言い切る前に、その殺気で口が封じられる。
もう既に新薬の実験について話をされたカフェとどっちが、というレベルの嫌な顔をしていたが、まだまだ険しくなっていく。
日頃はそれなりにお喋りな彼女が、それほどまでに語りたくない話とは一体なんなのかと気になって仕方ないが、とうとう尻尾を縦に振って仕草でもって嫌悪感を露わにし始めたため、とりあえず口を噤んでおいた。
────彼女の容姿は、端麗であると言える。背丈は私より一回り大きく、毛並は烏の濡羽色、よく手入れされた尻尾に、ズボンの上からでも分かる大腿筋が、それなりの環境にあった事を思わせる。
一度投薬して私の隣を走らせた時は、学園平均よりやや遅い程度のラップタイムを記録していたので、日頃のことはともかく、全盛期に適正な環境で鍛えて、適性さえ間違えていなければ凡走くらいはしたのではないだろうか────

話を戻すと、ティーセットを机に置いた後、書類の山に向かい始めた我がトレーナーは、先ほどとは打って変わって穏やかで、輝いた目をしている。
性分が合っていて、何より私に惚れている。年間計画とトレーニングについて書かれた書類を挟んだバインダーは、信じられない厚みをしている。
放っておけば徹夜で働く女である。どこかで気を逸らして止めてやらねば、モルモットの監督不行届になってしまう。
「……これは今後の実験の為に聞いておきたいんだけどね、君は今までにどこかで訓練を────そう、選手でもなんでもいいのだけれど、相応のトレーニングを受けた事はあるかね？」
うん。やはり例の、ひどく嫌な顔をしている。
目的を果たしたといえば果たしたが、どのように聞いても過去を掘り下げられるのは嫌らしい。
もう二度と聞かないよ、と謝るつもりで口を開こうとした時、ここまでほぼ黙り通しだった彼女の口が開く。

「二度と言わないから一度で覚えて欲しいんだけど、私は────」
────地方の学園で落ちこぼれた、無名の選手だったという。
戦績は7戦1勝。スプリンターで、1戦ごとに病院に行くほどの病弱と、怪我を引きずり続けたのが悩みであったと言う。その上で、走り続ける事を求められたと。
無事に走り切って、無事に生きて欲しい。無理は決してしてほしくない。
意見は尊重するけれど、親御さんが泣くような目には遭わせませんと。
そんな思いでトレーナーになった彼女は、才能と共にどこか刹那的である私の心中を一目で見抜いて、私のトレーナーになったのだという。

「何よりその鶏ガラみたいな身体で走ってたから、いつか怪我する気がして」
そう話す彼女と比べて、確かに私の身体は一回り細い。それは確かにそうなんだが。
「ひどいじゃないか。これでも君よりは頑丈なんだぞ」
早速相手の過去をネタにして、なんとか消化しようとする。
ひとまず笑顔なので、どうやら成功したようだ。
「ところで、もうじき合宿なのだがね」
もうすぐ、3年目の夏。クラシックの間に十二分な成果を出しているが、まだまだ歩みを、走りを止めるつもりはない。
ふと見ると、また彼女が、狂った目をしている。
最初からそうだ。憧れと闘志、滲んだ狂気に、こちらも惚れていたんだけどね。その言葉は胸にしまって、夏の準備を始めた。

良いね…これはまた新しい切り口
ウマ娘怪文書は進化が止まらなねえ

ウマ娘のトレーナーか……

いいね…

いい……

カフェが黙っておかわりの一杯を差し出してきそう

比較的カラッとしたタキオンだ…