「あ゛あ゛ぁ゛ー゛.゛.゛.゛♪゛」 トレーニング室のプラットホームにうつ伏せで横たわる私、そしてそれに覆いかぶさるようにして体重をかける成人男性。 …短距離を制覇し、マイルを乗り越え、まさに今中距離をも打ち倒さんと挑戦し続ける私ことサクラバクシンオー。一心同体たるトレーナーさんの元日々トレーニングに明け暮れていますが、敵もさるもの引っ掻くもの。己の至らなさを痛感する日々が続いていました。 そんな折、トレーナーさんからの提案がありました。『バクシンオーの身体を守りたい』!?ちょわ!大胆! 「い゛い゛ぃ゛ー゛.゛.゛.゛♪゛」 これから先、最終目標たる長距離までバクシンするために。猪突猛進驀進する私の身体が壊れてしまわないように。とてもとても嬉しかったのを覚えています。 そんな訳で最初に手を付けたのがこのマッサージ。日々頑張る私の全身にトレーナーさんの愛がスーッと沁みて…オヤ、これは私のですからね?あげませんよ? 「う゛う゛ぅ゛ー゛.゛.゛.゛♪゛」 大腿四頭筋さん、ハムストリングさん、お疲れさまです。前脛骨筋さん、下腿三頭筋さん、今日もありがとうございました。 「え゛え゛ぇ゛ー゛.゛.゛.゛♪゛」 大殿筋さん、明日もよろしくお願いします。脊柱起立筋さん、毎度助かってます。それから… ずぅんと重かった身体から悪いものが抜けて…代わりにトレーナーさんの感触が、体温が、隙間を埋めるように染み込んでくる感覚。身体が軽くなって、意識も軽くなって、柔らかくなって… 「ぉー……」 グーーー… 夢を見ました。ここは教室、目の前には大きな杵を担いだトレーナーさん。エイヤッと机をつけば机の中から桜餅。食べても食べてもなくなりません。ああ、なんという幸せ!いつの間にか私の身体もお餅のごとくまん丸に。食べすぎましたかね? 仕方がないのでトレーナーさんに杵でついてもらいます。ペッタンコペッタンコ。熱いうちにあんこを詰めて。ああ、お腹の中が甘くてぽかぽか。冷めないうちにさあどうぞ―― …ペッタンコペッタンコとほっぺたを叩かれて目が覚めます。流石はトレーナーさん、こうもあっさりと私を屈服させるとは――え?次は仰向け? というわけで次は仰向け。すかさずトレーナーさんが私の顔にタオルをかけます…トレーナーさんは『集中できないから』と前におっしゃっていましたが、これ、酷くないですか? 上腕二頭筋さん…上腕三頭筋さん…いつもご苦労様です…。肩甲下筋さん…肩甲…肩棘…?うーん…? 身体も頭もお餅のようになった私をトレーナーさんが手際よく捏ねていきます。お腹に詰まったあんこの熱が捏ねられるたびに身体に広がって…あれ、夢でしたっけ?ああ、でも気持ちいいからいいですよね… 腕から肩へ、胸は飛ばして最後にお腹。がっしりした手指が身体に喰い込むたび、熱を持った甘さが滲みだしてきます。『力を抜け』…ですか?そんなことをしたらあんこが飛び出ちゃうじゃないですか! 蕩けた身体にきゅっと力を入れて、甘いあんこが出ていかないように。呼吸を深くゆっくりと、あつあつの熱を逃がさないように。もっともっと美味しくなれるように。 お腹の底が熱くて、吸い込んだ息が甘くて、身体を捏ねる指先の感触が切なくて。 思わず息が詰まって。お腹がきゅうんと力んで。甘く煮詰まったそこを指先がついて――― 「――あ、ぁ…?」 夢を見ていたのでしょうか。汗びっしょりで起き上がった私にトレーナーさんが怪訝そうな顔で声をかけてきます。いえいえ、大丈夫ですよ!おいしい桜餅になっていただけですから! どうしてだかトレーナーさんの顔が見られなくなって、私は急いでトレーニング室を出ました。寮に戻って、お風呂に入って…その日はお腹がいつもより冷たい感じがして、湯たんぽを抱いて寝たのを覚えています。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「んーーー…」 トレーニング室のプラットホームにうつ伏せで横たわる私、そしてそれに覆いかぶさるようにして体重をかける成人男性。 …短距離を制覇し、マイルを乗り越え、まさに今中距離をも打ち倒さんと挑戦し続ける私ことサクラバクシンオー。一心同体たるトレーナーさんの元日々トレーニングに明け暮れていますが…最近はいささか減速気味です。 いつぞやの一件から、トレーニング後のマッサージはとても簡素なものとなりました。代わりに増えたのは自主マッサージの数々。 「んんん…?」 "アレ"と同じことはあの日以来一度もありませんでした。身体を捻ったり自分で揉んでみたり、食べてみたり走ってみたり。とてもとてもモヤモヤした毎日。 ついにはとうとうトレーナーさんから心配される羽目になり…やっぱり持つものは理解のある人ですね。エッヘン!もちろん私のですからあげませんよ? 「ん゛ー゛ー゛ー゛」 そういうわけで思い切ってお願いしたのです。この際徹底的にもみくちゃにしてくださいと!お願いしたのですが… 「ん、んん…?」 指が触れるたびに感じるわずかな痺れ、揉みほぐされるたびかすかに広がる甘い感触。捕まえようと追いかけてもすぐに消えてしまうもどかしい感覚。"アレ"のようで"アレ"ではないような…ああ、なんてじれったい! 一人悶々としながらもみくちゃにされアーーーッ!!??痛ったーーーっ!?……失礼、変に力んだところへトレーナーさんの指が突き刺さったようで。 …いいえ!大丈夫ですので!思えば私は何を悩んでいたのでしょうか。今までトレーナーさんを信じ、トレーナーさんも私を信じてくださって!まだまだ長距離はおろか中距離さえもバクシンしきれていないというのに!!一時のモヤモヤごときにうつつを抜かすとは!!! 深く己を恥じる私をトレーナーさんは優しく撫でてくださいました。私の顔はさぞや綺麗な桜餅になっていたでしょうが…うつ伏せで助かりましたね!え?耳でわかる?…まさか!……えへへ。 …そんなことよりマッサージ再開。 「あ゛あ゛ぁ゛ー゛.゛.゛.゛♪゛」 大腿四頭筋さん、ハムストリングさん、ごめんなさいね。前脛骨筋さん、下腿三頭筋さん、至らない私ですみません。 「い゛い゛ぃ゛ー゛.゛.゛.゛♪゛」 大殿筋さん、また一緒に頑張りましょうね。脊柱起立筋さん、明日からも… 「う…?」 トレーナーさんの指がべたべたに緩んで潰れた私の腰に差し掛かった時、"ソレ"は起こりました。 揉まれたところから甘くて重い熱が沁みて、全身に広がって、お腹の底に落ちていく感覚。これ、あの時の… 「え、ぇ…」 頭より先に身体が動きました。沁み込んできた甘さに意識を向けて、滲み出てくる熱を拾い集めて。お腹の奥にたっぷり溜めたら、きゅっと力んで丸めて捏ねて、後はお腹を指が押すのを…あれ?でもこれ今、背中? 「──ぉ─…っ」 ぷちん。言葉にするならそんな感じでした。腰にかけられた体重でお腹が潰れ、中からあつあつのあんこが飛び出してくるような。 ああ、甘い。身体じゅうが甘い。私の中身が抜けて、生地がぺたんと潰れて─── …へ!?…ああ、もう終わりでしたか。次は仰向けですよね!…いえいえ!体調は万全ですとも!トレーナーさんのマッサージが懐かしくて感傷に浸っていただけで!! ──"コレ"だ。あの日と同じ感覚。いつの間にか垂れ落ちそうになっていた唾液を飲み込んで…その日は自分から顔にタオルをかけて仰向けになりました。 腕から…肩へ。がっしりした手指が身体に喰い込むたび、熱を持った甘さが滲みだしてきます。 「すー…」 消え入りそうに微かな甘さを冷たい空気と一緒に吸い込んで、身体の奥へ。お腹の底へ。 「はー…」 冷たい空気は身体の外へ。ごめんなさいね、先客さまがいらっしゃいまして。 呼吸を繰り返すたびに甘く熱く煮詰まっていくお腹。ああ、早く、早く─── 胸は飛ばして…最後に…。 「───っ」 最初に感じたのは静電気のようなほんのちょっとの痛み。次に襲ってきたのは今までと比べ物にならないような熱い、甘い…いいえ、"きもちいい"。 指が押しこまれるたびかすかな痛みが走り、穴の開いた水槽のようにそこからとろとろの"きもちいい"が流れ込んできます。 ちょっと、ちょっと待ってください。さっきまではあんこみたいだったのにどうして急にシロップみたいな。これじゃ私、溺れてしまうじゃないですか。 「──…」 必死に息を吸い込んで…甘い、熱い。違うんです、私が欲しいのはこれじゃなくて。 「───」 冷たい空気が抜けて…ああ、待って。行かないで、私に必要なのはそれなのに。 「───…」 どんなに息を吸い込んでも。ぐつぐつとシロップが沸騰するだけで。 「────」 ただそれだけ。"きもちいい"が煮詰まっていくだけ。 「──っ…」 誰かが淡々とそれをかき混ぜながら、 「─────」 新しいシロップを注ぎ足してきます。 ごぽり。私の身体から何かが溢れ出します。いったい何が? どろり、ぼたり。なるほどそうでしたか。 もうおなかがいっぱいだから、いらないものがでていくのですね。 とろとろのシロップはいつの間にか水あめのように重く煮詰まり、ねばりついて。 ぎゅうぎゅうと体重をかけられ潰れた身体にくっついてとれない、戻らない、息ができない。 でもきもちいい。べたべたにとけてつぶれて、しあわせといっしょにかきまぜてもらいたい。 今にもこぼれて流れ出てしまいそうな身体を必死にこわばらせ押しとどめて。 ふうせんみたいに。あとはもう、あのひとがすこしつつくだけで… 「────ぁ」 あとはもう、しあわせで。 …目を覚ますと白い天井、青い顔のトレーナーさん、窓の外には赤い空……ちょわ!?門限は!……ああ、よかった…! 身体を起こしてみると…重いです。だるいです。お腹がすきました。トレーナーさんはとても心配されているようでしたが、全くの健康体ですよ!…ちょっと疲れてしまっただけで! 寮まではトレーナーさんが送ってくれました。やっぱりマッサージはしばらく控えた方がよいとのことで、私もきゅうきゅう鳴くお腹を抑えて頷かざるを得ませんでした。これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんしね。 寮の入り口でひとまずお別れ。もっと一緒にいられれば良かったのですが…校則ですし仕方ないですよね。晩御飯をお腹いっぱい食べて、また明日からいつも通りのバクシンライフを送るとしましょう! …と思ったのですが、いざ食卓についてみるとそんなにお腹は減っていませんでした。アレ? ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「ムーーー…」 休み時間の教室で考え込む私、周りで楽しそうに話しこむクラスメートの皆さん。 ……短距離を制覇し、マイルを乗り越え、まさに今中距離をも打ち倒さんと挑戦し続ける私ことサクラバクシンオー。一心同体たるトレーナーさんの元日々トレーニングに明け暮れていますが…バクシン史上最大の壁が突如目の前に立ちはだかりました。。 いつぞやの一件から、トレーニング後のマッサージは完全になくなってしまいました。代わりにますます増えた自主マッサージの数々。 「ンーーー…」 イヤマア致し方ないのですが…あれからどうにも不調です。妙に気分がたかぶる日があったり、訳もなく夜中にお腹が鳴って目が覚めたり。とてもとても不完全燃焼な日々。 こうなれば無理矢理にでも委員長的模範生活を取り戻すべく!バクシンイヤーを立ててみれば着信1件!…だったのですが。コレ…どなたか欲しい方、いらっしゃいます? 『ないない!都市伝説だってー!』『だよねー…ちょっと期待したんだけどなー』 初めは恋の悩みかと思っていたのですが…談笑されている皆さんの後ろから覗いてみたそれは…雑誌。肌色。桜色。ピンク。ピンク。ピンク。 「ちょわーーーっ!!?!?」 直感的に雑誌を覆い隠そうと突如乱入した私に皆さんの目も白黒。…と思ったらアレッ!?キラキラ!? バクちゃんはどうなの?実はめっちゃ進んでたりして!どこまで?どこまでいった?あのトレーナーさん、そういうの上手そう!これこれ、このページやっぱこれホントなのかな!? 「ちょわーーーーーっっっ!?!!!?!!?」 まず質問責め。答えられないと分かると続いて知識責め。快感、絶頂、性交、自慰、■■■、×××…。息も絶え絶えのところへ何やら珍妙な機械が手のひらにドン!…イヤ何ですかこれ!?スイッチを入れると…ブーン!蜂の巣をつついたような…って、これ使い方あってます?言葉の。 結局何一つ解決しないまま授業が始まり、悶々としたまま授業が終わって今に至ります。まったくもう!ここは委員長としてビシッと決めなければ!…と思い切り息を吸い込んだ私に皆さんからひとこと。 『でもあの人、実質彼氏さんでしょ?』 …ぷしゅーーー。まあ将来的に私とトレーナーさんが結ばれるのはバクシン的に自明の理ではありますが。ですがそれとさっきの質問と×××な知識とこの蜂の巣マシーンとすべてに何の関係が? 『やー、意外とばっちりシてたりー?とか思って…』『流石に委員長、堅実にいくねー!』 ……イヤイヤ!私だっておしべとめしべの事くらいは知ってますよ!?ですがそれは夫婦が子供を作るためのことであって!こんな… ─快感。 ………こんな。 ──絶頂。 …………あんな。"あの時"みたいな。 ───性交。 ……………ごくり。 ────ブーーーーーン!!! 「ちょわぁーーーーーーーっっっっ!!?!?!!?!!?!」 …って、トレーナーさんからの着信でしたか。ああびっくりした。…はい、ハイ…では!私はこれで!トレーニングに行って参りますね!バクシーーーン!!! 逃げるように教室を出て、トレーニング室へ…向かう途中で蜂の巣マシーン、もとい電動マッサージャーさんを返し忘れたことに気づき。 「…どうしましょう、これ」 とりあえずこれ以上びっくりさせられるのもシャクなので、電池を一本抜いておくことにしました。ざまみろ! 「すーーー」 足を開いて、内転筋さんをぐいー。膝は曲げずに…骨盤を前へ… 「はーーー」 横にねじって、腹斜筋さんがぐにー。膝を床につけて…反対の肩を… トレーニング室のプラットホームで思い思いに身体を動かす私、そしてそれを遠目で観察する成人男性。 「ふーーー」 ちらりとそちらへ目をやれば、成人男性…トレーナーさんはふいと目をそらしてしまいました。ムーー…仕方ないのでそのまま目を閉じて。 『男の脈アリしぐさ!』 …。 『スキンシップよりポーズで攻める』『怒られる?怒られない?OKサインを見逃すな!』 ばたり。仰向けに倒れて目を開けて…眩しい。視界の端でまたトレーナーさんが目をそらすのが見えます。ムーー…。 ああもう!この際とにかく走りましょうトレーナーさん!1にバクシン2にバクシン!とにかく走れば全てが解決! ストレッチ終了!!水分補給!!飲み干し完了!!いらないものは鞄へ!!詰め込み完了!!鞄は棚の上にトス!!着地失敗!!中身散乱!! …なんでこうなんでしょうかね、私。しょんぼりと鞄の中身を戻す私とそれを手伝ってくださるトレーナーさん。茶化すこともなく至って真面目に床を見渡すトレーナーさんを見て、お腹がきゅうと鳴りました。今日の晩御飯、一緒に食べられたらいいのに。 ……ハイ!やっぱりああいうのはよくないと思いますよクラスメートの皆さん!男女の恋愛というものは私たちのように真面目に段階を踏んで、決してあんな■■■やら×××やら蜂の巣マシーンなどには… 「………へ?」 床に散乱した鞄の中身…蜂の巣、じゃなくて電動マッサージャーさんを持って立ち尽くすトレーナーさん。いえ、あの、ええと、ですね。…そう!クラスメートの方にお借りしました!最近マッサージしていないものですから! …嘘は言ってません。決して。それにその、どうやっても動かなくて!すぐに返すつもりで鞄に入れていたのです! …そうか、そうだな…と所在なさげに手元をいじるトレーナーさん。……大丈夫、この人なら私を信じてくれるはず…! 『…これ、さ』 …? 『…電池、一本抜けてるから。…入れたら動くんじゃないか?』 …それっ、て。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ブーン。 トレーニング室のプラットホームにうつ伏せで横たわる私、そしてそれに覆いかぶさるようにして体重をかける成人男性。 …短距離を制覇し、マイルを乗り越え、まさに今中距離をも打ち倒さんと挑戦し続ける私ことサクラバクシンオー。一心同体たるトレーナーさんの元日々トレーニングに明け暮れていますが、ついに今日。バクシン生の転機が訪れました。 いつぞやの一件から更にもう一件。おまけにクラスメートの皆さんが投げてよこした…その…ハレンチな知識ですとか道具ですとかなんですとか。 ブーーーン! 蜂の羽音のような振動と共に私の背中を滑る蜂の巣マシーン、通称電動マッサージャーさん。なるほどマッサージの道具なだけはあります、あっという間に私はふにゃふにゃのお餅へ早変わり。 …ぶぅ…ん… 強く、弱く、また強く。背中を突き抜けお腹まで振動する感触。だんだん熱くなってくる身体に期待を高めながら、お腹の奥から沁み出してくる甘味を存分に味わいます。 ぶぅん。ぶぅーん。 …トレーナーさんはどんな顔してるんでしょう。いつから私はこんな。騙されてるのはどっち? 頭の中に浮かぶ苦い言葉から逃げるように甘い方へ甘い方へと逃げる私。…委員長失格。 ブゥーーー…ン。 甘い方へ。もっと甘い方へ。流石というべきか、トレーナーさんは的確に私の身体を捏ねてくださっています。逃げ道には困りませんでした。 甘く。もっと甘く。ほかほかの甘いあんこをきゅっと包んで、きゅぅんと力んで── ─ぶぅん。 ぷちんと生地がはじけて、あつあつの甘さが中からとろとろ。とろとろ。広がってじわじわ。 ぶぅんぶぅんぶぅん。 …あれ。あつい。熱い。全身の甘さが冷めてくれない。むしろ、沸騰して── 「───」 ぐつぐつぐつ。熱い。甘い。苦しい。甘い。しあわせ。 ブゥーーーン。 ぐつぐつぐつぐつ。泡立って。ふくれて。ふくらんで。これ以上は。破裂しちゃう。 「───っ♡」 ばちんっ!ぷしゅーーー…。ぶくぶくぶく… …遠くからトレーナーさんの声。なんて言ってるのでしょう?とにかく起きないと…。ぷつぷつと泡立ち続ける身体をよろよろと起こして仰向けになる私に、トレーナーさんはまだ何やらおっしゃっているようで。 『──。──、───?──…。』 何を言っているかはわかりませんが、とても心地よい声。もやがかかった視界の中で、ころころと面白いくらいに表情を変える大好きな人の顔。 大丈夫ですよ。信じてますから。…うまく喋れる自信がなかったので、代わりにいつもの笑顔で答えました。にこっ。 私の想いを知ってか知らずか、トレーナーさんは一瞬びくりと震えたようでした。…そしてそれから、いつものタオルを静かに私の顔にかけました。 ええ、ええ。もちろん知ってますとも。背中のマッサージが終わったら…次はお腹ですものね。 腕から肩へ。暖かな手が優しく一度だけ触れて…ふっと安心したように全身の力が緩みます。 「すーーー」 とろとろと身体中に渦巻く甘さを冷たい空気と一緒に吸い込んで、身体の奥へ。お腹の底へ。 ──ぶぅん。 「ふーーー、ぅ」 たぷたぷに詰め込んだところで、お腹を甘やかすようになでまわされます。甘ったるい振動で肺の中身が押し出されふにゃふにゃ。 「すーーー」 たっぷり味わったらもう一度。タオルを噛んで乱れそうな呼吸を何とかこらえ、深く。深く。 ──ブーーーン。 「ふ、ーーー…」 冷たい空気が抜けて、その分お腹のあんこはもっと熱く。もっと煮詰まって。 とろとろとろとろ。ぐつぐつぐつぐつ。あまくておいしい。しあわせ。もっともっと。 深く深く息を吐き出し、いらないものを一滴残らず身体から追い出して。ぺたんこに潰れたお腹の中で、逃げ場をなくした甘いあんこが外から優しくなでられて。 ──ぶうぅん。 「───っ」 ぷちんとはじけて、あつあつ。とろとろ。じわじわ。きもちいい。 とろけたお腹を甘い振動がなでなで。なんだか褒められているみたいでめろめろ。もっと、もっとほめて。 「すーーー」 とろとろに甘く、 ──ぶーん。 あつあつに蒸しあげられて、 「はー、ぁ、ぁ、ぁ」 めろめろに蕩けて。ああ、このまま食べられちゃうんでしょうか、私。 「すーーー」 でもだいじょうぶ。 ──ブーン。ブゥーン。 このひとなら。 「はーーー…♡」 のこさずおいしく、たべてくれますから。 「すーーー…」 だからもっともっとあまく。ほっぺたがおちるくらいに、とびきりあまく。 もっともっとあつく。おなかがぽかぽかになるくらいに、あつあつに。 につめて、つつんで、きゅうってまるめて── ─ぶぅん。 ぱちん。ぱちん。ぱちん。 お腹の底から吹き上がる甘い噴水に意識が塗りつぶされて。目も口もだらりと緩んで。手足と腰だけがかくかくと跳ねて。 「……」 熱くて甘いシロップの海から浮き上がってきた私が見たのは。 …白い天井。…赤い空。それから… 「……あ」 …桜色の顔。見たことのないような表情で固まって、耳まで綺麗なピンクのトレーナーさん。 「───」 まずい。いや、おいしそう。違うんです、そうじゃなくて。悪いのは私で。思わず起き上がり両手を伸ばそうとした私の目の前であの人は── 手に持っていたマッサージャーを、私のお腹に突き立てました。 とろとろとろ、ぱちん。ぶくぶくぶくぶく。 あっという間にとろけて仰向けにばたり。なんで?どうして?信じてたのに。 とぷとぷとぷ、ぷちゅん。びちゃびちゃびちゃびちゃ。 信じてたのに。ずっと信じてたのに。いつか、おいしくできあがった私を食べてくれるって。 ごぼごぼごぼ、ばちん。がくがくがくがく。 うそつき。うそつき。うそつき。 めらめらめら、ばきん。いらいらいらいら。 ああ、だったら私が。この人が私を食べてくれないのなら、私が。 ぐつぐつぐつ、ぶちん。きゅきゅうきゅうきゅう。 私がこの人を食べてしまおう。頬張って、よく噛んで、飲み込んで。全部残らずお腹の中で蕩かしてしまおう。 どきどきどき。どきどきどきどき。 ごちゃまぜの感情が煮えくり返ったおへその下に。ずん、と焼けるような振動が押し込まれて。 「─────♡♡♡」 私の意識はばらばらに砕けて、蕩けていきました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「はあ、はあ、はあ…」 トレーニング室のプラットホームにうつ伏せで横たわる少女、そしてそれに覆いかぶさるように膝立ちで荒い息をつく成人男性。 短距離を制覇し、マイルを乗り越え、まさに今中距離をも打ち倒さんと挑戦し続けるウマ娘、サクラバクシンオー。そして彼女を時に引っ張り、時に後押しし共に歩んできた担当トレーナー。 「はあ、はあ、…はー…」 …最初は気づかなかった。あまり長い距離に向かないバクシンオーの身体を心配して取り入れた、いつものマッサージ。いつも賑やかな彼女が急に大人しくなったのを見て、見返してやった気持ちにすらなっていた。 がっちり握りこんでいた両手の中でしなやかな身体が跳ね上がったのを目の当たりにして、ようやっとミスを犯したことに気づいた。 …2度目は出来心だった。わからないことがあるからと調べまわって寝不足になったり、お腹がすいて困ると太り気味になったり。明らかにバクシンオーのペースが乱れていたのを見て、どうしたものかと悩んでいた。 彼女の身体が絶頂の味を覚え込んでしまっていることを知り、このまま調子を崩されるくらいならと自分に言い聞かせ嘘を重ねた。 …3度目は軽率だった。鞄から落ちたティーン向けの雑誌にバイブレーター。誰かから渡されたのだろうか?純粋で無邪気なバクシンオーにはおよそ似つかわしくないそれらを見て、頭の中が真っ白になった。 徐々に大きくなっていた彼女への恋慕や罪悪感、独占欲、嗜虐心。果たして自分はここまでどす黒い人間だったかと驚きさえした。 「はー……」 その最中。彼女がひときわ大きく絶頂した拍子に、顔に掛けたタオルがずれ落ち目が合う。上気した顔、桜色に染まった瞳…何でもいい、何か声をかけなければと思った次の瞬間。 …彼女は笑った。今まで見たこともないような妖しい表情で。蛇に睨まれた蛙というのはああいう心境を言うのだろう。ゆるゆると身体を起こす彼女が、いつもの何倍も大きく恐ろしく見えた。 思わず右手に力が入り、振動が最大になる。下腹部を一気に蕩かされて倒れ込んだ彼女の上に覆いかぶさって、痙攣し跳ね回る身体にバイブレーターを突き立てた。 艶めかしい歌声がリズムも音程もめちゃくちゃになっていくのを聞いた。 しなやかなダンスが甘い湯気と体温を振り撒きながら単調な痙攣に変わっていくのを感じた。 桜色に染まった瞳が涙に濡れて蕩けていくのを見た。 「……っ」 きっと人殺しをしたらこんな気分になるのだろう。したこともないしするつもりもないが。だらしなく緩んだ顔で眠るバクシンオーを見て、妙な笑みが零れる。…まあ犯罪者という意味では自分も大して変わらないだろうが… ゆるゆると立ち上がる。案の定ズボンの前はぱんぱんに張り詰めていて、とてもではないが外へは出ていけない状態だ。…彼女が起き上がる前に治まってくれればいいが。 それより彼女が起きたらなんと言おうか?嘘はもう吐くべきでないし吐きたくない。きちんと謝るのが一番か。でもどう謝れば?そもそもこの学園からも追い出され── ─ガシャン!ジジジジジジジジジジジジッ! 「ちょっ、うわぁ!?」 手汗で濡れた右手からバイブレーターが滑り、床に落ちた拍子でスイッチが入ったらしい。バクシンオーもビデオ鑑賞トレーニング中に居眠りして、スマホのバイブで飛び起きてたっけな… そんなことを思い出しながら屈んでバイブレーターを拾い上げようとした次の瞬間、伸ばした手がいきなりがしっ、と捕まれる。反射的に振り向いた顔に甘く粘っこい吐息が吹き付けられ、思わず腰が抜けへたりこむ。 ──桜色の瞳が、目の前にあった。 夢を見ました。ここはトレーニング室、目の前には大きな桜餅がどん。私のお腹はくうくうきゅうきゅう。 ああ、早く食べたいな。ですがどうにもうまく進めません。のろのろゆるゆる…なんてもどかしい!ここがターフなら今頃1000バ身は差をつけてゴールできているというのに! それでもなんとか追いつきキャッチ!ショットガンタッチをやっていて正解でした。それでは早速いただき…オヤ?どこからか聞きなれた男性の声。 いったいどこから?……ムム!?さてはこの桜餅、トレーナーさんですね!?言わずともわかってます、夢ですものね。私のトレーナーさんならそれくらいは朝飯前でしょうとも! それはそれとして桜の葉っぱをむきむき。鼻の頭からお腹の奥まで甘く蕩けそうな香りがふわり。鼻を寄せて深呼吸していると、空腹に耐えかねたお腹がひときわ大きくきゅうと鳴きました。 …フムフム、この桜餅はトレーナーさんだから食べられないと?…ホウホウ、もっと大人にならないと食べられないと?…なんと!食べたらお腹を壊してしまうと!? ……うそつき。 口の中に溢れる唾液を唇にぺろりと塗りつけて、いただきます。 ああ。ああああ。お腹の奥が甘くとろけて、熱くふやけて、しあわせ。がっつきすぎたせいか一瞬痛みが走りますが、お腹を満たす充実感と幸福感であっという間に消えてしまいました。 だらだらと止まらない"よだれ"を絡めて、きゅっと噛みしめて。そのたびに身体中がとろとろあまあま。私まで桜餅になってしまいそう。…それもいいかな、なんて。 ぺったんこ、ぺったんこ。トレーナーさんと私を混ぜて捏ねて。トレーナーさんもなかなかのお味ですが、私だって負けませんよ? ぺったんこ、ぺったんこ。とろとろ、ぽかぽか。きっとおいしい桜餅になりますよ。たくさんたくさん作りましょうね。だから、もっともっと。 ぺったんこ、ぺったんこ。もっと捏ねて、もっとついて。お腹の奥からしあわせがどんどん湧いてきて、溢れてしまいそう。トレーナーさんにもおすそわけ。ちゅ。 こねて、つぶして、ゆらして、まぜて。もっともっとあまく。もっともっとあつく。 こねこね、ぺったんこ。ぐりぐり、ぐるぐる。おいしくなあれ。おいしくなあれ。 あついうちにあんこをつめて。ほら、はやく、つめて── ─ぱちん。とぷ。とぷ。とぷ。とぷ。しあわせ。しあわせ。しあわせ。 …まずはおひとつ、できあがり。これからもたくさん、つくりましょうね。 そんなことを考えながら、私の意識は再び蕩けていきました。