり前だがテイオーが居た。 「今日は遅かったね、トレーナー。何してたの?」 「ちょっと寝坊しただけだよ。ほかのウマ娘とは会ってない」 険しかった表情が一気に緩んだ。可愛い。 「そういえば視線の話、今日は大丈夫なのか?」 「今日は感じなかったかな…」 まだ一日とはいえ、条件をのんでくれた安心で思わずテイオーを抱きしめてしまった。 7 「ちょ…ちょっとトレーナー?ボクは嬉しいけど今は…」 顔を上げると周りが全員こっちを見ていた。 「あぁ…ごめん、つい安心してしまって…」 「いいよ…いつも部屋でやってることじゃん…」 そう言うテイオーの顔は少し赤かった。 あれから約2か月経ち、テイオーはあの怖い視線がなくなったと言って元気を取り戻した。 一方のキタサンブラックは不定期で俺を殴ってくる。朝の時もあればトレーニング終わりに来ることもある。 およそ週二回、憂さ晴らしをするように俺を殴って帰っていく。テイオーとお出かけした日には気絶することもあった。 俺は毎日いつ来るかわからない恐怖に怯え、ウマ娘の犯罪など考えられなかった時代で誰にも助けを求めることが出来ず、肉体的にも精神的にも追い詰められていった。 いっそのことテイオーに打ち明けようとしたことが、お世辞にもテイオーは演技が上手いと言えない。きっとキタサンブラックと会った時の動揺で打ち明けたことがバレてしまう。 この学園から去ろうと思ったことが何回かあった。でも思う度にテイオーと過ごした日々が思い浮かんだ。 せめて彼女が卒業するまで、自分の身を犠牲にしてでも彼女を守らなければならない。 そんな儚い決心を頼りに俺は生きていた。恋は盲目とはよく言ったものだ。 しかし決心とは裏腹に身体は正直だった。眠りが浅い、食欲がない、無意識に涙が出る等といった事が日を追うごとに増していく。 それでもキタサンブラックは無情にも殴ってくる。成長期のせいなのか痛みに慣れる気配もない。 この状況をどうにかしなければならないという思いも日に日に薄れていく。 そんな日々を過ごしてさらに半年が経った。 もう人の前でいつも通りを取り繕うのがやっとだった。あの決心も綻びを見せていて、心と身体の限界が来ているのが嫌でもわかる。 そんな矢先に吉報が訪れた。福引で温泉旅行券が当たった。 もちろんテイオーと行く以外に選択肢はない…というか許されない。 とりあえずトレーニング終わりに報告することにした。 「なあテイオー、温泉旅行券が当たったんだけど…」 「すごいじゃんトレーナー!いつ行くの?もちろんボクはいつでも準備万端だよ!」 「テイオーの好きな時でいいよ」 「んー…レースの予定もないし、明日行こ!」 「明日!?」 「じゃあボクは許可証取ってくるね!」 返事をする間もなく行ってしまった… 8 楽しみが一つ増えたとはいえ眠りが浅いのは変わらなかった。 誰かが部屋に入ってきた音で目が覚め、反射的に体が震える。 「おはよートレーナー!…ってまた顔色悪いよ?」 「ごめん…楽しみだったからよく眠れなかった」 「最近多いけど大丈夫?」 「…大丈夫だよ、準備するからちょっと待ってくれ」 「早くいこ!ボクはもう待ちきれないよ!」 「はは…分かってるよ」 正直辛いが運転するぐらいの余力はある。 俺は身支度を済まし、昨日準備しておいた荷物を車に乗せてテイオーと温泉に向かった。 そしてこの日、車の中で事件が起きた。 「…ねぇトレーナー、ちょっと話したいことがあるんだ」 「どうしたんだ?もしかしてまた視線を感じるのか?」 「そ、そうじゃなくて!」 「良かった…」 思わず心の声が漏れてしまった。 「ちょっと前にボク、マヤノから聞いちゃったんだ、その…あの…」 「どうしたんだ?熱でもあるのか?」 テイオーの顔が妙に赤い。 「違うよ!だから…その…結婚…」 「マヤノが結婚するのか、それはめでたいな!」 「もー違うよ!」 「違うのか、結婚がどうかしたのか?」 「だから…あの…結婚って…16歳からできるらしいんだ…」 「そういえばそうだったな」 「…ボクはトレーナーの事…大切なパートナーだと思ってるし…その…愛してる…だ、だから!ボクと…結婚してよ…」 突然すぎるプロポーズだった。卒業のタイミングでプロポーズしようと思っていたが、まさか今プロポーズされるとは思わなかった。俺は動揺で少しの間黙ってしまった。 そして横を見ると涙をこらえているテイオーがいる。…男としてこの状況は断ってはならない… 「…帰ったら両親に挨拶しに行こうな」 「そんなこと言ったら…今すぐ…帰りたくなっちゃうじゃん…」 テイオーは泣きながら微笑んでそう言い、シートベルトを外して助手席から抱きついてきた。 「温泉旅行って聞いた時、今しかないと思って明日行こうとか言っちゃった…ごめんね、トレーナー…」 「俺は嬉しいよ、テイオーにプロポーズされるなんて思ってもいなかったよ…でも今は危ないから離れてくれないか」 「ご…ごめん」 テイオーらしいといえばテイオーらしいプロポーズだった。しかしこんな断れないシチュエーションを作ってくるのは誤算だったな…誰かに教えてもらったのか? 考えているうちに温泉がある旅館に着いた。 朝早くに起きて来た目的はなんといっても旅館がある街の観光である。 「着いたぞ、テイオー。チェックインまで時間があるし、観光しようか」 「えーボクお腹空いたから何か食べに行こうよ…」 「そういえば朝から何も食べてなかったな、近くにあったレストランに行こうか」 不思議とこの時は食欲が湧いて食事がのどを通った。体の不調も何故かなくなっていたおかげで食事の後の観光も楽しめた。 思えば今みたいになにも心配事がないお出かけはいつ振りだろうか。 脅された日以来俺はお出かけ中ずっと帰宅後に殴られることを考えていた気がする。 だけど今は正直恐怖の存在すら忘れて楽しんでいる。 「そろそろチェックインの時間だな、旅館に戻ろうか」 「ボク歩き疲れちゃったなー、トレーナーおんぶしてよ!」 「荷物運んでくれるんだったらな」 「…分かったよ」 当の本人はバレてないという顔しているが、背中からテイオーの鼓動が速くなっていくのが分かる。…ずっと俺の顔を見ているのもバレてるんだぞ。 「着いたよ、荷物は自分の分をって…寝てる…」 結局全部俺が運ぶことになり、荷物の量的に2回に分けて運ぶことにした。 受付の人に苦笑いされながらも部屋を確認し、一回目の荷物を置いていくついでにテイオーを背中から降ろす。 二回目の荷物を持って入ると、テイオーが起きていた。 「寝ちゃってたみたいだね…」 テイオーが申し訳なさそう耳をたれ下げながら言った。 「いいよ、いつものことだし。なんなら温泉入る時間までゆっくりしてていいよ」 「そういえば温泉なんだけど…ボクさっき見ちゃったんだ」 「何かあったのか?」 「それがさ…ここ…混浴あるらしいよ」 「…テイオーは入りたいのか?」 「トレーナーとなら入りたいかも…」 プロポーズが成功したせいなのか、普段より積極的に感じる…別に嫌という訳ではないが少し慣れない。とはいえ断る理由もないので混浴へ向かう。 まだ少し恥ずかしいがこういう付き合いも必要だろう。 幸いにも時間帯的にあんまり人はいなかった。 いつもうまぴょいの時は明かりを消しているせいか、明るいところで見るテイオーの裸は妖艶に見える。 しかし入浴中のテイオーの様子がおかしい、どこか落ち着かない様子だ。 「どうしたんだテイオー、少し逆上せたか?」 「い、いやなんでもないよ!」 「…少し早めに上がろうか」 「あ…そうだね…」 早めに上がったとはいえ良い温泉だった。身体が軽くなった気もする。また自費で来るのもいいかもしれないな。 そんな気分で部屋に戻り、頼んでいた旅館の夕食を食べ終わると、テイオーから話があるから座ってほしいと持ち掛けられた。 「どうしたんだテイオー、やっぱり体調が優れないのか?」 「…トレーナー…なんでそんなに身体に痣ができてるの…?」 しまった…体の不調がなくなったせいで完全に忘れていた。 「じ、実は最近ボクシング習い始めてて…」 「嘘つかないでよ!」 咄嗟に出た変な言い訳はテイオーの??責に遮られた。 「ちゃんと話してよ!ボクは愛してる人の傷だらけ姿なんて…見たくないよ…」 9 その後俺は全部話した。キタサンブラックがテイオーを好きだということ、脅されていること、不定期で殴られていること、そして俺の心と身体が限界に近かったこと、それ以外にも全部話した。 そして話し終わったときにはいつの間にか泣いていた。 ショックを受けたのかテイオーはずっとうつむいている。 「ボクは信じられないよ…キタちゃんがそんなことしてたなんて…もう何を信じたら良いのかわからないよ…」 うつむいた顔から涙が数滴落ち、何分か沈黙が続いた後、気持ちに整理をしたいと言ってテイオーは部屋を出て行った。 俺は帰ってくるまで待つつもりだったが、体の疲労が一気に来てその場で眠ってしまった 「…今度はボクがトレーナーを助けなきゃ」 翌朝起きると時計は10時を指していた。帰るのは昼とはいえ少し寝すぎてしまった… だけど体調は少し回復したからいいか… 朝食の受付はもちろん終わっている。 「おはようトレーナー、珍しいね」 「ごめん…朝食の受付終わってるから外で食べようか」 「…いらないよ、ボクの目の前にあるから」 どういうことか聞く前に押し倒され、口を塞がれた。馬乗りの状態になり、手慣れた手つきで服を脱がされる。 そこから先は好き放題やられたとしか覚えていない… …結局荷物をまとめる予定だった時間までしてしまい、近くのコンビニで買ったものを食べながら運転することになってしまった。 しかし今日はなんだか同僚からメールがたくさん来るな… そう思い信号待ちの時に内容を見てみると、ほとんどが「結婚おめでとう!」といったメールだった。 まさかと思い、横を見るとぐっすり眠っているテイオーがいる。帰ってから問い詰めるしかないか… 運転しているうちに学園が見えてきた。なにやら騒がしいし、警察やパトカーもいる。 何事かと思い学園の駐車場に車を駐車すると、外から窓をノックされた。 「すいません、事情を聴きたいので、お隣のウマ娘と一緒に警察署へ来てください。」 「わ、分かりました…すぐに行きます…」 どういう状況なのか理解が追い付かない。どうしようと慌てていると、テイオーが起きた。 「テイオー、起きたばかりで申し訳ないけど、何か知らないか?」 「んー…キタちゃんじゃないかな…」 「どういうことなんだ?」 「ボク、昨日の夜にマヤノとマックイーンに電話したんだ。マヤノには結婚の話を広めてもらって、マックイーンにはメジロ家の警備員を貸してくれるように頼み込んだんだ」 確かにメジロ家の警備員ともなれば学園の許可もすんなり下りる。 しかしトレセン学園では話が通らないからといって、メジロ家の警備員を借りるとは… 「でも一体どうやって…」 「…大切な人が危ないって伝えたら貸してくれたよ」 …俺はこの短期間に何回テイオーに泣かされたら気が済むのだろう。 正直気持ちを落ち着かせてから向かいたかったが、すぐに行くと言ってしまったので涙目のまま警察署に向かった。 10 話曰く、包丁を持ったウマ娘が俺の部屋の前で座っていたとのこと。 銃刀法違反でメジロ家の警備員に通報され現行犯逮捕らしい。おそらく殺す気だったのかと考えると震えが止まらない。 そして俺はさらに話を深堀され、犯人は更に傷害罪と脅迫罪を犯していることが分かり、このことは世に珍しいウマ娘の事件として全国的に報道された。 未成年なので顔と名前こそ出なかったが、トレセン学園ということだけ公開された。 …あれから5年がたったが、俺は依然としてトレセン学園でトレーナーをやっている。 そういえばあの事件以来、学園生の中で警察官という進路の人気が高まっているということを聞いた。 もともとウマ娘の警察官というのは珍しくなかったが、自分のトレーナーを守りたいという思いと、学園生時代の学生証と警察手帳を見せれば敷地内に通してもらえるという理由で、今ではサブトレーナーの次に人気らしい。 もちろんテイオーも例外ではなかった。トレセン学園を卒業して大学に進学し、今では新米の警察官として頑張っている。ちなみに敷地内に入れるようにしたのはマックイーンらしい。 そんなことを考えていると今担当しているウマ娘が走り終えて帰ってきた。 アメリカ出身だからかスキンシップが多い。なんなら今も抱きつかれている。 まあ仕方ないと思い次のトレーニングメニューを伝えていると、遠くから警笛の音がした。 「こらー!そこのウマ娘、ボクの旦那に近づきすぎだよ!」 筆者です まず今回書いた文がイメージを著しく損なう表現となってしまいID公開されて当然となってしまったのは本当に申し訳ないです… そして私の自己満のメイクデビューもこれで終了です …とはいえ見てくれただけでもうれしいです なんせ私のスレを見た瞬間に全員もれなく私にとってのファンとなりますから… ちなみに他の所にこの文を載せる気はないです…でも書きたかったものは書ききれたので満足しています ここまで読んでくれた人は居るかわかりませんが読んでくださってありがとうございました それではさようなら